3-1
「……きて、起きて……
夢と無の間を漂っていた意識が、急速に現実へと引っ張り込まれる。
肩の辺りを何者かに触られた!
俺は直ちに目覚めて、枕元に置いたバールを引っ掴み、近付いていたそいつへと襲い掛かった!
魔法により、
が。
俺が、相手を認知するよりも早く、逆に組み付かれ、ねじ伏せられてしまった。
鼻先に、柳刃包丁が添えられた。
「何をするの、殺す気?」
この、鈴やかで冷知を伴った女声は……。
さらり、と、夜の清流を思わせる髪が、俺の頬を撫でる。
色白な肌に黒髪ロングの、清楚な美人。俺の願望を体現した顔が、接吻でも出来そうな至近距離にあった。
「き、岸峰、さん!?」
お、お、俺なんかが、触って良い存在では無い。
すぐさま抜け出そうと、俺は四肢を暴れさせるが、それを上回る膂力で抑え込まれ、びくともしない。
常駐魔法によるフィジカル強化は、向こうが上手か!? い、いや、そんな問題じゃ無く!
馬鹿な、どうしてこんな事に? まかり間違っても夜這いって事は無いだろう!
「武器を放して」
岸峰さんが、冷然と言い放つ。
「じょ、冗談じゃない! いきなり寝込みを襲われて、はいそうですか、と従えるか!?」
俺の決死の抗弁に、対して彼女は……その怜悧な
「取って喰ったりしないから、信じて」
死に物狂いの俺を安心させるように声の調子を和らげると、彼女は両手を頭の後ろに回して、俺から離れてくれた。
彼女の態度で、急速に落ち着きを取り戻した俺は、バールから手を放して上体を起こした。
「すみません。少々、警戒の度が過ぎました」
俺は座り込んだまま、頭だけを深々と下げて詫びた。
寝ている間に接触した相手を、無差別に牽制する、と言うこの魔法も考えものかも知れない。
起き抜けに仕掛けた俺の対応を思えば、岸峰さんの反応も尤もであろう。
とりあえず、俺の寝床は目下、体育館だ。今のやり取りでギャーギャー騒いだ挙句、男女で縺れ合っていたのだから、周囲の視線が痛い所だ。
だが、彼女はそんな事を少しも気にする様子は無く。
「正直今のには参ったけど、正しい判断だとも思う。うん、これくらい徹底してる人なら頼もしいかも」
柳刃包丁を鞘に収めると、何か不可解な事を言う。
「私の方こそ御免なさい。この状況下に於いて、軽率だった」
……。
おおよそ、ここからは受け答えに気を付けなければならない、と思った。
「用件は、何でしょうか? この時間に訪ねて来る程の用件とは」
俺は敢えて、警戒心を見せつけるような抑揚と言葉選びで応じた。
正直、冒険サークルの連中を、頭からは信じられない。
「単刀直入に言うけど……一緒に、アウトレットに行きたいな、と」
この状況下でデートの誘いでも無かろう。
「……テケテケアーマーを殺しに?」
「その通り」
またこれだ。頭が急速に冷めていくのを感じる。
「冒険サークルの尖兵扱いは、もう御免なのですが」
俺は、歯に衣着せない。
つい数時間前、同じ文句で浦霧の誘いを突っぱねた所だ。
あのキョロ充の方は"巨人の魔法使い"を狙っていたようだが、実績を積み重ねて、俺達"あぶれ者組"から、羽部リーダーに近い位置に上り詰めようと言う浅ましい考えが見え透いていた。
誰が、お前らの養分になどなるものか。
だが。
「それは暗に、私が羽部の手先だと言いたいわけ?」
ぞくり、と背筋に怖気が走った。
何だろう。
俺の理想を体現した美人が……だからこそ、この、迫力なのだろうか?
「ぅ……そ、その」
「そうだよね? 今の言葉をそれ以外には、解釈のしようが無いよね?」
俺は、何故か、彼女が先程、納刀した包丁が気になって仕方が無かった。
「ち、違」
「貴方の、
ど、どうなんだろう。
俺は、そこまでは思ってない。
確かに、キョロ充・浦霧が、自ら進んで尖兵になりくさったお陰で、それに付き合わされた俺共々、羽部隊の手柄をお膳立てさせられたのは事実だ。
だが。
あれは、羽部リーダー……と言うか冒険サークル中枢に気に入られたかった浦霧が勝手にやった事であり、必ずしも羽部リーダーの狙いでは無いのでは、と思っている。
戦いの終盤で来たとは言え、それでも死ぬリスクがあるのには違いない。不確定要素の多さを考えると、あの展開自体に作為があった可能性は低い筈なんだ。
だが、今の俺にとっての問題はそこじゃない。
「ま、待て、そもそも、敵は羽部さんではなくて、残存する二体の魔物だろう」
どうすれば良い? こう答えればベストなのか?
そもそも何で、魔物でも無い、普通の人間を相手にこんな戦略を考えなければならない?
いや、俺には分かっている。
話が羽部リーダーの事に及んだ瞬間から変質した、この女の気配。そこに、命の危険すら感じたからだ。
「なるほど。その言葉を逆説的に解釈するならば……貴方、やっぱり、今の羽部政権に懐疑的ではあるようね?」
政権って……。まあ、浦霧の行動が、異変前の力関係に大きな影響を受けていた事を踏まえれば、その表現も強ち間違いでも無いが……。
もうね。多分、岸峰さんは個人的にリーダーが嫌いなんだろう。
何故かって、一度は恋人にまでなったのに、破局したからだ。
でも、それをこの生きるか死ぬかの非常事態に持ち出されてもって思うし、そもそも俺にとってその辺の事はもうどうでも良いし。
俺には目もくれず、あの男とラブホ行って処女を捧げた時点で、俺の主観世界に於いてはもはや、ヒロインたり得ないっつーか。ぶっちゃけ、中古? それは言い過ぎだってか?
でもな。所詮、他人なんざ、そんなもんだろ。
それぞれに事情があるのはわかるが、そこに余計な感情を創り出して付き合う方が阿呆なんだよ。
「私達は、あの男の支配下から脱して、自分の力の在りようを考えないといけない」
はぁ、そうですか。
全くもって、興味ないね。
今の俺が気がかりなのは、アンタが何の拍子に逆上して、俺を刺さないかと言う事だが。
「その為には、魔物の一体でも討伐して見せなければ」
左様ですか。
「私の見立てだと、貴方が参加してくれれば、アウトレットの攻略は盤石になる筈なのよね……」
知らんがな。
……と思ったが。
おい待て、俺の深読みか?
俺が参加すれば、と言う言い回しに、違和感を覚えたのは。
「……第一に訊きたい所なのですが、俺が参加を拒否した場合、貴方の戦力は?」
「私と、
こ、ここ、こ、こ……、
こいつら、何を考えてやがる!?
そんな貧弱なパーティで、魔物一体を殺れるつもりで居んのか!?
馬鹿野郎どもがァァァァ!
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