第二節六款 多事多端
西舘は、北千葉拠点から約一キロくらいの場所にある柏の街の〈役場〉と呼ばれる場所に来ていた。
時間は二十三時過ぎ、当然役場の門は閉まっており門番達が訝しげな目をこちらに向けながら立っていた。
「日の出財団の西舘と申します。二關様に呼び出された。通してほしい」
「確認するので暫し待たれよ」門番に身分と要件を話し、一人が確認の為に門の中へ入っていった。
西舘を左右から挟む様に残った二人の門番。武器こそ出していないが、いつでも傍の剣や杖を抜ける様に構えている様だった。
こんな夜中の来客なんだから怪しむのも当然だが、西舘にとっては少々不愉快であった。
五分程待たされると、先程中へ入っていった門番ともう一人、派手でも無いしかし質素でも無いバランスの取れた、TPOにマッチした和服姿の女性が出てきた。
「西舘様ですね、伯爵の秘書をしておりますシオリと申します。執務室へご案内しますので、中へどうぞ」秘書のシオリと名乗った女性。軽く頭を下げると中へ入っていった。
門を潜ると純和風な二階建て木造の建物があった。
正面の大きな建物を迂回する様に作られた庭園を突っ切る小道。小道を抜けると正面の建物より小ぶりな日本家屋があった。
中に上がり靴を脱ぎ月明かりに照らされた廊下を抜けた際奥に障子戸があった。「二關様、西舘様をお連れしました」とシオリが声を掛けながら開けた。
「夜遅くにありがとう。晶郁はどんな具合?」部屋の中央、座椅子に座りながら緩慢な動きで書類を片す二關がいた。
「取り敢えず血は止まったし、表情も顔色も良くなった。ただまだ眠ったままだ…… 医者さんも見つけたから、明日にはこっちに到着する予定だ」
光郁は疲れた表情であったものの、少しホッとした表情になっていた。
「村長気分はどうだ?」話題を逸らそうと軽い質問をしてみた。
「村とは失礼な…… これでも人口三十万の大都市だぞ。気分は…… まぁ、色々あるよね」少し複雑そうな顔を西舘に向けながら二關が答えた。と同時に一つの資料を渡された。
「今朝方の混乱での逮捕者と処罰に関する書類。いいから読んでみ」
二關に促されるがまま読んだ。今朝方のトラブルの件数や内容などが事細かに書かれていた。
恐らくは事情聴取の資料だろう。荷車襲撃、喧嘩、殺人、強姦。軽犯罪から重犯罪まで選り取り見取りだった。
東京から離れた地で探検家も少ないだろうに、かなりの件数発生している様子であった。資料を読み進めていくと刑の執行についての書類があった。
〈市中引回〉や〈死罪〉と言う物騒な単語が並び連ねていた。
「まだ執行されていない。待ったをかけてる状態だけど長く放置もできない…… 探検家が探検家を殺した事案もある…… 近隣の松戸の街から日の出財団へ救援要請も来た……」二關は話し始めたが、途中から声を震わせ始めた。
「五島さんが上げたレポートは読んだ? 治安悪化とそれを発端にした食糧危機…… 食糧危機を発端とした紛争…… 正直何をどうしたら良いのか……」言い終わると今まで我慢していたのか、落ち着いた顔は崩れそのまま目の前の机に突っ伏し
「ごめん…… ちょっと待って……」と繰り返しながら鳴咽を漏らし泣いていた。
「落ち着いたらで良いから」と呟きながら西舘は無意識に二關の頭に手を乗せていた。
フサフサモフモフな猫っ毛。こうして二關の頭を撫でるなんて小学生以来だっただろうか。昔は泣き虫で引っ込み思案だったのにいつの間にかに生徒会や課外活動に積極的に絡んで行き、いつしか人を引っ張るタイプに変わっていた。
元は気弱なタイプの人間だった。それがこの異常時に必死に組織をまとめようと、状況を把握しようと頑張っているのだ。相当な無理をしているのだろうと西舘は思った。
泣き虫だった頃の二關を思い出しながら頭をそっと撫でてた。
十分くらい経っただろうか。一通り泣いてスッキリしたのか真っ赤に腫らした目を拭いながら二關が起きた。
「ごめん…… ちょっと我慢できなくて…… えっと、防衛計画とか諸々の会議はどんな感じだった」少し声を震えさせながら二關が西舘に質問した。
「今日はもう寝ときな。俺もここに泊まるから…… 明日諸々説明するから。疲れたろ?」この状況で話をしたら二關がもたない。と思い西舘は翌日に回す事を提案した。
今日一日で色々な事が起こりすぎた。お互い寝た方が良いだろう。
「ほんとごめん。頼りなくてごめん。正直しんどかった…… ほんとごめん」そう言い終わると布団用意させるからちょっと待っててと言い残し部屋を出ていった。
「謝んなよ…… こっちが謝らなきゃならないのに……」西舘は呟いたが言葉を向けた本人は既に部屋にいなかった。
その後本人は執務室に戻る事がなく、眠たげな表情をした屋敷の使用人に客室へ案内され西舘も床についた。
◇
明けて朝六時過ぎ、廊下を人間が引っ切り無しに行き来する音が聞こえ西舘は目が覚めた。襖を開けると洗濯で濡れた衣類や、水バケツを持った使用人と思わしき人達が歩き回っていた。
もう少し寝たかったが足音がうるさくとても二度寝出来る状況ではなかった。
怪訝な顔をしながら、廊下を覗いていた西舘だが、突然使用人の一人から声を掛けられた。
「西舘様。おはようございます。朝食のご用意が済んでおりますので」
使用人に促されついて行けば、昨日の執務室に案内された。
二人分の食台が用意され、片方に二關が手をつけていた。
「おはよう」資料を片手に食事をしていた二關に声をかけた。
「ん、おはよー」と一瞬こちらに目線を向けた物の、また資料に顔を落としてしまった。
西舘は若干不愉快に思ったものの、昨日の事を思い出しながら『しょうがないか』と思い食卓についた。
食台の脇に並んだ作業机、そこに積まれた紙の束達。表紙を見れば財団の資料だった。
二關に聞けば日も出ない時間に飛脚便で本館から届いたらしい。一ページ一ページめくりながら険しい表情で資料を読んでいた。
「午前中はここを離れられないから。この資料の写がそこにあるから持って行って将官クラスに目を通させといて」資料から顔を上げる事なく二關は西舘に指示を出した。
風呂敷に包まれた資料が七つ、ダンボール三箱分程度にも及びそうな手書きの資料。二關の机に並んだ表紙を見る限り財団の各拠点の戦力や資材資源の詳細。〈今後の財団運営に関する提言〉と言った資料もあった。
これだけの資料を作るのにどれだけの時間と人員を使ったのだろうか。西舘は朝食の米と煮物を口に含みながら考えながら目の前に置かれた一つを手にとってみた。
〈国外拠点の治安情報〉と表紙に書かれた資料。
ページを開けば、国外拠点の危機的状況がつらつらと書かれていた。どこも暴動が相次ぎ、NPC大量虐殺の報告も書かれていた。
財団のジブチ拠点を最西端に欧州アフリカ方面、更に北米南米の各拠点とも連絡が取れないと言う状況も書かれていた。
当然、連絡が取れない拠点の安否も分からない。
連絡が取れていた中国サーバの
国外の惨憺たる状況に西舘は目眩と吐気を覚え、これ以上読むと朝食が食べられなくなると思い報告書を閉じた。
目の前の二關は険しい表情を浮かべ、顔を真っ白にしながらも朝食を口に運んでいた。
「よく食えるな」西舘は思った事を二關にぶつけたが、一瞬咀嚼が止まっただけで西舘の発言は無視されてしまった。
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