新部長の春休み

二月二七日(木)

 読者の皆さんは、今手にしている『カーテンコール』がどのようにして作られているか、ご存じだろうか。月末――時々変更はあるものの――の金曜に製本作業が行われることは、恐らく知っている人も多いだろう。製本は、編集した作品を、本の形を成すために並び替え、コスモスホール地下一階の輪転機で一気に刷る。その刷り立てほやほやの温かい用紙を、丁寧に曲げまたページ順に並べ直す。その作業はたまにインスタグラムで公開しているから見たことがある人もいるかもしれない。――インスタグラムをやっている人は是非文芸部をフォローしてね☆――ちなみに私たちはそれを、「マイムマイム」と呼んでいる。「マイムマイム」を経て表紙を重ね、代々の前部長がホッチキス留めをして、やっと『カーテンコール』は日の目を見るのだ。

 製本日を迎えるためには、編集作業を終わらせなければならない。そして、今月の編集担当は編集後記を読んでいただければわかるが、私ほてびだ。今私はPCと向き合い、編集作業の最中である。

 編集を行うためには何が必要か。そう、作品が必要なのだ。現段階で三作品しか提出されていない。二〇人近い部員数を誇る我が文芸部の作品提出数が「三」だと? 世代交代を済ませ、部長という名の役職に就いた身としては、非常に由々しき事態である。春休みだから? 関係ない。むしろ春休みだからこそ、想像の翼を広げ、紙に、キーボードに滾る想いをぶつけられるというもの。拳を突き上げたところで、母から声がかかる。

「そういうあんたは春休みに作品を書いているの?」

「……」

 気まずい沈黙が下りる。母の私を見る目は、さらに厳しくなった。



二月三日(月)

 後期試験最終日。二限だけ終われば、待ちに待った春休み突入だ。既に週末から春休みを満喫している、香とRちゃんが私を待っている。最短コースで――試験三〇分で退出可なのだ――終わらせてやる。

 そう意気込み、最後の試験に臨んだ私であったが。

(なんということでしょう!)

 思わず『大改造劇的ビフォーアフター』の名ゼリフが飛び出そうになる。

 解答用紙が配られた時点で、嫌な予感はしていた。裏面にまで及ぶ横線の引かれたその用紙は、「今から時間いっぱい解答させてやる!」というメッセージで溢れていた。

(ごめん、香、Rちゃん。三〇分じゃ終わらなさそう……)

 今年来たばかりの先生が若くてイケメンであるがゆえに、甘く見すぎていたようだ。

 利き手の小指を真っ黒にしながら解いた記述約二〇問。香たちとの約束に遅れた結果手にした『秀』の成績は当然だと思う。


 二月一五日(土)

 文芸部二年女子と、数年前に卒業された大先輩と一年ぶりの女子会が行われた。相変わらず大先輩は美人である。

 この日はやずにとってとにかく不運な日であった。訳あって遅くまで眠ることができない、ラインを見ていなくて待ち合わせ時間がずれたことに気づかない。お花摘みにいこうとして、直前に他の人に入られてしまう。極めつけが。

「お客様、申し訳ございません。先ほどご注文いただいた苺のシフォンケーキが、たった今品切れになってしまいまして……」

 私でも、香でも、大先輩でもなく、やずの注文したケーキだけが品切れになってしまった。

「仕方ないよ、今日は仏滅だもん」

 そう慰めれば、

「それはみんな一緒じゃん! みんな不運になるべきじゃないの?」

 と、食ってかかられた。だが、

「前厄じゃん?」

 と、大先輩に言われれば、

「……」

 もう黙るしかないのである。それに、代わりに届いたティラミスタルトが美味しいのだから、文句はあるまい。


 二月二七日(木)

「ほら、あんただって春休みを謳歌してるがね」

 母に日記を抜粋され、ただでさえ小さい身体をさらに縮こまらせる。

「こんなのが部長で、ほんとうにいいのかねえ? あんたの代で文芸部がなくなったら、目も当てられない」

「ハイ……」


 母の言ったとおりにならないよう、全力で部長業を頑張ります。また、「我こそは」という人であったり、「あの人こそ」という人がいれば、是非文芸部に入部してください……。


――おわり――

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よくある話~部室にて~ 遠山李衣 @Toyamarii

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