第12話 試行錯誤

 僕らにたのしんでもらうためだと、スタッフの沢田珠理奈さわだじゅりなは言っていた。ありがたいはなし。


 もちろん、病院祭には参加する。中止にならないかぎり。病院祭は駐車場で催される。もし、中止になるとしたらどしゃぶりの雨がふった場合などらしい。中止になったら翌週の日曜日までおあずけになる。食べ物も用意してあるので、それを一週間さきのばしにするのはまずいだろう。鮮度が落ちてしまう。職員も天気予報はチェックしているだろうから、もし、無理な場合は病院の体育館でおこなったこともある。

 デイケアは十時からなので、まだ三十分くらいある。廊下にある木製の長椅子にすわり待つことにした。


 すこししてデイケアメンバーが一名やってきた。加藤瑞穂かとうみずほ、二十二歳。彼女はうつ病をわずらっていて、無職。


「おはよう。瑞穂ちゃん」

「おはようございます、修治さん」


 瑞穂ちゃんは、素直でやさしくとてもいい子。それ故、うつ病になったのかもしれない。これは僕の見解だからそのとおりかどうかはわからない。


 でも、最近ではだいぶ回復してきているように感じる。表情もあかるいし、よく笑うようになった。いいことだ。


 十一月の第一日曜日には、病院祭がある。


 いまは八月末、のこり二カ月で準備しないと。できるだろうか、あと約二カ月しかない。


 きいたはなしによると、職員はよるおそくまでのこって準備をしているらしい。あたまがさがる思いだ。


 あしたは就労支援事業所にはたらきに行く日だ。障がい者がはたらくところで、B型事業所とも呼ばれている。三障害受け入れていて、身体障がい・知的障害がい・精神障がい。業務内容は、パソコン作業とホテル清掃。

この職場は去年からはじめた。パソコンでは名刺を作ったり、フリーペーパー、チラシ、食堂のメニュー表などを作っている。ホテル清掃はベッドメイクや、ふきそうじなど仕事量は多い。ホテルは二階建てで木造だ。帰宅するころには、ヘトヘトになる。部屋数は六部屋。ビジネスホテルではなく、旅館のようなところ。

勤務時間は九時から十六時までで、利用者は三十人ちかくいるのかな。はっきりした人数は僕は利用者だからわからない。


 施設長は五十代だろう。長谷川満はせがわみつるという。職員は何人くらいだろう、パソコンとホテルにわかれて仕事をするから十人くらいだろう。


 いまは、朝七時すぎ。母に起こされた。睡眠薬を飲んで寝ているせいか僕は寝起きがわるい。しかも昨夜は今日仕事があると承知のうえで夜更かししていた。なにをしていたかと言うと、小説を執筆していた。将来、小説家で生活するために。僕は、あちこちのコンテストに応募している。でも、なかなか成果は出ない。いったいどうしたらいいのだろう。結局、自分に実力が足りてないということなのか。だとしたら、まだまだ勉強しなければいけない。


 小説家になるための塾みたいなところってないのかな? 前に聞いた話では、北海道にもあるらしい。しらべてみると、専門学校があるようだ。そこに勉強しにいきたいと思った。


 仕事から帰ってきて、僕はもういちどネットをみた。そして、母にもみせた。

「ここの学校にいきたいんだけど」

「え? 修治、あんた本気で言ってるの?」

 母はでかけるのか、化粧をしていた。

「本気だよ!」

「途中でやめたりするんじゃないの? 病気だってあるし」

「やめないよ! 小説家になって生活したいんだ。病気は……病気は薬を飲んでいれば大丈夫だよ」

 母は黙ってこちらを見ている。疑われているのだろうか? まあ、それは無理もないかもしれない。病気があるのはたしかだから。

 

 でも、僕は小説のことをもっと勉強したい。勉強したあかつきにはプロデビューしたい!こんなにつよい思いはなかなかない。病院の心理療法士の久保奈津美くぼなつみさんにも言われたけれど、

「内山さんのように、病気があってもしたいことに制限されないのはすばらしいことよ」

「そうなんですか。でも、僕思うんですけど、したいことがあるならすればいいと思うんですけど違いますか?」

 久保心理士はこう言った。

「理屈ではそうだけど、患者さんたちはいろいろな事情をかかえているからね、うまくいかないのよ」

 僕は、なるほどと思った。そして、こうも思った。僕は周りのことを考えず、自己中心的な人間なんじゃないかな、と思った。それを久保心理士に伝えると、

「そこまで、考えこまなくてもいいけどね」

 苦笑いを浮かべていた。

 僕は自分の考えを否定されたような気がしてすこし、不快になった。ムッとした表情を見せたせいか、

「いま、言ったことが気に障ったならごめんね」

「いえ、大丈夫です」

 僕は嘘をついてしまった。でも、見透かされているようだ。きっと、嘘もバレているかもしれない。しかたないけれど。


 小説家としてプロデビューしたいことは言ってあって、でも、専門学校に行きたいことはまだ言っていない。言ってみよう。

「久保先生、実は僕、小説家になるために専門学校に行きたいんですよ。親には反対されてるけれど」

「そうなんだ。内山さんはいま、二十八歳?」

「はい、そうです」

「まだまだ、若いからなんでもできるね。親御さんが反対しているなら、奨学金もあるよ?いくらかかるかわからないけれど」

「うーん、そのお金を返せるかどうかわからないから、いままで言わなかったんですよ」

「そうだったんだね、お金に関してはしっかりしているね」

 久保心理士は笑っていた。そんなに可笑しいだろうか? 彼女は時々、笑わないで欲しい

ところを笑う。失礼だな、と思うときもある。たしか、僕より四つ年上だったはず。  三十二歳。結婚をしていて、お子さんもいるようだ。以前、お子さんの年齢を訊いた時は、七歳と

言っていた。


 久保心理士は、見た目も上品で頭がよさそうな顔をしている。目は綺麗な二重で、鼻はスッと高い。口もちいさく、唇の端がきゅっと上がっている。正直、かわいいと思う。でも、病院の職員だし、人妻だし、子どももいる。だから、恋愛感情なんかもってもなんにもならない。断言できる。


「学校に行くのが無理なら、小説の書き方、みたいな本売ってないかな? それか、ネットにも載ってると思うよ」

「なるほど! 本を買うとかネットに載ってるのを見たらいいんですね! さすが、思いつかなかったです」

「是非、試してみて。小説のことはよくわからないけれどね」

「いえいえ、アドバイスありがとうございます」

「そんなに改まらなくてもいいよ」

 久保心理士は笑っている。


 僕はぶっちゃけ久保心理士に恋し始めている。魅了されているというか。でも、職員を好きになるのは自由だけれど、交際には発展しないことは明確だ。でも、付き合いたい! いつの間にか僕は好意を寄せていた。考えたとおりにはいかないなと痛感させられる。それが現実なのだろうけど。小説家にしても然り。そんな簡単に何でも自分の思い通りにいってたら誰も苦労しない。でも、そう考えるとストレスが溜まってくる。


 医者は規則正しい生活をしたほうがいいと言う。起きる時間・ご飯を食べる時間・薬を飲む時間・お風呂に入る時間など、同じ時間に行うようにすると病状はいいほうに変わるはず、と言っていた。僕はそんなことは無理だと思う。なら、いったいどうしたらいいんだ。こまってしまった。精神的な訓練が必要なのかもしれない。たとえば、デイケアにやすまず通ったり、服薬をきちんとする、睡眠をたっぷりとるなどいろいろあると思う。


 なるべく主治医の言うことは聞こうと思うけれど、限度がある。だから、自分の意思も混ざって行動する。そこはなるべくポジティブにやっていきたいと思う。

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