第二節九款 多事多端
災厄とも言えた日から一日が経過し、江戸にある日の出財団の本館は朝から大忙しだった。
通信が届かない、安否の分からない海外拠点への通信方法を探る会議。海外に取り残された職員を国内へ移動させる方法を探る会議。江戸の情勢の調査。昨日の会議に来れなかったギルドとの個別会議。ギルド合併に向けた帳簿の精査。
挙げ出したらきりが無い程ドッタンバッタン大騒ぎだった。
全ての事態が同時並行で動き四藏や一守等の役員の所へは悲鳴とも取れる救援要請が引っ切り無しに来ていた。
「二關が居ないだけでこんなに大変なのか」
四藏のボヤキは各種情報が飛び交う役員会議室内の喧騒にかき消された。
普段であれば何か問題が起こった際に、二關が最適解を出していた。しかし、今日は居ないし後二、三日は帰ってこない。
積み上がっていく書類に頭を抱え発狂しそうになりながらもどうにか踏み止まっている状況だった。
そんな状況下で、燃え盛る火に油を注ぐ様に〈銀剣騎士団〉の使いが本館一階のロビーに居座っていた。昨日の会議の内容を聞きに来たらしい。
四藏が対応しても出て行かず、会長の一守が対応すれば責任者を出せと騒ぎ始めお手上げ状況であった。
『そんなに暇なら自分で情報を集めれば良いものを』と四藏は思ったものの、財団の把握している情報は少し街中を歩けばわかる情報。目新しい物なんてない。
そんな簡単な事は銀剣騎士団でもわかるであろう。
銀剣騎士団は財団の情報よりも財団と譲歩を求め居座っていると四藏は認識していた。
「四藏さん、お客様が来てます」モヤモヤと四藏が考え項垂れているとロビーで受付を担当していた職員が入ってきた。何故か頰を赤らめていた。
「どちらさんか聞いた?」
「はい!あばろん?ってギルド名を名乗ってます。むっちゃイケメンの白人の外人さんです!」
あばろん、恐らく〈AVALON(アヴァロン)〉と言う英国に本拠地を構えるギルドだろう。日本で最も大きいギルドの一つと謳われる日の出財団以上の規模を持つ、世界で最も大きなギルドの一つだ。
確か日本支部が探検家向け施設が集まる渋谷にあった筈だ。
「アヴァロンな、直ぐ向かうから。えっと五階の大応接室が空いてたかな。そこに通して下さい。くれぐれも丁重に」そんな大手ギルドが財団に何の様だか。四藏はやや警戒しながらも応接室に足を運んだ。
四藏が応接室に入ると、大柄な、しかし非常に容姿の整った、如何にも紳士風の男性が座っていた。
英国のギルドだから金髪碧眼辺りだろうと勝手に想像していたが、髪は真っ黒だった。
『二關の方が髪の色素は薄そうだな』等と余計な事が頭を過ぎったが、そんな邪念は慌てて捨てた。
「Thank you for your patience.」
英語は入試や公務員試験で必要最低限しか勉強してこなかった。英語から逃げて来た事を四藏は少々後悔しながら拙い英語で挨拶した。
「いえいえ、突然の訪問に対応頂いてありがとう。日本語で大丈夫ですよ」椅子に座っていた男性は立ち上がりながら手を伸ばしてきた。
『こんな事なら最初から日本語で行けばよかった』と相手の流暢な日本語に恥ずかしくなりながら伸ばしてきた手を取り握手をした。
「アヴァロンの日本支部代表を務めてる、エリアス・ハワードと申します」
「拙い英語で申し訳ない。四藏恭太と申します。財団で専務、そちらで言う所の執行責任者みたいな事をやらせて頂いています」
「いえいえ、慣れてます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いしします。因みに本日はどういったご用件で」
四藏より二十センチ以上大きな、しかも外人にガッシリ握手されたまま放してもらえず、流石に圧迫感で潰されそうだったので四藏は慌てて席へ案内した。
「単刀直入に申し上げます。元の世界か本部に…… イングランドへ帰れるまで我々を保護して貰いたいのです。もちろんエスビットになりますが、それなりの対価をお支払い致します。」
世界最大の規模を持つギルドの一つ、アヴァロンの支部が財団に〈保護〉を求めてきた。四藏は背筋から冷や汗が出そうになった。
彼は保護と言う単語を使った。アヴァロンは財団より規模が一回りも二回りも大きい。
「……。因みに帰れる見込みは……」恐る恐る尋ねてみれば「見込みはないですね」とキッパリ応えられてしまった。
「いくつかの拠点を経由してですが、本部と連絡は取れたのです。しかしあっちはあっちで手一杯らしく…… それにどこも治安が悪い、長距離移動は困難。この辺も治安が悪くなったと聞きますがまだ良い方。どこも大荒れで……」ハワード氏はオデコの前で手を組むと俯いてしまった。
『待てよ?』と四藏は思った。
彼は本部と連絡がついたと言った。
つまりアヴァロンの本部、英国と連絡が取れたという事だ。つまり、現在連絡の取れない(届かない)日の出財団の欧州方面ともアヴァロン経由で連絡が取れるかもしれない。
場合によっては財団の小規模支部をアヴァロンに〈保護〉してもらう事も出来るかも知れない。
「一応お尋ねしたいのですが、英国と連絡が取れたという事で良いんですよね?」
「えぇ、何箇所か経由してですが全ての拠点と連絡が取れています」
これは、諸問題を一気に解決出来るかも知れない。そう四藏は思った。
「理事長の二關と話し合わないと決定は出来ませんが…… 日の出財団としてあなた方を〈保護〉する事は出来ないと思います」
四藏が切り出すと、綺麗な白い顔がみるみるうちに青くなっていくが見えた。
「言い方が悪いですが、貴方方アヴァロンと我々日の出財団では規模が違いすぎます。それがアヴァロン日本支部であってもアヴァロンの名を冠している事には……」
淡々と四藏が話せば、ハワードの青かった顔は目元が赤くなり泪ぐんでしまった。
「ですが、事態収拾と安定に向けて〈提携〉する事は出来ると思います」
「提携…… ですか」
「業務提携です。場合によっては資本提携も視野に。我が日の出財団は英国に支部を置いております。しかし中央アジア以西で通信が届かず連絡が取れない状況にあります。ですので、我々は貴方方より、深刻な危機に陥っています。通信が取れた拠点も規模が小さく身動きが取れずにいます」
腹の探り合いでは話しが進まない。その考え、四藏は財団の置かれている状況を洗いざらい話した。
「貴方方アヴァロンの日本支部と我々日の出財団ではなく、アヴァロンと日の出財団で事態安定化に向けて協力していきたいと言う事です」
もし、日の出財団とアヴァロンで提携が出来れば、仮にこの世界に長期滞在することになってしまっても、どんな形であれ財団職員の命は守れるだろう。
「互いに手を取り合って行けるかは、本部に確認しないとわかりません。しかし、我々も中小拠点が動けずにいるのもまた事実です」さっきまで青かったハワードの顔は安堵と笑顔に包まれた。
「互いに協力して行くことが出来れば、必ず良い方向に向くでしょう、本部に掛け合ってみます。欧州方面の通信については取り急ぎ可能か確認させて頂きます」
ひとまず安心かな。と四藏は感じていた。ハワードの顔はわかりやすい。顔を赤くしたり青くしたりガッカリしたり喜んだり。『わかりやすいな』と四藏はその様に考えていた。
最終的にハワード氏とは本部に確認し次第、協力体制を構築して行く方向性でまとまった。もっとも、二關や一守に確認を取らなければ財団も動けないのだが。
二關に連絡を入れようと通話端末を取った。
時刻は十三時過ぎだった。二關は恐らく北千葉拠点に居るだろうと思ったが、いくら呼び出しても通信は繋がらなかった。
『会議中かな』と四藏は思い、三回ほど呼出した後業務に戻っていった。
◆
朝から大騒ぎの本館から逃げ出すため、原義経とその部下達はこの世界の文献調査を理由に、江戸の隼町にある図書館の様に資料が集められた施設へ来ていた。
本来なら一般人が入る事は出来ない施設であったが、四藏の助言もあり山吹色の菓子を館長や監査役に渡し、一日限りの特別な許可をもらえた。
施設の一角、新聞の様な形態でこの世界の出来事が週毎にまとめられた冊子が収められている一角があった。
どこかの大火や大雨、貴族の死亡や継承、継承者同士の争い、領地同士の小競り合いと言った内容がメインだった。
その中の一つに今年の初夏、伊賀や大和で大きな地震があったと言う記事もあった。民家が破壊され断層がずれ動いた様子を表現したイラストが書かれていた。
さらに遡って調べれば、一年前の春先には相模の地で大地震があった記述もあった。その他にも中規模な地震の記述も多くあった。
日本は元の世界では地震大国だ。
地球上で起こる地震の一割以上、大規模地震に絞れば二割近くが日本で起こっている。そして我々は日本とよく似た場所に立っている。
さらに9月には筑紫の方で大風 (暴風) と大水 (洪水) があった様だ。時期的に台風の類だろう。それはつまり、天変地異にも警戒しなければならないと言う事だ。
この世界で地震を含む災害が存在する事を示す資料だ。ゲーム時代には天候の変化はあれど、地震や災害なんてイベントは存在しなかった。
しかしゲームだった時期にもイベント以外の歴史が存在していると言う事だ。
『本当にここはゲームの中なのだろうか』という疑念が原の脳内を巡るが、今考えても仕方がないと考え、歴史調査に戻った。
そして、この世界の出来事をまとめていくうちに原はある程度の事がわかってきた。
日本列島、この世界では日本諸島と呼ばれている地、北から北海道地域の〈北海公國同盟〉、東北地域の〈奧羽王國〉、関東甲信越を中心とした〈武藏聯邦〉、近畿中部を中心とした〈秋津皇國〉、九州中国地域の〈筑紫聯邦〉、四国地域の〈伊豫聯合〉、沖縄地域の〈琉球王國〉といった国が存在する。
その国達の元首や貴族達は五つのメイン血筋とそこから別れた七つ血筋、計十二家に関係する貴族達である事がわかった。
五つの血筋、〈斎川家〉〈簗場家〉〈湯藤家〉〈篠岡家〉〈宇栄原家〉はそれぞれ対立したり共闘したりしていて、五つの血筋から分岐した家々が振り回されている構図が見えた。
湯藤は武藏聯邦の国王だ。しかし、武藏聯邦に加盟する公国には湯藤家系列以外にも宇栄原家系を筆頭に斎川家系や簗場家系の公爵も存在した。
思い返せばPvPを伴う戦争イベントの時、五つの血筋の対立構造が反映されていた様に感じる。
今後も貴族達の対立が続けば探検家達も当然巻き込まれる。PvPイベントと似た様に探検家同士が殺し合う展開も予想出来る。
更に調べていけば、奥羽王國の国王である宇栄原と、武藏聯邦の湯藤は、代々繋がりが深く婚姻関係も深い。しかし、斎川家・簗場家・篠岡家は近畿の秋津皇國の皇族で、宇栄原家と湯藤家、特に湯藤家との対立が深い。
武藏聯邦加盟国には斎川や簗場系の家が納める公国が存在する。これは将来的に火種になりかねない。火種が燻りに燻り大火になった際、財団は巻き込まれずに済むのか。
探検家達が殺し合う戦争を想像し、背筋が凍る様な感覚を覚えながら、原は必死に報告書をまとめた。
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