第二節五款 多事多端
外は既に肌寒く真っ暗だった。
元の世界では夏真っ盛りの七月半ばだった。しかしこの世界では十月半ば、夜になれば結構寒い。
西舘は薄暗い蝋燭の灯を頼りに本日三回目の何も決まらない会議に挑んでいた。
正確に言えば若干の方針は決まった。
半径百キロ以内の小規模拠点、日の出財団と友好関係にある攻略系ギルドを北千葉拠点に集めるという事だけだった。
各拠点や中小ギルドで移動に向けた準備が始まっており明朝より順次出発、四日後には周辺の中小の部隊やギルドが北千葉拠点に集結する予定だ。
金に物言わせ拠点拡張のための大工も資材も確保した。
関東圏以外の小さい拠点は一時的に放棄する事になった。
札幌や函館、仙台、新潟、安城、岡山、熊本等に集約、ある程度まとまりを持って行動する事となった。
しかし大坂に関しては治安悪化が他の地域より著しく、一時的に現実世界で言う所の〈
最も大坂については〈オオサカアカデミー〉が牛耳っており日の出財団はそれほど大きくなかったが……
そして西舘は会議が始まる直前まで二關と通話をしていた。
本部では色々動きがあった様で、まずはいくつかのギルドが日の出財団に合流する事。二關がここの街の領主である事を利用し、北千葉拠点の規模を現状の三倍にする事。それに伴う資材調達を指示。二關がこっちに来ると言う事。
「そして一番重要な事で、銀剣騎士団を中心とした無秩序な探検家やギルドを警戒してモンスターではなくて対人の戦闘訓練を徹底する様にと再度指示があった」
西舘が二關からの指示を伝えると大広間内が騒ついた。
「それって、つまり私達は自衛目的とは言え人を殺せって指示されたわけよね」
東部、つまり関東地域の部隊を取り仕切る司令官、清水美帆大将が堪らず立ちあがり大きな声を上げた。
「死んだ奴等は還ってきてない! この世界では人は死ぬんだぞ!」
「俺らに殺人者になれって言ってるのか!」
「しかし、これ以上周囲の治安が悪くなれば……」
「本館の連中は何やってるんだ!」
大広間が騒めく。騒めかない方がおかしい話ではあるが。
「あくまでも自衛のための準備だ。この辺でまだ治安が良い方、東京の方はとんでもない事になってる。強盗殺人に喧嘩、通り魔の嵐だ。この意見には俺も賛成している。拠点集結の決定も治安悪化だった筈だ」
改めての状況を淡々と説明したがボソボソとした文句は止まらなかった。大声で反論したいが現実は…… と言う事だろう。
〈将官〉や〈佐官〉のみで構成されたこの会議。それでも元はゲームの中での話し、ゲームの中身がリアルになってしまった状況で人を殺せなんて指示は荷が重い。
おまけに戦争も無く治安も良い平和な国に育った人間だ。
西舘自身も荷が重くこの指示を聞いた時も手足が震えるのを抑えられなかった。二關の声も震えている様に感じた。
「…… 何でこんな事に」
ボソボソ声で覆われた大広間。ボソッと呟いた西舘の言葉も大勢のボソボソ声に掻き消されてしまった。
「実際問題として、今後どうしていくんですか? 訓練は良いでしょう。今後の財団の方針は? 我々実動部隊はどうしていくのですか? 無用に不安を煽りたい訳じゃ無いが資金も有限だ。何かして稼がなきゃならない」
日出第六大隊長の
「一応は、各隊間の垣根を超えて人員の配置転換は必須だと考えてる。特に技術者や医者、学者の把握。必要な部門のオタクもこうなってしまった現状必須だ」
とにかく今は知恵が必要だと西舘は考えていた。特にミリオタや歴史オタは重要だ、戦術史に詳しい者だとなお良い。
そして、何よりも医者だ。治癒魔法が万能では無い事が江戸川湿地での出来事で判明してしまった。
二關晶郁の足が元の向きに治ったのも、整形外科のインターンが居たからだ。
整形外科や外科、内科等の医師、薬剤師なんかは何が何でも手に入れなければならない。
「あー、ミリオタとかか…… うちそう言うの多いんじゃ無いか?」
「俺の隊に軍事関係に詳しい奴いるぞ?」
「うちん所に、小児科医が確か居たはず」
「俺ん所にも歯科医が居るぞ!」
思いの外反応は良かった。誰かが役に立ちそうな人がいる事を発表すれば、自分の所にも役に立つのが居るぞと、芋づる式に釣れた。
「各隊で元の世界での職業を含めて名簿を作って下さい。書類整理や人事関係が出来る連中も本館に手配する様に働きかける」
この後、山口中佐の発言をキッカケに会議はスムーズに進んだ。幸いな事に国防軍関係者や国防大学学生がいるとの事だったので対象者の将官クラスへの特進。訓練スケジュールの作成する事が決まる等。充実した会議となった。
気がつけば二十二時を回り書記担当が限界を迎えたため会議は解散となった。
◆
二關が柏へ向かい立った頃、四藏の呼び掛けで桐生と桶口が本館四階の会議室に集まって居た。
議題は地方拠点の今後の方針だった。
桐生も桶口も財団設立時から居た訳ではない、財団が各地のギルドを飲み込んでいた頃、その地域でそれなりの実力のあったギルマスがそのまま地域統括のお偉になっていただけだった。
「桐生さんと桶口さんは今後どうしたい」四藏の質問は実にストレートだった。財団を出て元の体制に戻るか、財団の枠組み下で地方拠点として維持されるかと言う話しだった。
「俺には何とも、この危機下で独立してやっていける自信もない」桶口は頭を抱え項垂れながら答えた。桐生もジッと下を向きテーブルの模様を見つめたままだった。
「二關とさっき話した。この災厄とも言える異常事態下。独立意思のある勢力にはそのまま敵対的な関係にならずに独立して貰い、財団全体の団結力を高めたいと言うのが共通認識だ」四藏は淡々と説明した。
一つに日の出財団と言っても大きな規模だ。一つの大隊や中隊、組がそれぞれに行動の自由がありギルドの様な感じになっていた。
中小ギルドが財団に吸収されてそれがそのまま一つの隊になった事例も多くあった。
当然一度財団に入ったは良い物の、やっぱり独立したいと考えているギルドも存在した。
特に桐生が抱えていた日本サーバ西部地域には独立意思が強いギルドが多く存在し、実際に独立していったギルドが多く存在していた。
大阪地域に至ってはゲーム時代から日の出財団や傘下のギルドが、オオサカアカデミー等の大阪至上主義のギルドに多く奪われていた。
四藏や二關はそう言った部隊をこの危機下で独立させて将来的な不和を取り除こうと考えていたのであった。
「今すぐには結論は出せない。俺達は…… 俺は財団に残りたいが独立意思のある奴等もいる。明日それぞれの隊に確認する」一瞬静寂に包まれがそれを引き裂く様に桐生が声を上げていた。
「それもそうだよな」四藏の呟きで会話が終わり、四藏はメモ用紙を鞄に仕舞い始めていた。
「俺は、独立意思があるギルドも日の出財団に残らせたい。東北にはダンジョンやモンスタが多く住むエリアが多い。俺には皆を守る義務がある。それなのに独立させてしまったら、何かあった時にそいつらを殺した事になってしまう。そんな事は出来ない」桶口は目に涙を蓄えながら口を開いた。
「財団に留まったとしても、必ずしも護れると言う確約はないですが」
「それでも! 俺は彼等に出来る限りに事はしたい」
「わかりました。検討はします。ただし、今後万が一にも離反が発生した際、桶口さんの責任になるかもしれません。その事だけは心に留めておいて下さい」
「わかってます」緊張した面持ちで桶口が答えると会話が終わった。
「………ところで、桶口さんと四藏さんはリアルでは何の仕事されてたんですか?」桐生が冷え切った話題を逸らそうと二人に質問した。
「俺は国防省に勤めてました。と言っても下っ端ですけどね」四藏が答えた。
「公務員でしたか! 凄いっすね。俺は国民航空の飛行機整備士だったんですよ。油臭い仕事でしょ」さっきまでピリピリ緊張した顔が解れ、少し笑顔になりながら話してた。「そう言う桐生さんは何をされてたんですか?」返す刀、桶口が桐生に質問していた。
「俺はフェリーの航海士をしてたんよ。まぁ外航…… 国際線じゃなくて国内線の苫小牧と仙台と名古屋を行ったり来たりしてただけでしたが。桐生さんが油臭かったら俺は海臭いのかな。ハハハハハ」桐生は自身の出身を語りながら高笑いをしていた。
「でも、何だか安心しました。皆さん普通の人なんですね。桐生さんはともかく四藏さんずっと落ち着いて対処してるから、僕達と違う世界にいるんじゃないかって」少し張っていた肩を下ろしながら桐生が言った。「ともかくって何だし」と桶口は言いながら桐生の首に腕を回しながらゲラゲラと笑っていた。
「現実感が無くてね……」四藏が二人に聞こえない程度の声でボヤきながら考えていた。
この世界に放り込まれて約半日、未だに現実感が持てなかった。ゲームの世界なのにゲームの機能がない。状況がアニメや小説の世界そのものだ。
でも夢の中という感じもなく現実的だ。でも現実感が持てなかった。
「とりあえず、意見調査を行なって明日明後日辺りに取り纏めて下さい。今後は東京…… 江戸の治安によってはこの拠点も放棄しなきゃならない。なるべく早めで」二關が明日か明後日には帰ってくる。それまでに地元政府との接触方針も考えなければ。
一守に相談するか…… いや、一守は使い物にならないだろうから二關が帰って来なきゃ進む物も進まない…… そんな事を考えながら四藏は会議室を後にした。
四藏が会議室を後にした直後、五島が入れ替わりで入ってきた。
「お、五島さんじゃないですか。どうしましたか?」桐生が五島に椅子を案内しながら聞いた。
「やっと見付けた…… 歩き疲れちゃったよ。一応、四藏さんにも話したんだけどね。あくまでも懸念事項としてなんだけどね。何事にも最悪の想定と言う物は必要なので話しておきます……」椅子に座りながらゆっくりと五島は話し始めた。
「五島さん、顔が怖いっすよ」引き攣り気味の笑顔を浮かべながら桶口が答えた。
「あくまでも懸念事項です。現在江戸の治安は急激に悪化し、物資を運ぶ荷車や商人が襲われています」
「話には聞いてますが……」桐生が窓の外を眺めながら答えた。
「今後もこの状況が続いた時、危機的な物資不足に陥るかもしれない。これは江戸に限らず都市部に物資が入ってこなくなりかねない」
「………。 物資不足と言うのは具体的には……」桐生は深刻そうな顔をしながら五島の話を聞いていた。
「武器関係の資材は無くなっても大きな問題は生じない。しかし食料品は常に一定の需要がある。入ってこなくなっても減る速度が遅くなるわけでは無い」
桐生も桶口も黙って五島を見つめていた。
「希望的観測をすれば政府が危機的状況に陥る前にどうにかする。と思う。しかし対処が遅れた場合は、金があっても飯がないと言う状況に陥る。特に地方は政府の対応が遅れやすい」
尚も二人は黙って五島を見つめていた。
「今、牧場や農場の買収や提携ができないかと動いている。桐生さんと桶口さんからも各拠点でその動きを後押しして欲しい。これは四藏さんの所でやっている事だけど、政府や地方領主と協力体制を構築する準備をしている」五島は各拠点の資材状況について全てを把握している訳ではなかった。
しかし、江戸でこの騒ぎ、江戸以外の拠点や都市が全て平和って事はあり得ない。
仮に現時点で平和であったとしても、今後江戸の騒ぎが各地へ伝播していく事だって十分にあり得る。そうなった時、対応が後手後手に回った場合確実に生き死に関わる。
「農場とかの買収とかは分かったけど、政府との協力って言うのは……」桶口には何を協力するのか薄々察していたが、考えている事と違う事を願いながら五島に聞いた。
「具体的に言えば、荷馬車の通行が多い街道の警備業務等です。警備業務に関しては各地に領兵は存在するが現在の治安状況ではとても対応出来る規模ではない。今のうち政府に恩を売っておきたいと言う考えもあると思う」
「一応確認なのだけど、領地争いに介入するPvPクエストもあったけど、無いとは思うが、そう言ったものに介入する事は無いよな」桐生は若干身を乗り出し五島に迫った。
「………。うーん、その辺については僕の立場じゃ否定も肯定もできない。ただ、一つ言えるのは拠点を構えている領地が紛争に巻き込まれた場合は、財団だろうが何だろうがほぼ確実に巻き込まれると考えた方が良い。探検家とは言えこの世界の住民で、領民で、国民だ。何かが起これば確実に巻き込まれる……」
PvPつまり、プレイヤー同士の戦闘である。このゲームではダンジョンを攻略していく要素とは別に、領地同士の戦争に探検家が傭兵として雇われ参加する事ができた。
当然、両方の領地共に傭兵を雇うので、結果的にPvPになる。
現時点で、この世界に戦争があるのか無いのかはわからない。しかし、恐獣と呼ばれたモンスターは居る。魔法も使える。NPCはゲーム時代と比較してほぼ人間に近い。
元の世界でも戦争は存在した。人間同士だ、争いが起こらないわけがない。だとしたら戦争やそれに似た事が起こるかもしれない。五島はその様に考えていた。
「どっかと争いになった時、どっちの味方になるとかって……」桶口は不安そうな顔をしながら五島に聞いた。
「その時にならないとわからないし、それを決めるのは一守や二關だから……」五島が答えると、桶口も桐生も腕を組んだまま黙ってしまった。
「とりあえず、食料の件は最優先で今すぐ動ける様にお願いします。こんな状況で更に飢餓状況に陥るなんて事はなんとしても避けたいし避けなければならないので」五島は荷物をまとめ立ち上がると、桐生と桶口に言い、二人とも小さく頷いた。
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