第3話 - 夜  デートの果てに、帽子を入手

 確かこのような城塞都市とは狭い土地を有効活用するため、昔というイメージに反して高階層な建物が多かった。ここはその例に漏れないようで、従って人口密度も高く活気のある街であるといえるだろう。

 店舗となっている一階部分を道に沿ってウィンドウショッピングしていると様々な物品が目に入るので、その中から衣服などの入手優先度の高いものを脳裏へピックアップしておく。

 そうこうしつつ2kmに満たないほど歩けばこの都市の中心部へと辿り着く。

「あちらがこの街の役場ですね。実は先ほどの斡旋所は支部で、その元締めを行っているのがあの建物なんですよ」

 目前には大きな広場があり、何本もの大通りが集っている。その連なる店構えも今まで見てきた店舗よりも広さ高さ共に大きく立派である。


「歩いたのでお腹が空いたでしょう、早めのお夕飯などはどうですか?」

 といわれても困るしかない。

「いや、手持ちもないので……」

「そのくらいなら出させてください。ずっとあのお店に入ってみたかったのだけど、一人では踏ん切りが付かなくて」

 明日までは抜きで済まそうかと思ったが、まぁ戻っても結果的に炊き出しのお世話になるだろうし、何より食事を抜いての運動というのは危険が伴う。仕方もなし。

「では出世払いでお願いしますぜ」

「ではその代わりに別のお店にでも誘ってくださいね。約束ですよ」

 くすくすと笑う彼女に引かれるままにカフェのようなお店へと入っていく。



 店員に案内されてオープンテラスの席へと付く。やや遠くではケルト風の音楽を演奏する集団が軽妙に場を彩っていて、樽を叩くような軽やかな音と共にティンホイッスルと思しき笛が鳥の鳴き声のごとく響いている。そして置いてあるメニューを見ても当然ながら読めはしない。

「今更ながら自己紹介をさせてください」

 しかしメニューにはイラストが添えてあり、そこからどのような料理かを読み取ろうと悪戦苦闘する。

「私の名前はアルビレナといいます。魔法薬学、いわゆる錬金術を専門としているものです」

「俺のことは"カラズ"とでも呼んでくれ」

 偽名だけどね。

「分かりました、カラズさんですね。あっ、聞いたところによるとこのお店のおススメはこれらしいですよ」

「んじゃ、俺はそれでよろしくお願いします」

「私もそうします。飲み物は珈琲がおススメらしいのですが、それでよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願いします」

 彼女は店員を呼び、幾つかの注文を伝えた。


 彼女はやや身を乗り出して、内緒話をするかのように小声で語る。

「字、お読みになれないのですか?」

 ふいにその様な質問が飛んでくる。

「……はい、そうですね。田舎者なもので」

 またもやくすくすと笑われる。

「実はこのペルガモンの街でも字を読めない方は多いのですよ。だから気にしないでください」

「でもなぜ分かったのですかね?」

「先ほどはメニューを上下逆にしたままで、とても…、とても一生懸命に読んでいられたので……」

 といって思い出したかのようにまた小さく顔をゆがませる。彼女の寝ぼけ眼の様な優し気な目付きとスマートな頬が相まって、朝露に濡れた花のような"しゃなりふわり"とした笑顔が咲く。それは小首を傾け、溜まった雫を落とすがごとくであった。それに合わせて思わずの笑みがこぼれる。



「明日はギルドでのお仕事をなされる予定なのですか?」

「斡旋所のことなら多分そうですね。まだ説明途中なのでなにか資格試験などがあるのかは知りませんが」

「なら私のお仕事のお手伝いをなさいませんか? 採集依頼というものなのですが、この依頼についての説明は受けられました?」

「軽く触れられた程度ですね」

「そうですね、簡単に説明すると……」

 聞いた内容をまとめると、採集依頼とは野山にある資源を探してくる依頼であり、主には栽培の難しかったりその場所に自生することに意味のある植物を拾ってくるものであるという。


 この特殊な植物は魔植物と言い、"虚素"という通常とは異なった元素を利用することで虚数次元方向から一時的に表れている、言わば虚像的な物体らしい。虚素とはこの世界に実体を成すために常に消費されていて、それが失われるとそれによって表れていた魔植物は即座に元の次元へと戻ってしまう。

 なのでその鮮度は非常に重要なのだが、虚素の多い場所ではそれに纏わる様々な事故が生じるために生活圏での栽培などは困難となる。なので常に斡旋所からの依頼を受けた請負人、これは冒険者とも呼ばれる、が採集を行うことでその需要を満たしていると。


「それで、あなたからの依頼を受けるということでしょうか?」

「いいえ、私の受ける依頼を手伝ってもらえないかと思いまして。周辺の地理もご案内できますし、……少し危険な場所も多いので一緒に来てもらえると心強いのです。

 虚素の多い場所では現象そのものが"召喚"されることもあるので、お化け屋敷みたいでちょっと怖いのですよ」

 召喚とは虚数次元方向から物体が現れることで、基本的には虚素が一定以上存在する場でのみ生じる。

 まぁ怖いというのは建前で、初心者が危険なことをしないかのお目付け役を買って出るということだろう。どうしようかと考えるが、しかしここで料理が運ばれてきた。

「まぁ、考えておきます」

 そう打ち切って舌鼓を楽しむことにする。




 食事を終えて、先ほどよりもさらに人の増えた大通りを北へと戻る。7時を過ぎているように思えるが空が暗くなる気配はなく、それなりに緯度の高い地域なのだろうかと思わせる。

「お着物は足りていられますか?」

「ダイジョブっす」

「じゃあお帽子などは如何? ちょうどそこにお店がありますから見てみましょう」

 そういって手近な店舗へと引っ張り込まれる。


「これはどうでしょうか?」

 麦藁帽子を被った彼女は、快晴の夏空に浮かぶ二輪の向日葵だね。

「爽やかで中々に似合ってると思いますぜ」

 あまり広くない小部屋のような店内には四方に棚が備え付けられ、多彩な帽子が並べられている。ところどころに飾られた明るすぎないランプによるダルトーンが、シックで心地よい美しさを醸し出す。

 楽し気な彼女を尻目に、目前にあるダークブラウンの中折れ帽を手に取り被る。長時間歩くならば帽子は必要だよなぁと、炎天下を延々と旅をした幾多もの記憶を掘り起こしつつ買い物リストへ追加した。

「それがお気に入られましたか?」

「結構、自分の好みっすね」

「じゃあそれにしましょうか」

 そういって彼女は両手を差し出すと、帽子をさっと受け取り有無を言わせぬ内に会計を済ませる。また借りが増えた。


 店から出て、渡された帽子をさっそく被ってみる。

「帽子というものは戒めを表すものでもあるのです。いつも頭の上から見守るそれは言わば良心そのものなのですよ。悪いことはできませんね?」

 そういってまたくすくすと笑う。まるで俺が悪人だとでも言わんかのようだ。

 無言で頭から帽子を降ろし、目の前の標的へばさりと被せる。"きゃー"といって楽しそうに身をすくめる彼女は、自らに被せられた帽子を両手に取るとそれをこちらの頭上に差し出してくる。少し屈んで答えると、「汝、悪いことするなかれ!」という言葉とともに帽子は再度の頭上へと授けられた。



 さて、そうこうして元の道を歩いているとまたもやはぐれてしまう。彼女はこの街の人々と比べて身長の高い方ではないために見つけることは簡単でもない。先刻と同じように壁へ寄り掛かり暫し待っていると、人混みの隙間に彼女の姿を見つけた。

 伺い見た表情は分かりやすく不安そうなものであり、こうしてみるとあちらの方が子供っぽいよなぁと思いつつ背後へと忍び寄る。こういった場合、一度背後を取ってしまえばそうそうにバレるものではない。食事処へと戻っていくそのすぐ後ろをついていく。


 混雑の緩和されたタイミングで「アルさん?」と肩を掴んで引き留める。"びくり"と両手を体へ引き寄せ、仰け反るかのように反応する。驚いた顔で振り向いた彼女はこちらを認めると不安から転じた笑みで「見つけました」と述べ、肩に乗せた手を取り握った。

「よかった。また置いて行かれてしまったのかと思いましたよ」

 片手を胸に当て眉を寄せ、やはりどこか子供を叱るかのように言い放つ。そうこうして慣れない街に翻弄されながらも、ゆっくりと日暮れへ向かう時間を味わった。



 教会までの細い路地裏へと至る頃には辺りも薄暗くなりぽつぽつと明かりが増える。決して現代ほど明るくはないが、しかしそれ以上の温かさを持つ、"暗さを損なわない"無数のランプが街を彩り絵画へと変える。今度、暇があればスケッチするのもいいね。

 藍色に降りた海と橙色の船達を眺めていると、教会の前にまで帰り立つ。

「今日はここまでですね」

 そういって彼女は立ち止まる。日暮れ後の涼しい風がするりと抜け、その髪を木々がさざめくように揺らす。

「送りましょうか? 街歩きの一環としてちょうどいいと思いますぜ」

「いえ、すぐあそこですから」

 元来た道の一角を指さし、小さく手を振って歩いていく彼女。一応見送るかと思い、教会の門へともたれ掛かる。


 扉へと辿り着いた彼女はこちらを振り向いて姿を認めると再度小さく手を振る。私はそれに帽子を持ち上げ軽く2〜3回振るい、踵を返して門を潜った。



 さて、明日の約束をし忘れたがどうしようか。一番面倒なパターンだなぁと思いつつ、斡旋所に行くにしても恐らくその前に教会に寄るだろうと検討を付けてどうにかなると放り投げる。

「おや、お帰りなさい。夕食が出来ていますよ」

「ありがとうございます。しかし親切な方に恵んでいただきましたので間に合っています」

「それは良きことです。どうかその善意に感謝を忘れぬようにしてくださいね」

「はい」

 そうして部屋へと向かおうとしたところで再度呼び止められる。

「ああ、お食事がお済みでしたらお先に入浴をされてはいかがでしょうか? 今ならば夕食時で空いていますが、食後になると非常に混雑致しますので」

 断る理由もないために許諾し、浴場へと案内される。


 タオルと作務衣を借りると湯舟へと漬かった。およそ10人が入れるだろうそれはレンガ造りのものであり中々に珍しい。

 下着類を脱ぐと簡単に揉み洗いをする。空いているのもあり洗濯には石鹸を利用していいとのことで、この街の湿度の低さも相まって明日の衣服はどうにかなるだろう。

 ついでに簡単にストレッチとマッサージをして体の調子を確かめておく。



 部屋へと戻るとルームメイトがちらほら。軽く挨拶して世間話をするついでに歯ブラシの所在を聞く。すると"トゥースティック”というものが自由に利用できると知る。これはほぐれやすい天然の枝を短く切っただけのもので、片側を噛みほぐすとブラシ状となって歯磨きに利用できるものらしい。

 洗濯物をベッドに張られたロープにくくると、下階の洗面所へとさっそく試しに行った。


 歯磨きを終えると、部屋の人々は入浴に行くものと明日へ備えて眠るものに分かれていた。

 明日は早めに起きた方が様々な問題へ対処できるだろう。後者の人々に混じるべく布団へと横になれば、特別に柔らかくはないが十分な布地へ体が沈むにつれて意識も沈んでいく。悩むより先に眠気が来るようだ。歩き回ってよかった。

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