第10話 百十番通報

 いくらか調子は回復した。でも、全快とは言えない。今日は精神科の受診日だ。うつ病を患っている原田耕平さんは今日、病院に来ているだろうか。相変わらず原田さんとは仲良くさせてもらっている。彼は三十歳で、俺は二十八歳。


 病院に来たのは俺が十三時三十分前で予約の時刻は十三時半。原田さんは十四時前に来た。


 待合室で待っていると、

「よっ!」

 と、原田さんが声を掛けてくれた。

「こんにちは!」

 と、俺は挨拶をした。彼は相変わらず洗髪していないようだ。

「どうだ? 調子は」

 原田さんが気遣ってくれた。嬉しい。

「つい、先日までかなり調子悪くなったんですけど、今は何とか大丈夫です。原田さんはどうですか?」

「オレは仕事をしないで寝てばかりいるよ。そのお陰か、まあまあだ」

「そうですか。良かったですね」


 原田さんは俺に、

「何時予約だ?」

 と、訊いてきた。

「十三時半です」

 俺は時計を見ながら言った。時計は受付の壁に掛けてある。きっと電波時計だろう。

「なんだ、もう二時過ぎてるじゃないか」

 原田さんは苦笑いを浮かべている。

「そうなんですよ。急患が入ったみたいで。まだ、待たないといけないみたいです」

 呆れた顔になった。

「何だ、じゃあオレはもっと後じゃないか!」

 原田さんは怒った様子で喋っている。


「仕方ないっスね」

 彼は黙りながら頭を掻いている。ボロボロとフケが落ちる。洗髪すればいいのに。面倒なのかな。

 原田さんの親は彼が不潔にしていて何もいわないのだろうか。俺の親ならすぐに言ってくる。汚いぞ、とか。


 あれから約三十分が経過し、時刻は午後二時半頃だ。未だに呼ばれない。処置室の方から奇声が聞こえる。知的障がい者だろうか。俺が来た頃には救急車が来ており、その頃から奇声は聞こえていた。一体、どうしたのだろう。問診を出来る状態なのか。あっ、スタッフが付いているのか。病院の職員もいるだろうし。暴れても大丈夫だろう。


と、その時――。

 坊主頭の若い男が凄い形相で走って玄関から出て行った。奇声を上げたのは知的障がい者か。その後を、スタッフと職員が追いかけて行った。大丈夫だろうか。玄関を出たら駐車場があり、それより外は国道で車通りが多い。勢い余って事故を起こさなければいいけれど。


 それから五分くらい経ってから悲鳴にもにた大きな声が聞こえた。俺は原田さんと一緒に玄関から外を見た。すると、病院のブロック塀に車が突っ込んでいた。俺は原田さんに、

「見て来ましょう!」

 と、言い走って現場まで行った。すると、

「大丈夫か!? 四郎!」

「わーんっ!」

 泣いている男の声。さっきの知的障がい者の声だろう。


 車の中からいかつい男が出て来た。車は高級車だ。男は、

「どうしてくれるんだ! この泣いてる奴が出て来たから避けるしかなかっただろう!」

スタッフと病院の職員は、

「すみません……」

「上の者にどうするか確認しますので少し待ってもらえますか」

 男はどでかい体で黒塗りの愛車なのか、じっと見ている。

「ちっ! クソ!」

 舌打ちをしている。病院の中に職員が入って行き、上司に掛け合っていた。

 尚も知的障がい者は泣くので、うるさかったからか、

「うるさい! そいつを黙らせろ!」

 怒鳴った。スタッフは、

「あの! この子、障がい者なんですよ。勘弁してください」

 言った。男は、

「そんなこと俺には関係ないんだ。静かにさせないと力ずくでいくぞ!」

 ニヤニヤしながら喋っている。

「やれるもんならやってみて下さい! すぐに警察呼びますから!」

 スタッフも知的障がい者を守るために必死だ。

「けっ! くだらん」


 そうこうしている内に事務長かな、現場に職員と共に行った。そして、

「うちの患者をよけようとして事故ったんですね。とりあえず、警察呼びますね」

「ああ! 早くしろ!」

 事務長は百十番通報した。


 少ししてパトカーが二台やって来た。停まったパトカーは男と、スタッフと知的障がい者に分かれて事情聴取している模様。


 後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。看護師だ。ようやくだ。十五分くらいかかったが診察を終えた。その後、すぐに、原田さんが呼ばれた。彼は十分くらいで終わった。医者も急いでいる様子で患者を診ていった。

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