第二節八款 多事多端

 日の出財団大坂拠点は大坂北部の鷲洲の街に存在した。元の世界で言う所の野田駅の北の方だ。人員は四十人弱。

 最盛期は大坂エリアに三つの拠点があり人数も各数百人規模あった。それが現在の人員まで減ってしまった。

 ネクストテラの登録者数が減少したのではない。京阪神在住者や出身者による、京阪神在住者や出身者のための、ゲーム内で大坂や京都、神戸といったエリアに本部を置くギルドに人員を奪われてしまったのだった。

 これがゲーム時代であれば、少人数で派閥闘争も過度な競争意識も少ない仲良しギルドの様な物として回して行けたが、ゲームの中に入ってしまいオマケに拠点周辺の治安は非常に悪い。いくら大規模ギルドの看板を背負っていても、四十人程度なんて中小規模ギルドだ。

 中小規模のギルドなんて言うのは格好の的だ。


 おまけにムードメーカーで引っ張り役だった桐生も江戸の本館にキャラクタがいる状況で巻き込まれてしまった。

 幸いな事に通信は繋がり指示もあった事で唖然としている状況にはならなかった。しかしその指示に問題があった。


 指示の内容は大坂からの撤退だった。


 一言に撤退と言ってもマウスクリックとキーボード操作だけで済む話ではない、撤退先の新規拠点の購入や新しい拠点への移動のための資材や荷車の確保、そして最大の問題は新拠点への移動だ。それを自分の足と手でやらなければならない。

 本館からの情報では転移石やエプロンは消失。死亡した時のホームでの復活も確認できていない状況、そんな中での長距離移動だ。

 そんな事もあり避難派と防戦派で別れてしまい普段は明るい空気が荒んでいた。


「ダメです。明王寺屋も大坂志麻屋も閉まってます」窪薗慧介くぼぞのけいすけ准佐は閉まった両替屋の店内を覗きながら拠点長である藤吉託也ふじよしたくや大佐に言った。

「参っちゃうなー。多伊良屋はどうにか間に合ったんだが」藤吉は頭をガシガシ掻きながらうな垂れる様に言った。

 明王寺屋みょうおうじや大坂志麻屋おおさかしまや多伊良屋たいらやは日の出財団大阪拠点がメインに使用していた両替屋、現代で言う銀行の様に金品を預けていた店だ。

「多伊良屋をメインにしてて良かったですよ。七割は回収できました」まぁまぁと藤吉の背中を叩きながら窪薗は言った。

「多伊良の主人の顔ときたら、全部下ろすと言ったら真っ青になってたからな」

「そりゃそうですよ、一種の取付騒ぎですからね。払出停止にならなかっただけ良かった事にしましょう」

「それもそうか…… さて、拠点に帰るか」窪薗の言葉に、疲れた表情を覗かせながらも笑顔を作り藤吉は応え、拠点への帰路に着いた。


 拠点に帰り着き、下ろしてきた金品を急造した金庫室にしまい、窪薗と藤吉は撤退に向けた荷造りを始めた。

「やっぱり引きこもった方が安全じゃないのか」|窪薗は手を止め外を眺め不安そうに拠点長である藤吉に聞いた。

「んー、本館からも桐生からも、清水からの同じ指示が何回も来とるしなー」

「でも、江戸は大坂の状況知らんだろ」

「東京も荒れとるみたいでなー。ただ大阪はもっと荒れとる。それを聞いた上での拠点放棄決断やから」

 東京より大阪の方が荒れている。大阪よりも荒れていない本館でも東京都心部を離れる事を検討している。とすればこれ以上悪化しなうちに、出来るだけ早いうちに離れ、他拠点と合流して大勢で防衛した方が安全である。その様に考えた。

「荒れすぎてて外出る方が危ない気がするけど……」窪薗は依然拭えない不安を抱えながら外を眺めていた。

「拠点が襲われたらそこで終わりだ…… 食糧の在庫にも限りがある」この治安状況が続けば充分あり得る。それにこのまま引きこもって居たら食料が尽きる。その様に藤吉は考えていた。


 東京と違って大阪の治安悪化の原因は、探検家ではなくNPCだった。

 たしかに、探検家が最初に混乱に陥ったのは事実だ。しかしそれが火種となり庶民や近隣農民達が、同じくNPCである大きな商家や貴族、地主の家を襲い出したのだ。

 もちろん、ギルド拠点も例外なく襲撃を受けている。もっと中心地にあった財団と協力関係にあったギルドも襲撃を受け、死傷者を出しながらもどうにか大坂外に退避した状況だ。

 NPCの襲撃なんてゲームの時にはあり得なかった話だ。恐獣よりも今は人間の方が恐ろしい。


「そういや最近、素材の値段下がってたやろ。NPCが暴れてるのって関係あるんかね」周辺の治安の事を考えていた時、最近素材の売価がかなり下がっていた事に藤吉は思い出した。

「あー、素材売るなら他所行った方が高かったよなー。エプロン使っても利益が出た」窪薗は木箱に荷物を積めながら答えた。


 NPCが暴れている事案は、他の拠点から情報として来ていない。全て探検家が暴れているだけで、NPCは普段通り生活している。

『ま、えっか』と藤吉は思った。

 妙な胸騒ぎを覚えたが、原因が判らないのではどうしようもない。とりあえず今は撤退の準備を進めよう。そう考え窪薗は作業に戻った。


「藤吉さん、居ますか?」

 荷造りを始めて一時間くらい経っただろうか。襖の向こうから声が聞こえた。

「どうぞー」と声をかければ室内に入ってきた。

「すみません。荷車ですが言われた量集まりきりませんでした…… どうしましょう」困った表情で入ってきた女性、川喜田七夏かわきたななか中尉だ。


「中尉か…… 荷車の件はしょうがない。俺らも資金回収を全部できなかった」藤吉がそう答えれば川喜田はあからさまに不満そうにほっぺを膨らませていた。

「前々から、ゲームやっとる時からそうですけど。階級で呼ぶのやめてもらえます?私には七夏って名前があるんですけど!」

「あー…… 川喜田、中尉…… 荷車が全部集まらなかったのは大丈夫、余裕を持って計算しているから。何台集まった?」川喜田に詰め寄られ、藤吉はしどろもどろになりながらも冷静を装い答えた。

「馬用が四台!人力が八台です!もう知らない!」大声で川喜田が答えると襖をピシャリと閉め出て行ってしまった。


「藤吉ー、お前も酷い奴だよなー。七夏ちゃんななちゃんも可哀想に」部屋の隅からニヤニヤしながら窪薗が言った。

「うっせ、中高と女子が居ない環境だったから扱いがわかんねーんだよ。気軽に呼んでキモがられてもこえーし」

 そんな事を言いながら二人は荷造りを再開した。

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