第11話 - 昼  カササギの橋、四人の歓談

 居候先であるアルビレナの自宅へ帰る道すがら。その人数は三人。アリシェラはもはやともかく、スピカまで付いてきた。

 目前には喋り続けるスピカと、それに時折に答えるリーシェが並んで歩いていて、俺はその後ろから道案内をしている。とはいっても教会まで行けばいいと伝えてあるので、ほとんどスピカさんが案内しているが。


「ねえ、カラズさんはどうやってアルビレナさんと出会うことになったのかしら?」

「寄宿先の協会で話しかけられて知合ったんですよ。んで街を案内してもらったりして仲良くなった感じですね」

 時々に振られる話題に答えつつ、石造りの道を自分も歩いていく。



 そうこうしてカササギの渡す橋のようなその家に辿り着くと、まずは形式的にでも了承を貰ってくることにした。

「ちょいとアルビレナに確認を取ってくるわ」

 二人を橋下の扉前に待たせ、木造剥き出しの階段を上がる。足音を立てて橋を渡り、家主の自室へ。


 扉を軽くノックしそれを開ける。

「アルさん、起きてますか?」

 声を掛けつつ足を踏み入れたところ、相も変わらずパジャマで寝ている姿が見えた。やはりほとんど徹夜だったようだ。

 しかしあまり寝過ごすと次の睡眠に響いてしまうために、できれば今に起きておいたほうが良いだろう。

「アルさ~ん。もうそろそろ起きてくだせぇ」

 揺さぶろうかと近づいた辺りで彼女は起き上がり、片手を挙げて小さく"伸び"をした。


 彼女は普段から寝ぼけ眼のような柔らかい眼差しをしているが、そこにはハッキリと物事を見つめるような"芯の強さ"があった。しかし今現在はそれを見て取ることができない。つまりは若干まだ寝ぼけている訳で、今朝なんかも同じ状況にあったのかもしれないね。

 数秒が経つにつれて徐々に目に色が灯っていく姿を観て、旅をしていてよく感じるのは"目覚め"というものが明確であることだったなと思い出す。起きてすぐ行動するのが当たり前だし、時には近づく足音や強風などに叩き起こされる訳であり、"無意識に二度寝する"なんてことはそうそう無くなるものだ。


「おはろうございます、カラズさん」

 やや舌足らずに喋り、"へにゃり"と微笑むアルビレナ。その様は可愛らしい朝顔の咲いたようでもあるが、生憎と今は昼時である。

「はようさまです。突然で悪いんすけど、スピカさんとその他一人が来ているんですが上げていいっすかね?」

「その他とはなんだい」

 突如背後から声が聞こえてくる。振り返ればアリシェラが入り口から覗きこみ、スピカさんはその後ろで"ごめんなさいね"と両手を合わせていた。


「この白いのはアリシェラといって、俺と同じくこの街に来たばかりの新人らしいですぜ」

 "よろしく"と挨拶し合う当人たちに「許可なく上げてしまってサーセン」とだけ声を挟んでおく。



 後からとはいえ家主に許可を取ったあと、アルビレナ本人は"着替えるから"と言って彼女の自室に籠った。"二人には橋上のリビングで待っててもらおう"ということになったが、二人とも俺の部屋が見たいということなのでそれらを連れ添って俺にあてがわれた部屋へと移動する。

「なんだ、何も無いじゃないか」

「そりゃ数日前に着の身ひとつで来たばかりだし」

 そして彼女は面倒くさい疑問点に気づいてしまう。

「ベッドすらないが、君はここで寝ているのかい?」

「俺は壁と床さえあれば何処でも寝れるからね」

 とりあえず惚けておく。すると思わぬ方向から追撃が入った。

「嘘よ。だってアルビレナの部屋に二人分の毛布があったわ」

 確かにスピカの言うように今朝使った毛布がアルの隣に置いてあり、不自然な痕跡として残っていただろう。なれば天才的発想を用いてこの疑念を解決するのみだ。

「アルビレナに聞いてください」

 この見事な丸投げに彼女はどう答えるのだろうか。乞うご期待だネ。


 ほぼ唯一の家具であるといっていい窓際の椅子には、まるで当然であるかのようにリーシェが座った。背負っていた荷物を足元へ降ろし、細い足を組みテーブルへ肘を着くその物憂げな姿は絵画のようであるが、如何せん身長が足りない。

「んじゃ部屋も見たんでさっきのリビングへ戻っててくれ」

 そう声を掛けると彼女はぴょんと椅子から飛び降り、「見るものも無いしね」と言ってさっさと扉をくぐっていく。「一月後に期待するわね。特に見せられない本とか」とスピカも続く。



 トートバッグごと荷物をどさりとテーブルに置き、台所を通ってリビングへ戻ると誰も居なかった。

 何やら上の階で騒ぐ声が聞こえたのでそちらへ行ってみれば、リーシェら二人が風呂を見て騒いでいる。

「見て見て、露天風呂よ!しかもかけ流しだから温泉を引いてるのかしら!」

 どうやら勝手に探検へ出ていたらしい。


「源泉を引いてるらしいっすよ。源泉料だけでも月々銀貨数枚だとか」

 "流石、薬草姫ね!"とスピカさんが口にする。

「薬草姫?」

「ええ、そうよ。薬草採集だけでフルシルバーにまで成ったと言われているから、薬草姫と陰ながら呼ばれているの」


 主要な四つのランクの内、上位二つAランクとBランクは管理職的な性質を持ち、その中の一つであるAランクはスモールゴールド、もう一つのBランクはフルシルバーと呼ばれる。また下位二つCランクとDランクであるCランクはスモールシルバー、Dランクはフルブロンズとなる。つまりはこの国で利用される通貨とそのまま対応している。

 主要外であるEランクはスモールブロンズとなるが、これは無資格を意味するものではなく、「住民全員に資格が与えられている」ことを意味するとのこと。斡旋所ギルドが公的機関であるゆえのものだね。


 このランクは各種の専門技能に応じて副次的に上がるものであり、アルビレナであれば薬剤技能が評価された結果としてBランクフルシルバーとなっているらしい。

 それはそうと、"姫"とは弄り甲斐のありそうな素晴らしい渾名じゃあないかね。


「姫じゃありません! ……それに薬草採集だけではないのですけどね」

 声のした方向へ顔を向ければ丁度、アルが階段を登ってきている。

「私は調合の方が本職なのです。あとお茶が入りましたよ」

「わざわざありがとうございます、姫」

 そう言ってみたらもの凄い勢いで顔がへしょげた。本気で嫌であるらしい。

「姫じゃないです!」



「そもそも誰が私を姫などと言い出したのですか!?」

 橋上のリビングへ戻り、アルの用意してくれたミント入り紅茶を頂くためにテーブルへ着く。アルビレナは不満の収まらぬ様子で、ティーポットをカップへ注ぎながら文句を漏らしている。

「えっと、よくギルド斡旋所の入り口近くでたむろしてる人たちなんだけれど……」

 ああ、俺が来た初日に騒いでた奴らか。


 ここでリーシェがおもむろに、混沌とした状況へ更なる火力を投射した。

「そういえば、アルビレナとカラズは同じ部屋で寝ているのかい?」

「……はぃ……」

 完全なる奇襲が決まり頭の静止したであろう彼女は、もはや誤魔化すことも考えられず、蚊の鳴くかのような声で肯定を返してしまう。これって地味に俺にも飛び火するやつだよね?

 んじゃ掻き乱して行こうか!

「そりゃ姫の御守りをするが騎士の務めですから!」

「カラズさんは黙っててください」

 アルビレナの思いがけぬ冷静な一言に一撃で沈黙する俺、オブ・ザ・エンド。……やむを得ず居住まいを正してしまったが、これは椅子の上で正座してるような気分ダネ。


「えっ、本当に同室だったの!? まさかベッドまで?」

 開いた手の平を口の前に当て、目を輝かせつつ身を乗り出すようにしてスピカが言う。

 対するアルは俯いて沈黙。何とも言えない雰囲気が漂うが、その半分は今の言葉を否定しなかったせいであるだろう。

「あら? あらあら? 会ってまだ数日よね? 一体なにがあったのかしら、なにをしたのかしら!」

「まだ何もしてません……」

「"まだ"なのね! あら~」

 "次にするつもりなのね!"とでも言いたげなスピカ。勝手によく分からない墓穴を掘って埋まっていくアルビレナ。

「R.I.P。姫よ、安らかに眠れ」「うるさいです」

 そしてブツブツと小さく文句を呟きつつ台所へと去っていく。「~なんなんですか!」や「~もう!」と、聞かせたいのだか聞かせたくないのだか分からない独り言が可愛らしい。

 ここでやっと出された紅茶に口を付ける。なおリーシェは先ほどから無言で優雅に茶を嗜んでいた。



 紅茶を飲みながら俺含めた三人の歓談が続く。

「できれば聞いておきたいんだけど、君たちのギルドランクはどうなんだい?」

「私はCランクスモールシルバーよ」

 スピカはそういって小さな銀貨をペンダント状に加工したものを取り出した。

「私はDランクフルブロンズだ」

 リーシェが取り出したのは大き目の銅貨。同じくペンダントで、ドッグタグのように文字が刻んである。まとめればアルビレナがBランクフルシルバー、スピカがCランクスモールシルバー、アリシェラがDランクフルブロンズだね。

 "残りの君は?"という言葉に"Eランクだよ"と答えると、"旅をするというのにランクを上げて置かなかったのかい?"と驚かれる。


 話を聞いたところ、この硬貨票コインタグを発行してもらうことで本籍以外の斡旋所でもランクを引き継いで仕事が受けられるとのこと。これは一見Eランクスモールブロンズにとって必要のないもののように思えるが、身分証つまりはパスポートのようなものでもあるために、普通なら遠出する際は発行しておいてもらうらしい。"どれほど田舎からやってきたのか"と呆れられた。

 もしかして門番さんが確認するのを忘れたおかげで俺は街に入れたのかな。



 雑談をしていたらアルさんが戻ってきた。手にはお盆と、四人分のサンドイッチが乗っている。

「簡素なものですがお昼です。よろしければどうぞ」

 台所から近い順にスピカ、リーシェと配膳し、俺の隣へやってくる。

「どうぞ、私の"騎士様"」

 これは根に持っているね。しかも完全に飛び火させる気じゃあないか。

「騎士というのは流石に恥ずかしいのですがね」

 ややとろんとした眼つきはそのままだが、頬に力が入り"私、怒ってます"とした表情で返答が飛んでくる。

「おや、姫である私の騎士だと自ら言っておられたのは誰でしょうか」

 ふむ、ここは進むか退くかの分岐点だね。ならばとりあえず突撃である。

「これは失礼、我が姫よ」

 アルビレナの口元がしょげた。自爆ネタとして不戦協定を結ぼうとしたのだろうが、それは相手も自爆を狙ってきたら成り立たないのだ。


 そのような意図を何となく察したのだろう、互いの間に無言の圧力が飛び交う。

 にらみ合うこと数秒に満たず、されど永遠に続くかと思う緊張感を過ごした後に、むこうが先に折れた。

「はぁ。いいですもん。どうせ姫ですもん」

 やや幼児退行しつつ、彼女は不貞腐れたままに自らのカップに口を付ける。


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