蕎麦

暖簾をくぐると威勢のいい声がした。

この店には十年以上通っていて、店主ともすっかり顔馴染みだ。

いつものように、ざる蕎麦を頼む。

娘みたいに私を可愛がってくれている店主が

「あいよ」

とこたえた。

ここの蕎麦は、やっぱりどこか違う。

なんとなく、恋人のようだった。

ほどなくしてざる蕎麦が到着し、割り箸を割る。

この動作も、慣れたものだ。

てっぺんに乗っている海苔と刻まれた葱と、摺り下ろされたばかりの生姜を加えて、つゆにつけたかと思うと、サッとすする。

目をいっぱいに閉じて、ああと息を漏らすと店主が笑った。

そのごも快調に蕎麦を食べ続ける。

お茶に手を付けて一息入れようと思ったときには、もう蕎麦はなくなっていた。

六百八十円を机に置いて、小さめのショルダーバッグを肩にかける。

また店主の威勢のいい声をききながら、店を出た。

店先には、打ち水が強い日差しに、照らされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る