(編集済み)脱衣所での一幕『心の距離は0センチ?』

 

「ーー本当にごめんなさい……。ホントに悪気はなかったんです。何でもしますんで……、本当にすいませんでした!」


「…………。ホントに反省してる?お兄ちゃん?ちゃんと私の目を見て言って?『最近、BよりのCカップから……、DよりのCカップになった妹の裸を見てしまいました。本当に反省しています。』って……ねっ?」


「い、いや……。今ここで顔を上げたら、その……、色々見えちゃうかもしれないし、ホントにそれ以外なら何でもするから……、それだけは勘弁してくれ!雫!」


「……それって何でもじゃないよ……、お兄ちゃん。はぁ……。まあ……、別に本気で怒ってる訳じゃないから、そんなビクビクしなくても大丈夫だよ。さっき私に直接謝ってくれたし、別に気にしてないからさ……。」


「お、おう……、ありがとう。その……、俺の完全な不注意だったから、次はないようにする。……うん。絶対に。」



 何でこんな事になってしまったのか……。


 俺は目の前でタオル一枚を巻いた姿で立つ妹ーー雫を前にして、そんな事を思いながらも……。やはり、妹の裸をバッチリと見てしまった罪悪感から……、そう言われた後も、俺は平身低頭の姿勢を未だ崩さずに、そのまま謝罪の意を雫に対して伝え続けていた。



 しかし、今回ばかりは完全に俺が悪い。結果的に雫の裸を覗いてしまった事は勿論の事だが……、いくら考え込んでいたとは言え、中に人がいるかどうかも確認せずに、そのまま脱衣室に侵入してしまったのだ。


 これは確実に俺の不注意だし、それに何をどう言ったとしても、女性のそれも妹の裸を見てしまった事は、兄としても決して良くない事であり、どうあったとしても、責められておかしくない行為なのである。



 と言うよりも、どういうつもりでそうしているのか分からないのだが……、バスタオル一枚の姿で俺の前に立つ雫には、早くちゃんとした服を身にまとって貰いたい。


 さっきも言ったが、色々と目のやり場に困るし、それに……、俺と雫の立ち位置の関係的に、正座して座る俺に対して雫は上から覗き込むようにして話し掛けているので、(本人が言うには)前よりも成長した胸元が、強調されるような形でこちらからは見えるので、ホント色んな意味で勘弁して欲しい。



 とは言え、こちらからそれを言ってしまえば、また詰問されしまう可能性が大いにある。というかされてしまうので……。



「そ、それじゃあ!俺は先にリビングに戻って晩ご飯温めてくるわ!雫はその……。一旦から、ゆっくりでいいからさ……。髪を乾かしたり、着替えとか色々済ましてからリビングに来て、一緒に晩ご飯を食べようぜ?

 ほ、ほら!今、俺と話してて、その……、湯冷め!湯冷めしちゃってるだろ?だから、ここは一旦風呂場に戻ってさーー」


「いや?別に私、十分にお風呂には入ってたし、それに出てからあんまり時間も経ってないから……、今からお風呂に入り直さなくても全然大丈夫だよ?お兄ちゃん。

 それよりどうしたの?お兄ちゃん。何だか様子が変だけど……。私がいいって言ってるのに顔を上げないし、何かやましい事でもあるの?……それとも何か私に隠してる?」



 そして、何とか機転を利かして、雫にはやんわりと風呂場に戻ってちゃんと着替えて貰おうと言ってみたのだが……。


 結果はむしろ、変にこちらが疑われてしまう、機転が完全に裏目に出た有様だった。



 しかし、これ以上詰問されたとしても、ホントに何も、雫本人の事について悩んでいるという、ここで本人に言うべきではない事しか、雫には隠し事をしていないので……。



「い、いや!何も隠し事なんてないぞ?雫に対してやましい隠し事なんて……、何も!

 だから……、別に、その……、あれだ!お、俺はもう行くわ!とりあえず、湯冷めにだけは気をつけてな!じゃ、じゃあ!」



 流石に雫には怪しまれると理解していたのだが、これ以上の会話はいたずらに不安を増幅させるだけだと踏んで、俺はやむを得ず、半ば強引に雫との会話を切り上げて、急いでその場を後にしようとした。


 そして俺は、心の中で雫に「ごめん!」と謝りながら、彼女に背を向け、そのまま足早にその場を離れようとして……、脱衣所の扉に手を掛けた所でーーガシッ!



「んぁ!?し、雫!?な、何して……?」


「ーー気にしてるんだよね?お兄ちゃんはさ……、今日の私の事。今後、どう接しようかって……、そうでしょう?」


「……えっ!……何で、気づいて……?」


「ふふふ……。分かるよ。私はずっと昔からお兄ちゃんを見てきたんだから……。言葉にしてなくても、ちゃんと分かるんだよ?

 お兄ちゃんがすごく私を心配してくれてる事も、どうすれば、誰も傷付かないで済むかを悩んでる事だって……。

 私もちゃんとお兄ちゃんを一番近くで見てきたんだから、すぐ分かっちゃうんだよ?

 だからね……。だから私はね……?私がお兄ちゃんの負担になるくらいなら、私の事何かはーー『バカ!』……えっ?どうし……。お兄……ちゃん……?」



 脱衣所から出て行こうとしていた俺に、突然、雫がバスタオル一枚で抱き付いてきた事には本当に驚き、そしてそれと同時に、正直かなり恥ずかしくなって、ここから今すぐにでも逃げ出したくなった。


 だけど……、雫が次に続けた『私何か』の言葉に俺は、それまでの気恥ずかしさなど忘れ、気がつけば、自分が雫をしっかりと、そして力強く抱き締めている事に気がついた。


 バカな言葉を続けようとした……、雫を遮るようにして、また、その言葉を最後にどこか遠くへ離れて行ってしまいそうなその身体を、決して離したくないとそう思ったから。



「(くそっ!バカなのはどっちの方だ……。俺だってずっとコイツの兄貴をやってたんだから、俺の負担にはなりたくないって考えてしまう事ぐらい……。そんな風に自分から言ってしまう程思い詰める事くらい、初めから分かってただろうが!

 それなのに……、自分から雫を不安にさせるような顔をして、それを感じ取らせてしまうなんて……。バカなのは俺の方だ!)」



 しかし、こんな状況だからなのだろうか?もし俺がちょっと前の……。麗奈と別れる前の、ただ目の前の事に必死で周りが何も見えていなかった俺のままであれば、俺は一体、雫に今ここで何と言っていたのだろうか?


 恐らく、今までの俺であれば、何となくでその場の話題を逸らして雫の事を誤魔化して、うやむやにする事でこの話をここで終わらせようとしていた…のかもしれない。


 その方が雫には心配を掛けないで済むし、何より、俺一人が悩んでいればそれでいいんだと……。そう信じて疑わなかったから。



 ただ、今の俺の考えは前とは少しだけ違う。一人が悩んで自分の中に抱えるだけの思い遣りよりも、相手の事を信頼し、正直に向かい合って話す事の大切さを俺はもう知っているのだから……。


 ーーだから俺は本当に信頼するコイツに、ずっと大切な妹である雫になら、正直に自身の想いや不安を打ち明けて、その上で、互いの想いを共有できるとそう信じられる。



 そうして俺は一度、雫の細身の身体を抱き締めながら軽く深呼吸をして、少しだけ緊張で逸る鼓動を落ち着けてから話し始める。



雫……。不甲斐ない兄貴でさ。」


「えっ?ど、どうしたの?お兄ちゃん……?」


「いや、正直に言うとその通りなんだ。俺はその……。確かにお前の言った通り、今後はどんな風にお前にーー雫に接していけばいいのか。それを朝からずっと悩んでいた。」


「あっ……。う、うん……。そうなんだ。」



 まず初めに出た言葉は俺が今雫に感じている想い、そんな純粋な謝罪の言葉だった。


 そしてそれは、これまでに掛けてきた不安とこれからも掛けていくであろう心配に対して発せられた言葉であった。


 だが、まだ俺の言葉はそこで終わらない。


 俺は自身の正直な戸惑いの気持ちを雫に伝えて、今の俺が雫に想っているありのままの気持ちを真っ直ぐな言葉で紡ぐ。



「でもな、そうやって悩んだり、考えたりしていたのは……、雫の為だけじゃないんだ。

 これからもずっと雫と関わっていきたいと思ったから、これからも俺の隣で笑っていて欲しかったから……、俺はこれからどう在りたいかって悩んでたんだよ。

 だからさ……、自分から離れていくなんて、そんな寂しい事は言わないでくれよ。こんな不甲斐ない兄貴だからさ、やっぱり俺には雫が必要なんだよ。他の誰でもない。それは……。雫、お前が。」


「でも……、私って結構めんどくさいよ?たぶん、お兄ちゃんがあんまり私を構ってくれないと不機嫌になるかもしれないし、すぐに寂しくもなる……。

 それでも……、そんな私でも……。私はお兄ちゃんにとっての、で『必要』な存在になれる……?

 ーーけど、お兄ちゃんは優しいから……。私を気遣ってそう言ってくれるんじゃない?」



 しかし、俺の腕の内で俯く雫はとても不安気な様子で、自身が俺の負担になるのではないかと、本気でそう心配しているようだ。


 ーー相変わらず自分の事になると、急に弱気になるのは昔から変わっていない。いつもは強気で前向きな雫なのだが……、その内面は意外と脆く繊細なやつなのだ。



「(とは言っても……。そんな所がまだ年相応って言うか、いつものしっかりした雫とは違って、ある意味で安心するって言うのかな?そういう点も含めて、やっぱり俺は今後も雫を隣で見守って行きたいって、そう思えるんだよな……。

 それはやっぱり、雫と今までずっと過ごしてきたってのもあるけど……。それとはもあってーー)」



 そうして俺は、少しの間思考の海を漂ってしまったが、今、俺の話はいい。問題はどうやって、『俺の言葉が上辺だけのものではない事を雫に示すのか?』という事だ。


 今それを示せなければ、雫からの信頼や今後の俺達の関係にも支障をきたしかねない。



 なのでと言うのか、特に何か考えがあった訳ではないが……、俺は何の気なしに、雫のその小さな身体をこちらに抱き寄せる。


 そして、この状況になってふと思い出した事ではあるが……、何だか今のこの状況は少し前の……、俺と三葉先輩が初めて会った時の事を思い出させるのであった。


 それで俺はこんな時ではあるが、思わず今自分が思った事をポツリと漏らしてしまう。



「うん……。やっぱりちょっと冷たくなってる。でも、こうやって肌と肌が触れ合ってる所は……、そうだな。二人分の体温だからか、ほんのりとだけど温かい。」


「……え?い、いきなりどうしたの?それは確かに……、今、お兄ちゃんと肌が接していない所は冷たくなってるけど……。それがどうかしたの?お兄ちゃん?」


「いや、こうやって……、二人一緒にいれば、いつでもこんな風に温かいなって思ってさ。

 やっぱり、一人ぼっちだったら……、今の雫みたいに冷めていく部分がどんどん増えって行って……。いずれ、人の温かさやその温もりを忘れて過ごしてしまうし、いつしかそれが当たり前になってしまうんだろうなって……。そんな風に、ふと思ってな。」


「……二人一緒なら…温かい。一人ぼっちでは……冷たくなる?」



 俺のその言葉はふと溢れ落ちたそんな言葉ではあったが、自分で雫に話をする内に、何だか自分の中でこの例えがしっくりときた。


 俺と今の雫の関係、それを抱き締め合う事で生まれる人肌の温かさで表すという事は。



 そして俺の例え話に、最初は胡乱げな表情をしていた雫も、そのまま話を続ける内に徐々に真剣な表情を見せ始める。


 なので俺は、このままの流れで雫の説得をしてみようと試みる。



「そうだと、俺は思うかな……。やっぱり、こうやって肌と肌が触れ合っていたら、凄いあったかいだろ?それは人と人との関係、つまり、俺と雫との関係にも当てはまるんじゃないかって思うんだよな。」


「お兄ちゃんと私の関係が……、肌と肌の触れ合い?……って、もしかして、私達の関係がお互いに補完し合う関係って事を言いたいのかな?お兄ちゃん?」



 やはり雫は、こんな状況でも頭の回転がとても早くて、何だか上手く言葉に出来ていない俺のそれを、あっさりとその意味を分かり易い表現に変えて言葉にしてくれる。



「う、うん……。ちょっと分かり辛かったか?でも、言いたい事は大体そういう事だ。

 俺達は兄妹なんだから……、変な気遣いなんかせずに、色々と迷惑をかけてしまってもいいって事だ。それに、お前は大切な俺の妹なんだから……、尚更気にするなって事!」


「うわぁっ!って、お兄ちゃん……!まだ髪が乾いてないから、あんまり頭を撫でないでって、いや、違うか……。時には乾かしたとしても、それでも……いいって事だよね?……それならーーえいっ!」



 そして、俺があくまでも物の例えとして、互いに補い合って、助け合うのが俺達の関係だと、そういう意味で雫には変に気を遣わなくても大丈夫と、そう伝えたつもりなのだが……、コイツは何をしているのだろうか?


 当の本人である雫の動きと掛け声自体は大変可愛らしのだが……。しかし、その実やっている事と言えば、俺の胸に頭をぶるぶると押し付けるように動き、自身の髪の水気を俺の服で取ろうとしているのである……。



「(頼ってもいいとは言ったが、まさか俺の服で頭を拭こうとするとはーーホント色々と読めない妹だよ……、全く。

 でも……、こうしてまた、俺に笑顔を見せてくれるっていうのは本当にありがたいし、こんな状況になったのもある意味良かったと思うよな。何か今だけは、まだ俺の事を『にいに』って呼んでいたあの頃の雫に戻ったみたいで……、ちょっとだけ懐かしい。)」



 そうして俺は、今この時だけはこのまま雫が俺に濡れた髪を押し付けてくるのを許して、何だかいい笑顔で擦り寄ってくる雫を優しく、そして少しだけ懐かしい気持ちでその頭を撫でてやるのだった……。




 ーーその後、ふと冷静に戻った俺達が、お互いに変なテンションで笑い合い、抱き締め合っていた現実を理解して二人真っ赤になった話は……、たぶん、俺と雫の恥ずかしい思い出の一つになりそうである……。

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