第10話 - 午前 ホワイトドワーフとの邂逅
「もし、そこの人」
午前中のノルマを達成しようかというあたりで、一人の女の子に話しかけられた。身長は140cm台前半だろうか、アルビレナよりも一回り低く、ちょうど俺の肩ほどの背丈だ。
「ギルドの場所を教えてくれないかな」
割とぶっきらぼうな口調で語る彼女は犬のようにふわふわとしたセミロングで、艶の無く極細の白い癖毛は動物の毛皮そのもの。そして用心深そうに細められた黒い瞳は、私の顔ではなくこちらの腕のあたりへ向けられている。
声のトーンは抑えられているが地が高めなのだろう、その見え隠れするギャップが背伸びしたような印象を与える。なお全体的には薄い、胸がとかではなく、平べったい華奢な体つきである。
「ギルドなら一旦南の道へ出てから西へ向けて真っすぐ行って、北門との道を北上すればすぐっすよ。地図上だとこんな感じですね」
地図を見せつつ道を説明するが、「どうせギルドに戻るのなら道案内として一緒に連れて行ってほしい」と頼まれた。
「私は実際に自分の目で見たことしか信じないのだよ」
そういって彼女は釈明するが、ただの方向音痴なのではないだろうか。
「それに、もし適当を言っていたならすぐにぶん殴れるからね」
"嘘は許さない"とでも言いたげな姿はすこし愉しそうだが、体格的に難しいのではないかとも思う。
残り少ない交換ヶ所を回りながら彼女と共に歩く。
目線を合わせず、回りも見ない、表情筋が死んだかのように微動だにしない。隣を観ればそんな姿が目に入る。しかし大人びたポーカーフェイスのわりに、その動きはキビキビとしているというよりも、手足ともにプランプランと子供っぽく気ままに振っていた。
猫背気味で骨ばった細い肩を前へ前へと回すようにして歩く姿は動物のようでもあり、かといって耳を探してみれば人間と変わりのないものを身に付けている。いわゆる獣人だとかではないのだろう。
「その背負った荷物は何なのか聞いてもダイジョブっすかね?」
世間話がてら気になっていたものについて質問をする。
「私は弓師だからね……、これは銃だよ」
ふむ、弓とは銃なり。これが必然か。
軽く混乱しつつも、まぁよくある"名称の名残"だろうと納得した。そしてふたたび沈黙へ。
そうこうする内に残りの分も終え、彼女と共に斡旋所へと戻ってくる。
「ここが支部のギルドになりますね。んじゃ、道案内も済んだんで俺はこれで」
「まぁ待つんだ。こんな可愛い子が困っているのを見捨てるのかい?」
「気分が乗らなくて見返りもないなら見捨ててもいいんじゃね?」
『それもそうだね』と彼女も同意したので、振り向きざまに背後へ手だけ振って歩き去る。……としたところ、背後から服を掴んで引き留められる。
「待つんだ。実は私は遠い街から一人でやってきたばかりで知り合いもいないし勝手も分からないんだ」
「奇遇っすね。俺も二日前に来たばかりでギルドの仕組みすらまったく分からないですぜ」
「なので私みたいなのが生きていく為には君みたいな知り合いが必要であって」
「だから、俺も数日前に来たばかりでこの街については何も知らんすよ」
「……そうなのかい?」
”そうなんすよ”
現実を見ず、話を聞かず、代わりに為すことを為すのがこの子なのだろう。面白いね。
「宿はどこに泊まっているんだい?」
「知り合った恩師の家に居候させてもらってんよ」
「ずるい。私も泊めるべきだよ」
「あ? なんでだよ?」
警告として言葉の"切っ先"を当てるかのように語勢を強める。舐められて要求がエスカレートするのを防ぐには丁度いい。
発声というのは案外と難しいもので、その喉や口に加わる筋肉の具合が思いがけぬ意思表示として伝わってしまったりする。なので例え短いフレーズであっても"歌う"ような難しさを持つもので、つまりは口下手で音痴である私にとって懸念の残る事項であるということだ。「あまり要求ばかりするな」という意でやや凄んでみたが、うまく通っただろうか。
彼女を見ていれば相変わらずのポーカーフェイスだが、まぶたはそのままに瞳孔が大きく開いた。けっこう驚いたらしい。
「その……だね……」
見るからにギクシャクと動く。緊張へ転じやすいのだろうか、引き絞るようにしてやや高くなった声からも全身の硬直が観察できる。素直な性格だね。
「ここの教会なら無償で宿を貸してくれるうえに炊き出しまでやってるっぽいっすよ。俺も初日はそこのお世話になったんで」
"教会は苦手だ"とぼやく彼女。
「君の部屋を間借りさせてもらえないだろうか。ただの置物と思ってくれていい」
「抱き枕役でいいならば」
やや食い気味にそう返す。"今のところその気はない"という遠回しな意思表示だ。
「まぁ何かあったら多少は手伝うんで、まずは素直に教会に頼ったらどうすかね。俺としては居候を始めた途端に別の居候を引き込む訳にもいかねーですし」
なによりアルはさほど社交的な方ではないから、見知らぬ同居人がバンバンと増えるのは嫌がるだろう。
白い猫毛の彼女は一先ず諦めたようで、プツリと会話が途切れた。とりあえず仕事の報告がてら受付さんに扱いを任せるのが良さげかな。
特に会話もなく列に並び、回収した使用済みコインと証明札を提出して午前中の分の報酬と午後の分のコインを受け取る。
「こちらが報酬の小銀貨7枚と銅貨1枚になります。支払通貨は銀貨1枚と小銀貨2枚、銅貨1枚でよろしかったでしょうか?」
4,300円相当だね。"うっす。ありがとうございます"と答えつつ、「街に来たばかりの新人を拾ったがどうすればいいか?」と訪ねた。
「でしたら後は私どもの方で受け持ちますよ」
とのことなので押し付けて去ろうとしたら脇腹の辺りを捕まれる。
白の彼女は掴むだけでそれ以上は何も言わないが、その言わんとする所は分かる訳であって。さて、どうしよう。お手上げかな。
「んじゃ珈琲飲みながら待ってるんで、その間に説明をお願いします」
ここらが妥協点だろう。
斡旋所のカウンターで適当に珈琲を買い、席を探す。文字が読めずともオススメを聞いてそれを頼めば大体はどうにかなるのだ。
「カラズさーん、こんにちわー。今日はおひとりなんですか?」
麦穂のような髪をしたスピカが手を降っていた。"ちわー"と答えつつ、向かいに座っていいかと聞くと「どうぞ」と答えが返る。
「アルビレナはお疲れなんで今日はお休みみたいっすね。朝に何やらごねてました」
「あらあら、昨夜は何をしてたのかしら?」
何もしなかったけど、それを言ったら色々と薮蛇だよなぁ。
「昨日は深海の森で鬼ごっこですね。ウィルオウィスプとやらから走って逃げました」
嘘は言ってない。
"あら、災難ね"と、目を丸くし口に手のひらを当てて驚く彼女。
「んで俺はまだまだ生活用品が入り用なんで少し稼ぎに来たんですが、その仕事の途中で"街に来たばかりだ"という奴を拾いまして、今はそいつが職員からの説明を聞き終えるまで待っているところっすよ」
珈琲に口を付けつつそう続けた。木製のカップに入ったホットコーヒーの、酸味の効いた心地よい香りが鼻を抜ける。
「ちなみにあの白くてちっこい奴がそいつです」
カウンターにいる彼女を手のひらで示した。するとスピカさんは「可愛い……」と言葉を漏らす。
確かに、彼女のしゅっとした切れ長の目付きと整った口許にはボーイッシュな格好よさがあるが、背丈の小ささとそれ相応の丸い顔つきによるギャップがお人形のような可愛らしさを見せている。"喋らなければ"というやつだネ。
既に気疲れしたので珈琲に時を委ね、会話も相手に手番を譲る。
暫く沈黙を嗜むが、少しばかり焦れてきた。
お喋り好きな黄色の彼女が黙っているということはおよそ俺が黙らせるような印象を与えているという訳であって、しかし気づかって変な緊張感を持つのも嫌だなぁとも思う訳で難しい。
「そういえばお昼には少し早いと思うのですが、スピカさんはここで如何されてたんですかね?」
帽子の位置を直すことで所在無さを隠しつつ、取り敢えず純粋な疑念を投げる。すると彼女は水を得た魚、口火を切ったかのように話し出した。
「聞いて聞いて、研究に使う材料が不足してたから朝にここに来たら"昼前に到着する"と言われて今もう一度来たのだけど、そしたら荷車が遅れていて何時に着くかわからないんですって。その材料がどうしても必要だから待っているのにこんな時ばかり遅れるなんて酷くないかしら、もう、何時まで待っていればいいのよ、もう!」
身をやや乗りだし大きすぎる胸をテーブルに乗せるその姿は普通では中々に観れない貴重なシーンだろうか。
珈琲に口を付けつつ、身振り手振りに合わせて変形するそれを目は向けずに眺めていたら、彼女は口をへの字にして胸を隠すように抱き"エッチ"と文句を言う。自身の体に関する恥意識はあるらしい。
特に反応せず"サーセン"とだけ返し目を会わせると、「それでね」と彼女は何もなかったかのように話を続けた。
暫く雑談していると、白頭の彼女がトテトテとした足取りでやってくる。
「こんにちは。私は魔術師をしているスピカです、よろしくね」
「私はアリシェラ・キオン。一応ホワイトドワーフだよ。ハーフだけどね」
そういえば自己紹介をしてないね。初めて名前を聞いた。
「カラズさんから聞いたわ、ペルガモンに来たばかりで困ってるのよね? 私でよければ力になるわ! ところでどちらからいらしたの?」
「私はアル=ヒクマの街からだ。……ところでカラズって誰だい?」
「あら? 彼と一緒にギルドに来たと聞いたのだけれど」
「まだ自己紹介してねーですから、俺の名前は知らなくて当然っすよ。まぁ俺がカラズです、よろしく」
適当にひらひらと手を振っておいた。
「んで、どうしますかね。俺は家主が心配なんで一旦帰りたいんですが」
アルが無駄に疲れているのはわりと俺のせいでもあるので、昼飯の様子見がてら顔を見ておきたい。
するとアリシェラ、呼びづらいのでリーシェとでも呼ぼう、が「ついていく」と宣う。
「私は彼に面倒を見てもらうと約束したのだから、それを反故にする訳にはいかないんだ」
"やれやれ"とでも述べるかのように肩を竦めそう言い放って見せる白頭。これは喧嘩を売られているのだろうか。
そもそも手伝うとは言ったが面倒を見るとは言ってないんだが。本当に喋らなければ可愛らしいんだけどネ。
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