2-5
"人喰いの林"とやらが、総出で襲い掛かる。
明らかに、樹木野郎は焦っている。流石に枝先が何度か車体を擦ったが、装甲が少し凹んだくらいだ。
多少、体勢がぐらついても、浦霧の的確な操縦で、即時立ち直っている。
そうしている間にも墨出機はレーザーを照射し続けており、樹体の内部破裂と出火は激しさを増していた。
現在、レーザー破壊力に於いてはクラス1~クラス4と言う段階付けで評価がされているが……最高クラスの4であっても、ようやく被照射物の発火や切断が認められる程度である。
コレは、既存のクラス4に分類しても良い威力なのだろうか。あまり、世の中に知られない方が良い光景かも知れん。
俺がそんな無駄な事を考えられている辺り、勝利が近いのは確かだ。
本体に巻き付いていた林が爆砕。燃焼しながら崩れ落ちた。
核である樹木野郎が、遂に曝された。後一息で――、
「お前ら、大丈夫かッ!?」
切迫した、男の声。俺でも浦霧でも無い。
樹木を掠めそうになっていた枝が、突然魔法障壁で弾かれた。あの程度の打撃なら、受けていても車体に問題は無い筈だが。
「かりん、今だ!」
突然乱入して来た
「了解、行くよ!」
よくよく見ると、青山は何か掌サイズのケースを持っていた。
それを開けると、出てきたのはカードの束……ちらりと絵柄が見えた。こいつは、トランプか。
何を考えてるのか、トランプを一枚引くと、青山は絵柄を確認。
……クラブの3だ。
青山は、それを
真っ直ぐに推進したトランプは、地団駄を踏む樹木野郎の腹に命中。馬鹿な、そんなショボいやり方で魔物に効くわけが、
静かだが桁違いの重みを孕んだ打撃音。次瞬に響き渡る、大木のへし折れる繊維質な苦鳴。
レーザーで抉れていた樹木野郎の幹が、ひとりでに炸裂した。ついでに余波で、周囲の木々が踏み潰されたように折れた。
レーザーでの爆発ではなく、何か馬鹿デカいハンマーでぶん殴られたような? だが、浦霧のショベルアームはとても届く位置には無かった。
となれば青山が何かしたのだろうが、武器のような物は見えなかったぞ?
「よし、後一息だ。背中はオレに任せろ!」
「当然」
青山が、またカードを引いた。俺もその絵柄を注意深く見る。
スペードの8だ。やはり青山は、それを樹木野郎目掛けて投げた。
命中。
何か、大きな鉄棒を振るうような音の後。
首の皮一枚で繋がっていた、樹木野郎の幹が、袈裟状に両断された。
前のめりに伐採された樹木野郎は、地面に突っ伏した。
動く気配は、無い。
自律行動を行い、目や耳などの器官を手に入れた樹体。それが頭から胴体までを斬られて、生きている筈も無いだろう。
こうして"人喰いの林"は討伐されたのだ。
「よし、オレ達の勝ちだ!」
羽部リーダーの、熱い
羽部リーダーと無事を確認し合ったり、何だり。その辺の事は取るに足らない事なので割愛させて頂く。
問題は日が暮れて、一晩が経ち、再び朝陽が上った後だ。
予感を覚えた俺は、羽部リーダーの呼び出しを受けるまでも無く、サークルの会議場となった武道場に顔を出した。
そこには、サークルメンバーの大半が揃っていた。
昨日の事の当事者である浦霧と、七里のたわけの姿もあった。
「おう、
羽部リーダーが、希望に満ちた面持ちで俺を出迎えた。
「昨日は、本当にお疲れ様だったな」
そりゃ、一時は死を覚悟したくらいに働いたからな。
「皆、昨日の今日でまた呼び出したのは悪かった。が、一ついいニュースがあって、どうしてもガマンできなかったんだ。
生き残っていた三匹のバケモンのうち、一匹をオレたちが仕留めた」
おおっ、と言う感嘆と歓声がメンバー間に
「嵯峨野くん達の協力が無ければ、これは出来なかったことだ。マジで、感謝している」
全く、仰る通りで。
「"人喰いの林"を冒険サークルが駆除した、と言う事は、残念ながら誰にもわからない。オレ達の功績は、誰にも知られない。
けど、問題はそういう事じゃねえ。"人喰いの林"が生き延びていたら、さらに被害が広がっていた。それを、オレらで未然に防げたことに意味がある」
メンバー間のどよめきが、同調する息遣いに変わって伝導してゆくのが感じられる。
「今回は色々とアクシデントがあってバケモンと交戦したが、オレのスタンスは変わらない。皆には、できるだけ安全に立ち回ってもらいたい。
だが、今後もオレ達で結束していけば、何も怖いモンは無いはずだ。必ず平和は取り戻されて、オレたちは元の生活に戻れるはずだ。
だからみんな、これからも力を貸してくれ」
「よっしゃ、任せろ!」
やや食い気味に応じたのは、事もあろうに
……。…………、俺の心の底で湧きかけていた熱が、また冷めたのが感じられた。
一時でも、この典型的キョロ充を見直した俺が馬鹿だっただけの事だ。
羽部リーダーがあの場に現れた原因は、大体分かった。彼らの援護を当てに出来たから、浦霧は逃げなかったんだ。思った以上にガッツがあると思ったのは、俺の勘違いだった。
別に手柄とかそう言う物に拘泥するつもりは無い。
だが……俺達は現に死に掛けたんだ。浦霧よ、お前はそれで良いのか。
とりあえず、こうなった事が確認できただけで、この会議とやらには用済みだ。
俺は、七里にだけ声を掛けて、この場をお暇する事にした。
さて。七里には、言っておかなければならない事がある。
「何で声を掛けたか、分かっているな?」
七里は、俺の靴先に視線を落として、僅かに頷いた。
どうも、改めて近くで見ると随分やつれた様に見える。
当然だ。ここに至って、のうのうと脂ギッシュな面構えをされていても苛つくだけだ。
とりあえず、それなりに憔悴の表情を見せては居るが、手加減はしない。
「お前が足を引っ張ったから、俺は死に掛けた」
「……」
「二回もやれば、理解出来たろう。奴らとの戦いは、半端な気持ちで介入して良い事では無い」
「……はい」
「邪魔だ。俺に限らず、お前が味方の中に居ると、命が幾つあっても足りん」
七里が、声を殺し、上体を折る。
知るか。
「次、同じ事をして見ろ。俺はお前を見捨てる。お前が、死ぬだけだ。その事を、しっかりと頭に叩き込んでおけ」
七里は、何も言って来ない。
当然だ。俺が全面的に正しいから、何も言い返せまい。
「おいおい」
そこへ、咎めるような男の声が割り入った。
羽部リーダーだ。
「七里さんを責めるのは、筋違いじゃねえか?」
何だと?
「後少し、何か間違いがあれば、俺達の中の誰かが死んで居た。無論、この七里も、だ」
「だが彼女は、できる事をやって戦ったんだろ?」
「結果が伴わないだけなら、俺もここまでは言わない。だが、マイナスに作用していた」
「なあ嵯峨野くん。お前は、
じゃあ、七里と青山を交代させてみろ。
それで魔物戦を一つでもやり切ってから、俺にデカい口を叩け。
だが、この手の偽善者には何を言っても通じないのは身に染みているので、俺は論破された表情を作って口を閉じた。
「ごめんなさい……」
蚊の鳴くような声でほざくと、七里は、その恵まれた体躯を波打たせながら逃げ去って行った。
リーダーの、悲しげな目線が、レーザー照射よろしく突き刺さる。
「失礼。昨日の今日で、疲れているので」
何で、俺が逃げるように去らなければいけない?
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