青春ロボットくんと巻き戻りユキちゃん

Re:傘に入れるロボットくんと傘に入るユキちゃん

　４月１９日（水）　水曜日

　春の日の雨は気温が下がり、まだ冬なのだと思わせられる。

　僕は放課後の高校で傘を持ち悩んでいた。

　その理由は僕の視線の先にあった。

　１年生の下駄箱にいる、林木さんだ。

　あの様子だと傘がなくて困っているのだと思う。

　ここは話しかけて良いものなのか？

　僕の傘は普通の物よりも大きく、２人入れる。

　って、僕は何ということを考えているのだ。

　それでは相合傘になってしまう。

　そんなこと、友達でもない僕から提案されたら気持ち悪いだろ。

　普通の女子なら、「気持ち悪い」と連呼しそうだ。

　正直、林木さんに言われたら心が折れる。

　しかし、マスターにも言われた。

　「男なら攻めろ」、と。

　さすがに、話しかけるくらいは許してくれると思う。

　いや待て。

　林木さんは優しいから断らないと思うが、それでは僕が弱みに漬け込んでいることになる。

　実際に林木さんは僕に対して、どんな感情を持っているのだ？

　嫌い、ではないと思うが。

　友達、ではないよな？

　知人、ではあってほしい。

　顔見知り程度ではある、かな？

　それなら、話しかけても問題ないのだろうか。

　それにしても、なぜ林木さんは僕何かに話してくれたのだろう？

　ここまでの美少女と話せる高校生は、日本中探してもここくらいだと思う。

　僕は慎重に林木さんへと近づく。

　雨模様を眺めている林木さん。

　哀愁が漂っているのは雨のせいだろうか。

　僕は恐る恐る、林木さんに声をかけた。

　「は、林木さん」

　すると、林木さんは身体をピクっと反応させ、すぐに僕の顔を見た。

　「ロボット先輩ですか。わかっていても驚いちゃいますね」

　可愛らしい笑顔で僕に返事をしてくれた。

　ん？

　林木さんは、僕が話しかけることをわかっていたのか？

　まー、僕が接近していることを気付いていたのだろう。

　「どうしたのですか？」

　「それが今日、傘を忘れちゃって」

　「じゃー、傘」

　急遽、自分自身の吐き出している言葉にブレーキをかけた。

　何を口走りそうになっているのだ。

　さすがにここで相合傘を提案するわけにはいかない。

　いくら林木さんが優しいからといって、このような案は愚考だ。

　ここで僕が提案できるとしたら何だ？

　林木さんを置いて帰るか？

　それは人間としての無慈悲だ。

　知り合いでなければ、見て見ぬふりはできる。

　しかし、林木さん相手にそのような行いはできるはずもない。

　どうすれば･･････。

　いや待て。

　この傘を貸して僕が濡れて帰ればいいのではないか？

　そうすれば、林木さんも傘が手に入ってWinｰWinだ。

　いや待て。

　僕から受け取っても迷惑ではないか？

　いや、ここまで来たら攻めるしかない。

　「この傘、使ってください」

　僕は手に持った傘を林木さんに差し出した。

　いつもとは考えられない程の行動力だ。

　しかし、緊張で手が震えてしまっているのは仕方ない。

　すると、困ったように林木さんが手を振る。

　「それはダメですよ！　今日の雨は冷たいから、濡れたら風邪ひいちゃいます」

　「僕は別に濡れても」

「絶対ダメです！」

　「しかし、このまま林木さんを置いて帰るわけにも･･････。あっ、今の言葉は気にしないでください！」

　途中から間違えて心の声まで話してしまった。

　林木さんは真剣に否定する表情だったが、僕が心の声を聞いた瞬間、顔色が変わった。

　林木さんはキョトンと、驚いた顔になった。

　一瞬、微笑んだようにも見えた気もするが。

　これは、気持ち悪いと思われたに違いない。

　でも、どう弁解すれば良いのだ？

　「えっ、えっと、決して林木さんと相合傘したいとか、一緒に傘に入れば万事解決とか思ってないですよ！」

　あー、我ながら何を言っているのだろうか。

　バイト先の喫茶店で話した時は、上手く話せていた気がするのに。

　途端、林木さんの口から笑い声が出てきた。

　とても美しく、澄んだ声色で。

　数秒間、微笑んだ後に林木さんは僕を見た。

　「ロボット先輩ってやっぱり、話すと面白いですね！」

　えっ？

　これは、馬鹿にされているのか？

　「えっと、お言葉に甘えて、相合傘、してもらえますか？」

　純粋無垢な笑顔。

　こんな笑顔向けられたら、世の中の男たちが黙っているわけない。

　この天使が今まで世間で有名じゃない方が違和感があるほどに。

　僕は予想外の返答に驚いて、

　「えっ！？」

　と裏声が出てしまった。

　「お願いします、ロボット先輩！」

　「はっ、はい！」

　僕は傘を開き、林木さんを中に入れる。

　そして、足並みを合わせてゆっくりと前進した。

　「えっと、私の家、ここから１０分くらいなんですよ。だから、喫茶店と猫さんたちがいる場所にはすぐ行けるんですよ！」

　「それは近いですね」

　「高校も家から近いって理由で選んでるんです」

　「僕もできればそうしたかったです。地元周辺に行きたい高校がなかったから結局、ここになりました」

　「ロボット先輩は進学希望で高校を選んでたんですか？」

　「そうですね。でも、行きたい大学とか、将来やりたいことはないも同然何ですがね」

　「でも、大学に行くって道を考えているから凄いですよ！　私は今を生きるので精一杯で、将来のことは考えてないです」

　「やりたいこととかないのですか？」

　「そうですね･･････。それなら、『世界一周グルメツアー』とか良いですね！」

　林木さんは笑顔で言葉を発した。

　食べることが好きな林木さんらしい答えだな。

　今日は上手く、会話ができているように感じる。

　僕は雨に掻き消されないように、普段以上のボリュームで話している。

　カロリー消費が著しい。

　傘は２人が入っても十分なスペースはある。

　しかし、僕が林木さんとの距離感を気にし過ぎているため、肩に雨があたる。

　林木さんと一緒の傘を使っているだけでも心臓が飛び出そうなのに、林木さんの肩が僕の腕にあたってしまったらと思うと気が気ではない。

　「私の家、この角を曲がったらすぐです。本当に学校から１０分くらいでしたね」

　「はい」

　これで１０分か。

　僕の感覚から言うと３倍以上の長さがあったように思う。

　ようやくこの状況から解放される。

　今日はぐっすり眠れそうなほど、体力を消耗した。

　「ありがとうございました。ここが私の家です」

　そう言って林木さんは足を止めた。

　一戸、２階建てだ。

　この周辺は住宅街らしく、似たような家がずらりと建ち並んでいる。

　僕は林木さんの指差す家の表札に目を向ける。

　―― 林木 ――

　本当にここが林木さんの自宅らしい。

　僕に自宅を教えてしまって良かったのだろうか？

　それとも僕はラッキーと思うべきなのか。

　悩ましい。

　「ロボット先輩、少しだけ待っててもらえますか？」

　「は、はい」

　林木さんはそう告げると、自宅の鍵を開け、家の中へ入って行った。

　１分が経過した。

　再び、林木さん宅の玄関の扉が開いた。

　「お待たせしました。これ使ってください！」

　林木さんは僕にタオルを渡してくれた。

　ん？

　なぜだろう？

　「これは？」

　「えっと、ロボット先輩って汗っかきということを聞いたので。それに今、汗をかいていると思って」

　「えっ！　わ、悪いですよ！」

　「気にしないで使ってください！」

　「えっ、あっ、はっ、はい。ありがとうございます。でも、どこで聞いたかわかりませんが、僕は汗っかきではないです」

　「えっ！？　嘘だったんですか！？」

　林木さんは驚いた顔で僕を見た。

　まるで、僕が『汗っかき』と公言したような視線を向けられている。

　えっ、僕が言ったのか？

　言った覚えないのだが。

　いや、緊張のせいで汗をかいたのは事実だが。

　もしかして、僕が緊張でよく汗をかいていると裏で噂されてたのか？

　林木さんがその情報を知っているということは、学年を問わず伝わっている可能性がある。

　って、僕ごときが噂になることもないよな。

　それよりも、まずは事実を述べないと。

　「あっ、あの、僕は汗っかきというのは自覚していないのですが、本当は汗っかきなのかもしれません！」

　言葉が切れた瞬間、沈黙となった。

　２人の周りからは、傘を叩く雨音だけが聞こえる。

　林木さんは目を丸くして、僕の言葉が理解できていないように見える。

　また、緊張で意味不明なことを言ってしまったのだろうか？

　「えっと、ロボット先輩。私が言い出したことですが、この話は忘れてください！　私の聞き間違えだったかもしれないので。それよりも、早くタオルで拭いてください！」

　「あっ、はい、わかりました」

　僕は手に持ったタオルで、汗か雨で濡れた部分を拭いた。

　林木さんは僕に気を使って話を流してくれたのだろう。

　それにしても、このタオル、凄い心地よいい匂いだ。

　嗅覚が研ぎ澄まされていくような感覚がある。

　って、また僕は何に浸っているのだ。

　僕は我に返ると、匂いを堪能していたことを隠そうと焦ってしまう。

　「あっ、その、タオルありがとうございます！　洗って返します。では、これで！」

　「はっ、はい。気をつけて帰ってください」

　「じゃっ、じゃーまた！」

　「えっ？　‥‥‥はい。ロボット先輩、またです」

　ん？

　林木さんが驚いて言葉を失ったように一瞬だけ見えた。

　しかし、すぐにいつもの可愛らしい笑顔で話してくれた。

　また、僕は無自覚に変なことを言ったのだろうか？

　まー、気のせいかもしれないしな。

　僕は林木さんに一礼し、雨の住宅街に飛び出した。

　少し歩いたところで、僕は膨張した空気が抜ける風船のように、体から生気が抜けていた。

　ふー･･････

　意外と話せていたのではないか？

　今までの僕なら、女子と傘で一緒に帰るなんて天地がひっくり返ってもありえなかっただろう。

　ましてや、高校で林木さんを見かけた時に話しかけることすらできなかった。

　これも、林木さんが入学式の時に話しかけてくれたからだと思う。

　林木さんには感謝しないとだ。

　今までなら代わり映えのない高校生活に何も期待はしていなかったが。

　高校生活って思ったよりも、

　――楽しいのかもしれない。

　ん？

　そう言えば、ここどこだ？

　僕はこの後、道に迷いながらも帰宅した。

　そして、タオルのおかげで風邪を引くことはなかった。