第23話 お誕生日会&快気祝い 後編
「な、お嬢様、どうなさったのですか?!」
「やっぱりお口に合わなかったのでしょうか……どうしましょう」
私が急に泣き出したことで、使用人たちが慌てだす。待って、そうじゃないのと訴えようと顔を上げたところで、お母様が笑って私の頭を撫でながら、
「みんな、大丈夫よ。ソフィーはきっと嬉しくて涙が零れただけよ、ね? 私もソフィーがみんなに大事にされて嬉しいもの! うふふ」
そう言ってフォローしてくれた。私は涙声で、みんなにお礼とおいしいということを何とか伝えた。
「ヘンストリッジ家の者に涙なんぞ似合わん! ……と言いたいところじゃが、嬉し泣きなら許すぞ! アランだって、ソフィーが生まれた時は号泣じゃったからの! がははは!」
「なっ! 父上、それは言わないって約束じゃないですか!」
お爺様がついうっかりお父様の秘密を暴露してしまう。私は、そうだったのかとくすりと笑いながら、私のせいでおかしくなってしまった場の雰囲気を取り繕ってくれた2人にこっそりとお礼を伝えた。お父様はお爺様に巻き込まれただけだけどね!
「えー、ごほん。それでは、気をとりなおして……。私とエリアーデからもプレゼントがあるんだ。ソフィー、開けてごらん?」
お父様とお母様は、2人で一つずつ小さな包みを手渡してきた。手のひらよりも小さい布の包みから開けてみる。そこには、鮮やかなグリーンが美しいエメラルドと深い青色を湛えたサファイアの小さな石をいくつも使って装飾した、ヘアピンのようなものが入っていた。
「女性が髪を伸ばす際、長く伸ばすまでに前髪がどうしても邪魔になるとエリアーデから聞いてね。それなら髪留めを作らせようと思って、領内にある川を巡って綺麗な石を探してきたんだ」
えええ、お父様も自分で探してきたの? みんな行動力ありすぎでしょ。しかも、エメラルドとかサファイアって……確かに川のほとりで取れたりもするって聞いたことあるけど……宝石取れるのにうちの領は貧乏なの?
「えっと、お父様。これってもしかして宝石ですか? こんな高価なものいいんですか?」
「ああ、立派な宝石だよ。ただ、領内の川で取れるのは髪留めがちょうどいいくらいのほんの小さなものだけなんだ。普通の宝飾品には、もっと大粒のじゃないと使ってもらえないからね。だから、小粒な分、複数使ってみたんだ。どうだい、気に入ってくれるといいのだけれど」
そうなんだ。大きくないと宝飾品として使えないのか……でもすごくきれいだし、この髪留めみたいに小さいのをいくつか組み合わせるのもかわいいと思うんだけど……うーん、これ何かに生かせないかな……
私はそんなことを考えながら、お父様に笑顔でとても気に入ったこととお礼を伝える。前髪が伸びてきたら、ぜひこれで留めて勉強しよう。うん、そうしよう。
「うふふ、アクセサリーを贈るのは男性のお仕事ですものね。じゃあ、ソフィー、こっちの包みも開けてみて? こっちはアランと一緒に私がオーダーを出したのよ?」
娘が喜ぶ姿にデレている父親を横目に、お母様がもう一つの包みを開けるよう促してくる。これが最後のプレゼントか。お母様がオーダーを出したんだ。どんなプレゼントだろう?
「……! これって、もしかしてグラナディラですか……?」
「まあ、ソフィーはよく領内のことを勉強しているのね! そうよ、この領内に一番多く生えてて、とっても丈夫な木なの。色々特性があって、あまり人気の無い木なんだけど……
でも、櫛にするならこの丈夫さが最適だと思って。他国にはね、大切な人に魔除けのお守りとして木でできた櫛を贈る習慣があるんですって! だから、この国で一番の強度を誇るこの木で作らせたの」
お母様がとても嬉しそうに話してくれる。私が呪いをかけられたから、魔除けの意味も込めて、櫛にしたのか。それに、丈夫なグラナディラをせっかくだから生かしたい気持ちもあったのだろう。
それにしても、グラナディラがこの世界にある! しかも領内にいっぱい生えてる! ひゃっほー!
「お母様、グラナディラはとても丈夫だっていうのは聞いたことがあります。遠い国では、楽器の材料に使われているってハルモニア様が言ってました。王国内では使われていないのですか?」
嘘だ。ハルモニア様とそんな話はしてない。でも、私はどうしても確かめたかった。
「そうなの? あれで楽器を作るなんて、とんでもない技術ね。王国内でグラナディラを楽器に使っている話は聞いたことが無いわ。あれは魔素が我が領土に多いからうちにたくさん生えている木だし、もし需要があるなら、こちらに話が来るはずだもの。
需要が無さ過ぎて、もう加工してくれる工房が領内でも1件だけになってしまっているくらいだからね……」
ふふふ。ふははは! お母様、グラナディラは楽器に使えるんですよ!
むしろ元の世界では、クラリネット族と呼ばれる、Es(エス)クラリネット、B(ベー)クラリネット、アルトクラリネット、バスクラリネット、それからオーボエやイングリッシュホルンの材質はグラナディラが主流だった。それに、ピッコロだってグラナディラが使われているものもある。
別の木材が主流のファゴットやバソン、それから現在は金属製が主流のフルートなど多少の例外はあるが、グラナディラが領内にあって、需要もなくて放っておかれているような状況なら、楽器を作る材料は私の手元にある、いや独占したも同然だ。
ふふふ、これは領の活性化のためにも、楽器の開発をいずれやらなきゃいけないわねえ。あくまで領のためよ、私個人の趣味のためじゃないわ。ふははは!
「そうなんですね。なんとかしてグラナディラを有効に使えるようになりたいですね! でも、この櫛もとってもすてきだと思います! この花の彫刻も綺麗です! なんの花なんですか?」
「うふふ、そう言ってくれて嬉しいわ。その彫刻はね、その工房の職人が、ソフィーと同じ名前の品種を持つ『ラナンキュラス』という花を彫ってくれたそうよ。
ソフィーというラナンキュラスには、他国の言葉で『目を奪われるほどの魅力』という意味もあるそうでね。この櫛が、ソフィーの髪の役に立つように、ソフィーの魅力をより引き立てるようにって選んで彫ってくれたそうよ」
その彫刻のラナンキュラスは、櫛の持ち手部分に櫛から浮き出るように立体的に彫られていた。ラナンキュラスは確か、バラに似た花びらの多い美しい花で、バラとは花びらの形が少し違う花だったはずだ。どちらにしても、彫刻するには難しい花のはずだが、これはその特徴をよくとらえている。この硬い木にこれだけの彫刻ができる職人がいる。ふふふ。
「お母様! 私、この櫛がとても気に入りました! 今度これを作ってくれた工房にも行ってみたいです!」
「あら、そんなに気に入ってくれたのね。いいわよ、領都にある工房だからね。今度私が連れて行ってあげるわ」
「ありがとうございます! これで毎日お手入れをして、綺麗に髪を伸ばしますね!」
やっほーい! 櫛が手に入ったのも当然嬉しい。これがあれば、最悪リンスとかコンディショナーとかが無い分をカバーできる。
それに、木管楽器の材料と職人さんを見つけた! うへへ、その職人さん、まじで逃がさないよ。しっかり捕まえに行かなきゃね、ふははは!
こうして、たくさんのご馳走を振舞われ、みんなから温かい心のこもったプレゼントをもらい、私はほんのほんのひと時、午前に起きたことを忘れて、お誕生日会兼快気祝いを楽しんだ。
お祝いの会が大幅に長引いたことで、午後の授業は特別にお休みになった。私はリタに手伝ってもらって、身体強化を切って歩く練習を少しだけやった後は、明日からの女神の使徒としてのお勤めの準備をするために早めに自室に戻ることにした。
「そうか、ソフィーはもう部屋に戻ったか。今日は色々あったから、きっと疲れてしまったんだろうね」
そう言って、アランはエリアーデと夕食後にタローム芋で作ったタローム酒を嗜んでいた。タローム酒はヘンストリッジ伯爵領の数少ない特産品であり、農民たちの貴重な収入源でもある。
「そうね。私のわがままで、お祝いの会を前倒ししてしまったし、慌ただしくなってしまったわ。ごめんなさいね」
「いいさ、あの櫛が届いたからすぐにでも渡したかったんだろう? それにみんな楽しみにしていたんだ、君の気持はわかってくれているさ。我々がすべきことは謝罪ではなくて、無理を聞いてくれたみんなをきちんと労うことだろう?」
エリアーデは、「そうね、私たちは領主夫妻ですものね」と微笑んで、何事かを考えていた。
「そういえば明日から、朝7時前にソフィーは毎日祈りの塔に行くわけだが……送迎が必要だろう。どうしようか」
「あら、それなら私が騎馬で護衛もしながら連れていきますわ! 不届き者などいないと思うけれど、いたら喜んで切り伏せますから。うふふ」
目をキラリと光らせながら、エリアーデは前のめりになりながらそう提案してきた。なんだか父上とエリアーデが似てきた気がする。
「ははは。それは頼もしいけれど、本来は、一応我々も護衛騎士を付けて行動するような立場なんだよ?」
「うーん、それはわかっているのだけれど……私たちに護衛なんて必要かしら? 騎士に守られなければ外にも出られないなんて、民を守る強きヘンストリッジ家の人間ではないのではなくって?」
エリアーデが、何を今更、と訝しむような顔でこちらを見てくる。そう言われてみればそうか。ヘンストリッジ辺境伯爵家は、代々優秀な騎士を輩出してきた騎士の一家。その上、今ではヘンストリッジ家は王国内最強の強さを誇るとも言われているらしい。平和が続く現在、この領地とは違い、他領は魔物もほとんど出ないらしいので、我らが強いというより単純に他の鍛え方が足りないだけのような気がするが。
まあ、そのヘンストリッジ辺境伯爵領の領主夫人であり、戦神アレスの加護を持つエリアーデの心配をすること自体おかしなことだったのかもしれない。
「わかった。ではソフィーのことはエリアーデに任せよう。送迎をする間は騎士としての立場に戻り、街中での帯剣も許可する。呪いの件はまだ解決していないから、異変があったら一人で無理はせず、すぐに知らせてくれ。念のため、祈りの塔と屋敷の間に数名護衛騎士を配置しておこう」
「ええ、それで構いませんわ。うふふ、これで明日から毎日騎士業ができる! ソフィーと馬に乗れる! ああ、楽しみでたまらないわ! うふふ!」
なんだかエリアーデの頭が違う方に行っている気がするが、少なくとも物理的、それから魔法での攻撃も、エリアーデがいればほぼ大丈夫だろう。というか、エリアーデが一体何者なのかは王国の人間なら知っているし、知っているならよほど頭がおかしくない限り手を出してこないはずだ。
だって彼女は、この国が女性で初めて騎士として認めた、性別のハンデをも乗り超えた強さを持つ人間であり、
手を出してくれてありがとう、うふふ! って、笑いながら大喜びで敵を殲滅しにくる、本物の戦闘狂だからね……
私は、今はその高貴な身分に相応しく、上品にお酒を嗜む美しい妻を眺めながら、祈りの塔への道中に何事も起こらないことを祈った。
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