第22話 お誕生日会&快気祝い 前編
「お嬢様、5歳のお誕生日、そしてご快復おめでとうございます!」
ダイニングの扉をリタに開けてもらい、一歩足を踏み入れると、そこには使用人や屋敷の護衛騎士、それから家庭教師の先生たちが勢揃いし、パチパチと拍手をしながら私を迎えてくれている。
「みんな……? これって……」
「うふふ、驚いた? 本当はね、ソフィーが目覚めた日がお誕生日だったのに、その後も色々あって忙しくて結局お祝いできてなかったでしょう? みんなもお祝いの準備があったし……。で、やっと落ち着いてきたから、今日やりましょうってみんなに集まってもらったのよ」
私の隣に立つお母様が、いたずらが成功した子どものような笑顔を浮かべながら、私の手を引いて席まで案内してくれる。
(おたんじょうびせきなのだ! ソフィーのおいわいなのだー!)
リタに椅子を引いてもらい、席に着こうとした瞬間、頭の中にさっき声をかけておいたソフィーの声が響いてきた。お勉強じゃないから起きてこないかとも思ったが、よかった。ちゃんと起きてくれたらしい。今知ったけど、ソフィーのためのお祝いなのだ。私だけじゃなくて本人にも参加してほしいもん。
お誕生日席に近い方から両親、お爺様が座り、それに続いて家庭教師の先生方、護衛騎士の数名が席に着く。護衛騎士は、さっき祈りの塔に一緒に来てくれた人たちだ。そして、使用人たちは私たちの飲み物やご馳走をせわしなく運んでくる。
(う、うさぎのおにくのぱいがあるのだ……、あ、こっちはぶたにくのれらとぅーぜがあるのだ! めずらしいのだ! うう、じゅるり)
(ふふ、ソフィー、交代しようか? 好きな料理なんでしょう?)
私は、頭の中で料理によだれを垂らしているソフィーに、内心苦笑いしながら提案したが、断られてしまった。ご飯は食べたいけど、話す方が心配らしい。そりゃそうか。うん、ソフィーには私を通して楽しんでもらおう。
この国の貴族のお誕生日会というものがどんな感じなのかさっぱりわからないが、とりあえずしばらくの間、他愛もないおしゃべりをしながら飲んだり食べたりした。食事がひと段落したところで、お父様がみんなを見回しながら言った。
「今日は、娘の誕生日と快復を祝う席に参加してくれてありがとう。準備に携わった者たちには、本来は夕方に行う予定だったものを前倒しにしたことを申し訳なく思う。しかし、このように快く対応してくれたことに深く感謝する。
今日は我々親だけでなく、皆もソフィーのために用意してくれたものがあると聞く。そろそろお披露目の時間としよう」
「それなら儂から行くぞ! 我が孫のために儂が手ずから作ったのじゃ、がははは」
プレゼントを渡す時間を公言したお父様にかぶせるように、お爺様が前のめりになりながらトップバッターに立候補してきた。いつもの高笑いをしながら、懐から柔らかい布がかぶせられ、紐のようなもので括られた細長い物体を取り出す。私がお爺様からその包みを受け取り、紐をほどくと私の肘から指先くらいまでの長さの木製の訓練用の剣が出てきた。
「ソフィーのリハビリが進めば、近いうちに鍛錬も始めるのであろう? 自分専用の訓練用の剣が必要になるからな。領内のパトロールがてら、あちこちの森に寄って、良い木を探してきたのじゃ! 木を切るところから手作りなのじゃ! がははは!」
え、訓練用の剣をプレゼントするのに、木を探すところから自分でやったの? いや、よく聞いてみると、お爺様だけでなく、今日のこの会に来てくれた護衛騎士たちが全部一緒にやってくれたらしい。だから招かれて一緒に食事も取っていたのか。
「儂は木を切り倒したり、切るのはもちろん苦も無くできるが、剣の形にしたり磨いたりするのはどうも下手なようでなあ。見かねた部下たちが手を貸してくれたのだ。優秀な部下であろう?」
「お爺様、手ずから作ってくださりありがとうございます。騎士のみなさんも、一緒に作ってくださったんですね。ありがとうございます。これを使って訓練をするのを楽しみにしています」
私は、お礼を言い、その木刀のような剣を人のいないところへ向けて軽く振ってみた。握った感じはとてもしっくりくるし、軽くしなるのがなんだかいい感じだ。正直、死ぬ前は武術の嗜みなんて微塵もない。チートなんてないみたいだし、これはぜひともリハビリを終えたらすぐに鍛えるべきところだろう。
訓練用の剣を包みに戻したところで、今度は家庭教師の先生たちがやって来た。文字と算術、そして歴史のヴァルナーダ先生の3人だ。
「私たち3人からもささやかですが、こちらをお贈りしたいと思います」
文字のエミリー先生が3人の中から一歩前に進み出て、上品な仕草で小さくて細長い木製の小箱を手渡してくる。それを静かに開くと、銀色に輝く、幾何学模様のような装飾が美しいペンが入っていた。
「これって、もしかして……」
「おほほ、お嬢様ならお気づきかもしれませんねえ。それは魔導ペンです。よろしければ、魔力を少し流しながらこれに何か書いてみませんか?」
そう言いながらヴァルナーダ先生が植物紙を手渡してくる。言われた通り、ペンを握って少し魔力を流してみる。するとペンの先がほんの少し光っている。
「インクの色やペン先の太さは、持ち主のイメージと魔力に合わせて自在に変えることができるのですよ」
算術のユスティナ先生がそう教えてくれたので、試しに黒いインクで、太さは日本で愛用していた0.3のボールペンをイメージして、自分の名前をグラーベ文字で書いてみた。
「す、すごい! 羽ペンとは全然違います! とっても書きやすいです!」
いや、もうこれは本当にすごかった。これまでお勉強には、鳥の羽の根元を鋭くとがらせた原始的な羽ペンを使っていた。ただの羽なので、すぐにペン先がヘタってしまうし、インクの壺にペン先をいちいちつけないといけないので、結構面倒だったのだ。
それが、まるで日本にいた時のボールペンのように書きやすいペンをもらったのだ。いや、インクの補充が実質いらないし、イメージさえできれば何色にも、どんな太さにも自在に変えられるのだ。うわー、これはすごい。ありがたい! ますます勉強のやる気も出るわ! ふははは!
「エミリー先生、ヴァルナーダ先生、ユスティナ先生、これすごいです! ありがとうございます! お勉強もっとがんばります!」
私が大喜びでそう答えると、満足したようにヴァルナーダ先生が笑って、
「おほほ、やる気がさらに上がるのなら、3人で相談してこれを用意した甲斐があったというものです。お嬢様、この魔道具はそれほど流通量が多くありません。丈夫なので簡単には壊れませんが、決して乱暴に扱わないこと。それから、場合によっては盗難に遭わないとも限りません。特に今後学校に持って行く際には、十分お気をつけくださいね」
え、そんな貴重なものなのか。そりゃそうだよね、一応貴族令嬢の私だって、最初はあの原始的な羽ペンだったんだもん。お金を出し合って買ってくれたのか。それは大事に扱わなきゃ。それに、学校で盗難か……行くまでにそこらへんも考えておかないとなあ。
先生たちがこうして私のために用意してくれたものを盗まれたら……それこそ呪いをフルボッコにしたときみたいに貴族相手でもやってしまいかねん。当然、盗る方が一番悪いけど、盗られない対策も大事だよね。
先生たちにもう一度お礼を言うと、席に戻っていく先生たちと入れ替わりで今度は使用人の人たちがわらわらと寄ってきた。
「あの、実は、俺たちもみんなでお嬢様にプレゼントを用意したんです。ささやかなもんですけど、もらっていただけませんか?」
そういって、料理長がかぶっていそうなコックさんの帽子を頭から外した男性を筆頭に、執事や侍女、庭師や料理人といったこの屋敷を支えてくれている使用人たちが、私のそばへとやってきた。料理長のような男性が、私に両手の手のひらよりも少し大きい、白い壺を手渡して来た。
私がその壺を受け取って、ふたをそっと開けると、中には色とりどりのドライフルーツが、ぎっしりと詰まっていた。
「あのお転婆だったお嬢様が、お目覚めになってからは勉学に一生懸命励んでいらっしゃると聞きまして……私たちにも何かできないかと考えていたんです」
「それで相談していたときに、頭を使うときは甘いものがあるといいと聞いたことがあるやつがおりましてな」
「でも、甘いものと言っても、お菓子は限られているし、そればかり食べるのは身体によくないと思ったのですが……」
「我々でも作れるもので、長持ちして、それからお嬢様の健康にもよいものをと考えたときに、ドライフルーツならばと思ったのです」
「市場で手に入れたものを、みんなで少しずつ加工していたんです。お口に合うといいのですが……」
口ぐちに話しかけてくる使用人たちの声を聞きながら、私は壺の中からドライフルーツを一つ摘まんで口に入れた。ほんのりと優しい甘さが広がる。今食べたのはレーズンのようなドライフルーツだ。
ゲームの設定で言われていたほど、少なくとも辺境伯爵家自体はまだそれほど貧乏ではない。でも、決して余裕があるわけではない。多分、貴族としての尊厳を保てるギリギリくらいなんじゃないかと予想している。
そんな中、お爺様や護衛騎士のみんなは木を選ぶところから自分たちでやって訓練用の剣を作ってくれた。私が鍛錬をしたいって言ったから。
先生たちは、貴重な魔導ペンを3人でお金を出し合ってプレゼントしてくれた。私が勉強したいって言ったから。
使用人のみんなは、私ががんばっている姿を見ていてくれた。そしてみんなで私のためになにかできないかって考えて、ドライフルーツを作ってプレゼントしてくれた。
口の中に広がる優しい甘さが、この世界に来て、いつの間にか疲れていた心に沁みていくのを感じた。なんだか、目の奥が熱くなってくる。
私は、毎日死亡追放ルートを回避するべく考え、行動するので精一杯だった。だから、周りが何をしているのか、自分のことをどう思っているのかを考える余裕もなかった。
(ゆい、ソフィーはへんなのだ。みんながソフィーをおもってくれてうれしいのだ。うれしいのになみだがでるのだ……)
ソフィー。人はね、とっても嬉しい時にも涙が出るんだよ。
まだたった2週間だけど、ソフィーと一緒に毎日頑張ってきた。
ソフィーは、みんなにこんなにも愛されている。
絶対に死なせてはならない。
そして、私たちのことを思ってくれているみんなを、この先路頭に迷わせることがあってはならない。
私は、熱くなった目頭からほろりと零れ落ちる涙を拭いながら、
自分だけでなく、みんなを、そしてこの領地を守りたいと強く思った。
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