受け取るロボットくんと渡すユキちゃん

 4月21日 金曜日





 昨日までの雨は嘘のように、雲一つない空に太陽が輝く。


 今週の高校も終わり、明日から休日である。


 放課後の校舎。僕は紙袋を手に、1年5組の教室近くにいる。

 絶妙な距離をとり、不審者扱いされないように注意を払っている。



 「えっ、あの人、何々? ヤバくない?」

 「うっわ、ビビったわ! ちょっと、脅かさないでよー」

 「えー、私が悪いの? それよりも明日休みだからこの後カラオケいっこ!」


 

 教室から出てきた1年生の女子生徒に笑われてしまった。

 

 最近は、林木さんや朴野さんという後輩の女子生徒と話す機会が増えたと思っている。

 しかし、こういう声を聞いていると眼鏡の根暗ということを再確認させられる。


 まー、日常茶飯事だから気にすることもないが。



 それよりも、今日の僕にはやり遂げなくてはいけないミッションがある。


 先日、林木さんから借りたタオルを返さないといけない。



 僕は教室から出てくる林木さんを待っていた。



 女子ならまだしも、僕みたいな人間が廊下でじっとしていたら気持ち悪がれても仕方ない。

 それは、自覚していることだ。


 生まれてこの方、自主的に女子を待つことをした時がない。

 だから、こんなにも緊張するのだと始めて知った。


 人間関係を最小限に済ませていた僕にとっては、試練でしかない。


 去年みたいな平穏な日々が懐かしく感じる。



 数分が経った頃、1年5組から聞き覚えのある声とともに、2人の女子生徒が出てきた。



 林木さんと朴野さんだ。



 僕は慌てて身を隠した。

 我ながら、本当に不審な行動をとっている。



 「ユキ、気をつけて帰ってね。私、この後、職員室に行って部活行くから」

 「わかったよ、アッコちゃん。アッコちゃんも部活頑張ってね!」

 「ありがとっ! じゃー、また来週ねっ、て言いたいところだけど、ユキ、私に隠してることない?」

 「えっ、なな何もないよ!」

 「ふーん、ユキがそう言うなら良いけど。困ったら何でも私に言ってよ!」

 「あっ、ありがとう!」

 「今度は本当に、また来週ね!」

 「うん、またね!」



 2人は別れの挨拶をすると、逆方向に歩き出した。

 やはり、2人は仲良しだな。


 偽りだらけの無意味な女子の付き合いとは違う。



 って、気付いたら僕の方向に林木さんが向かって来ていた。


 まだ、心の準備ができていない。


 どう話しかけたらいいのだ?


 ひとまず、深呼吸で心を落ち着かせよう。



 ここは、無難に「こんにちは」と切り出すべきだろうか?


 いや待て。

 無難過ぎるからこそ、変に思われたりしないだろうか?


 最近、僕の発言が林木さんを困らせてしまうことが多いような気もする。


 ここは、偶然を装って話しかけることをするのはどうだろうか?


 すると、会話の先行を林木さんに委ねることだってできる。


 いや待て。

 この考えは他力過ぎるではないか。

 マスターも言っていた。「男なら攻めろ」と。


 「逃げちゃダメだ!」、と何かの漫画でも言っていたからな。



 ここは――



 「あのー、ロボット先輩?」

 「えっ、あっ! こ、こんにちは!」

 「はっ、はい。こんにちは。どうかしたんですか?」

 「えっ、あっ、そ、その」



 僕は焦って、思い通りに言葉が出てこない。


 そして、いつの間にか林木さんに話しかけられていた。


 隠れていたつもりだったが、バレていたのだろうか?


 それよりも、今はタオルを返すべきだろう。


 紙袋を掴む手に力が入る。



 「は、林木さん! 先日お借りしていたタ、タオルを返そうと思っていまして!」



 裏返りそうな声を必死に堪え、言うべきことを吐き出した。



 「あっ、そういえば貸していましたね。わざわざ、ありがとうございます。・・・・・・えっと、私もロボット先輩に渡したかったものがあるんです!」

 「えっ、僕にですか?」

 「はい、傘のお礼をしたくて。その、前からお礼をしたいと考えていたんですが、何もできなくて。それで、以前凄く喜んでもらえたので・・・・・・あっ、今の話したことは気にしないでください! それで、えっと、渡したいというのは」



 すると、林木さんは僕を恥ずかしそうに一見し、カバンに手を入れた。

 そして、ゆっくりとカバンから何かを取り出した。


 綺麗な茶色い焼き焦げがあるクッキーだ。

 丁寧に透明な小袋に入れられ、可愛らしくラッピングされている。



 「これ、不格好ですがクッキーを焼いてきました」

 「えっ!? 林木さんの手作りですか?」

 「そうです」

 「僕がももらってもいいのですか?」

 「はい。そのために作ってきましたから」



 林木さんは可愛らしく微笑んだ。


 林木さんは不格好と言ったが、売り物と遜色ないレベルのような洗練さを感じる。

 まるで、クッキー作りのプロのような。



 「ロボット先輩、簡単ですが、どうぞっ!」

 「あっ、ありがとうございます!」



 林木さんは、僕に子袋を差し出してくれた。


 僕は歓喜で震える手を抑えながら、受け取った。


 これが林木さんの手作りクッキーか。

 手に抱えた重みは金塊のようで、細心の注意を払って扱わなくてはいけない。


 もし、星や猫を象ったクッキーがかけることでもあれば立ち直るのに何日かかってしまうのかもわからない。



 すると、林木さんは笑顔から、どこか悲しげな表情へと変化した。

 まるで今から、説教を言われる人のような感じだ。



 「あの、ロボット先輩。先日私が困ったことが事があれば相談していいか、という質問をしたのを覚えてますか?」

 「えっ・・・・・・あっ、この前の廃墟で会った時ですね」

 「そうです。それで、本当に相談にのっていただきたいことがあってですね。それで、その、ロボット先輩って今週バイトですか?」

 「えー、そうですね。はい、日曜日にあります」

 「それなら、日曜日に喫茶店に行くので相談にのっていただいても良いですか!? 相談にのってもらえたら・・・・・・決まりは守りますので!」

 「林木さんが良ければ、僕は相談に乗りますが、決まりって何ですか?」



 数秒の間を空けて、林木さんは真剣な表情で人差し指を立てた。


 決まり?

 何のことだろう?



 「決まりというのは、相談を聞いてもらった相手の願いを何でも1つ叶えてあげる、というのです」

 「えっ、何ですかその、7つの玉を集めた展開は?」

 「あれっ、おかしいですか? 私が読んだ漫画に、男性に相談をのってもらったら何でも1つ願いを聞く、と書いていましたよ?」

 「それ漫画のセリフですか! 少し内容が気になるな、って今は置いといて、林木さん、僕は別に見返りとかは求めていないので気にしないでください!」

 「えっと、わかりました。ありがとうございます」



 林木さんは不思議そうな顔をしている。


 よっぽど、その漫画のことを信じこんでいたのだろう。


 やはりというか、林木さんは、漫画の話を信じるほどに純粋な心の持ち主なのだな。


 って、純粋過ぎて危ない気もするが。


 そもそも、知り合う前の林木さんは問題なく学校生活を送れていたのだろうか?



 ん?

 僕はなぜ、こんなにも林木さんのことを考えているのだ?

 まるで、友達みたいではないか。


 あれ、僕と林木さんの関係は友達と呼べるのだろうか?


 林木さんは、僕に対してどう思っているのだろう。


 友達?

 知り合い?

 ただの先輩?



 僕はただただ考えていた。


 友達は最小限に済ませていたつもりだが、

 僕は林木さんに少しでも近付きたい気持ちがあった。


 同じ人間として、もっと会話をしてみたい。


 今まで生きてきた中で、こんな気持ちを抱いたのは始めてだ。


 こんな僕でも林木さんは受け入れてくれている。


 眼鏡の根暗なのにも関わらず。


 僕は林木さんと――





 そして、少しの会話を挟み、僕は林木さんに挨拶をしてその場を立ち去った。



 帰路の中、僕の脳裏に不思議な塊があった。



 日曜日、2日後か。



 高揚とした気分。


 林木さんとの約束がこんなにも感情へ影響するのは異常なのだろうか?

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