第二節七款 多事多端

 食事を終え、北千葉拠点に戻った西舘。

 流石にあの量の資料を持ち運ぶのは困難だったので、二關が役場の職員二名を貸してくれた。

 道すがらNPCの二名と話していた。


〈はつ〉と言う名の領主である二關の使用人、〈航平〉と言う役場職員の男性。二人には名があり歴史があり、考えも持っている。

 はつは、元々は地方の商家の生まれだったらしい。江戸の商家に嫁いだが家は直後に破産。実家も恐獣の襲来で集落ごと壊滅。行き場がなくなっていた所を領主の女中に拾われたらしい。

 航平と名乗った男性は、父が役場の財務部勤めで、コネで役場に入ったらしい。

『やっぱり、ここはゲームの中では無いんだな』

 話しにしか聞いていなかったが、NPCが人間であると言う現実に軽いショックを西舘は感じていた。


 西舘が北千葉拠点に戻ったのは九時過ぎだった。既に殆どの職員が起床し、夜間警備人員との交代も済んでいた。

 北千葉拠点の施設増築に向けた測量や土木作業もいたる所で行われていた。

 二關から渡された資料を大広間に運び終えた頃、清水大将が大広間に入ってきた。

「おはよう西舘君、光郁君…… 理事長はどんな感じだった?」

「辛そうだな。立場上しょうがないのだろうが……」

「そりゃそうよね。私が同じ立場だったら投げ出してるわ。四藏君と言い二關君と言い、よくやってるわ」清水大将は少し困ったような表情をしていた。『何か私に出来る事はないかしら』と呟いたが、その後の会話が続かなかった。


「十五時から、二關も交えて会議を開くので、この資料を将官連中で事前に共有したい。十一時ごろから会議をセッティングしてもらっていい」西舘は壁際に山住みにされた資料を指差しながら清水大将に言った。

 清水は資料の山を見ると『げ……』と言う呟きと共にあからさまに嫌そうな顔をしたが「はいはい、元帥様。しょうがないですね」と観念した様に承諾し大広間を出て行った。


 清水が大広間が出て行き、西舘と山積みにされた資料だけが大広間に残され静寂に包まれた。

「何でこんな事になっているんだ」誰に言うでもなく西舘は呟いた。

 昨日の江戸川湿地からの撤退で多くの仲間が行方不明になった。街中は皆が暴れ泣き喚き秩序もへったくれもなかった。昨日の親友が泣き噦る姿。未だに意識が戻らない親友の弟。

 フラッシュバックの様に昨日の出来事が脳裏を過ぎった。胃が暴れる感覚を覚え西舘は外に走り出た。そして朝食を全て吐き出してしまった。


 何分裏庭で蹲って居ただろうか。幸いな事に誰も通りかからなかった。

 胃は既に空になっていた。それでも焼ける感覚は残っていたがいつまでも止まっている訳にも行かないと考え、西舘は大広間に戻った。

 片隅に山積みになった資料を一つ一つ手に取り中身を確認し始めた。表紙には全て作成者と一守会長、四藏専務理事、そして二關理事長のサインが入っていた。

 恐らく、西舘が起きる何時間も前に起きて資料を確認していたのだろう。


 各拠点ごとの武具、食料在庫やゲーム時代のレベルを参考にしながらの戦力評価。各拠点ごとの周辺治安に関する報告書。今後の懸念材料。昨日開かれたと言うギルド間会議の議事録。

 多種多様な報告書があった。今朝読んだ外国の治安に関する報告書も含まれていた。その下に別冊にまとめられた京城ソウル拠点の通信記録や出来事を時系列ごとに事細かにまとめた物があった。

 災厄とも呼べる出来事直後から、京城拠点と釜山プサン拠点は密に連絡を取り合っていて、時間経過と共に状況が悪化していく様子が生々しく綴られていた。

 そして最期の通信記録は、京城拠点長から釜山拠点長への物で「もうダメだ」との発言の後、何かが壊れる音と複数人の大声、拠点長の断末魔の叫びだった。

 報告書を読み終え、西舘は唖然とし固まっていた。思考回路が固まり何も考えられなくなっていた。


「西舘さん?西舘さん、大丈夫ですか」


 西舘が呆然としていたところ、誰かに呼ばれ慌てて意識が戻った。

「山口中佐か…… びっくりした、どうしました?」

「どうしましたかはこっちのセリフですよ。顔真っ青ですよ。何の書類ですか?これ」大広間に入ってきたのは、山口湊人中佐だった。

 山口は心配そうな顔を西舘に向けながら、手元にあった資料を読み始めた。


 読み進めるうちに山口は「これは……」と呟いて黙ってしまった。西舘は資料を読み進める山口の手元をじっと見つめていた。

 何分経っただろう、山口は資料を読み終え静かに座り直した。

「これは…… 何ですか?これは……」手を小さく震わせながら『これは……』と繰り返し呟き固まった。西舘も変わらず山口の手元を眺めていた。

「これは、本館からの資料ですよね。二關くんは確認しているんですか?」落ち着いたのか山口が西舘に質問した。

「表紙に二關のサインがあるだろ、恐らく確認している」今朝の二關の様子を思い浮かべながら山口の問いに答えた。

「こんなのって…… 海外はどこもこんな状況なのか?」山口は声を震わせながら西舘に質問した。


 西舘は京城拠点に関する報告書とは別に、今朝方読んだ資料を山口に渡した。

「京城拠点が一番ひどい。ただ、他の拠点も国内に比べると厳しい状況下にある」京城拠点以外は今のところ襲撃は受けていない。現地のイザコサに巻き込まれ負傷者は出ているが、幸いな事に死者の報告は本館へ上がってきてはいなかった。


 山口と情報を共有し話した事によってか西舘の気分はどん底では無くなった。気がつけば会議まで一時間を切っていた。

 山口が顔面蒼白になりながら国外情勢の報告書を読んでいる中、西舘は他の資料の確認作業に乗り出した。


 ◆


 時刻は十一時半を指していた。西舘元帥と清水大将の呼び掛けで北千葉拠点に居る准将以上と、手の空いていた少佐以上の財団構成員が大広間に集められていた。

 西舘と山口中佐は事前に資料の確認を終えていた。そのせいか顔面蒼白になり精気が消え失せていた。

「私と山口は全て読み終えました。三セットずつあります。それぞれで一度目を通して下さい」西舘は資料を大広間中央の置き、読むように促した。

 大広間にいる全員が、西舘と山口の表情を確認し、恐る恐る資料を手に取り始めた。


 全員が各々資料を読み始めてそれなりの時間が経った。読み終えた者も居る、まだ読み終わっていない者も最後の資料だろう。

 大広間からは笑顔は消え去り、涙目になる者や血の気を失い一点を見つめている者。怒りに震える者、地面に蹲り呻き声を上げている者も居る。


 全員が資料を読み終え、資料が大広間中央に乱雑に積まれていた。

 誰かが口を開くのを待っているのか、皆押し黙っていた。そして、静寂を終わらせたのは清水大将だった。

「これって、読んだら表紙にサインって必要なんでしょうか……」現実逃避のために言ったのか、それとも天然で言ったのか不明だが、清水はズレた事を西舘に聞いていた。

「署名は役員と作成者だけで大丈夫です」清水の問いにとりあえず西舘は答えた。


「理事長はいつ来るんでしたっけ」大佐の一人が、下を向きながら静かに西舘に聞いた。

「二關さんは十五時頃に来るはずです」

「会長や理事長からの説明を聞かない事には…… 一度心の整理をしたい…… 正直この内容はエグい…… です」

「…… わかった。十五時まで解散しましょう。この内容は内密でお願いします。万が一外部に漏れると更なる混乱を生む可能性もある」特に財団の支部が襲撃を受けた件は、外に漏れるとマズイと西舘は考えていた。

 襲撃したギルドがどこかもわかっていない現状、半端な情報が流言蜚語となり広まった場合無用な争いや事件が起こるかもしれない。


 西舘が言い終わると同時に、ゾロゾロと足早に参加者が大広間を後にした。

 西舘も外の空気を吸おうと立ち上がった時、清水に呼び止められた。

「光郁君は…… これを一人で読んでるの?」

「街の役場で読んでましたね。北千葉向けに三セット、残り一セットは二關が持ってます」

「そうなのね…… 私、心配だから迎えに行きます。この状況でこの資料を独りで読ませるなんて…… 独りにするのは良くない、あり得ない! 弟さんの件もあるのに」言い終わると踵を返し大広間から出ていってしまった。

 西舘は大広間に独り残されてしまった。清水の言っている事を理解するのに時間がかかった。しかし理解した途端に胸騒ぎに襲われた。

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