1-3

 まだ手探りだが、補助魔法を頭の中で構築。

「筋組織保護・骨格保護・張力最大強化」

 呪文を唱えながら、俺は甲冑野郎目掛けて踏み込んだ。

 奴は、先とは違って後ろに跳び、間合いを離した。そしてクレーンのごとき超剣を突き出して来た。

 俺はこれを横に跳んで避けた、が、二度目の突きがもう迫っていた、俺はこれも身体を投げ出すようにして回避、だが、俺が転倒から立ち直るよりも奴の唐竹割りが襲う方が速い!

 筋力強化魔法のせいで身体の芯から肌の表面までがたぎるように熱い。今のコンディションなら、バール一本でも受け切れるか? やるしかない。

 俺はバールを掲げて、頭上からの超剣に備え、


 針のような光が網膜を刺した。針のような炸裂音が鼓膜を刺した。


 剣は、落ちて来なかった。

 あの甲冑野郎、剣を止めてよろけていた。装甲のあちこちから火花が弾けてもいた。

 何があった? 俺はこんな魔法に覚えはない。

 だが、チャンスには違いない。とりあえず右膝をバールで殴り砕いてやると、その場に崩れ落ちた甲冑野郎に深追いはせずに跳び退いた。

「ほ、本当に、出た……」

 贅肉のついた女声がした。嫌な予感だ。俺は、さっきあの女を棄てた遠野さん宅の方を見た。

 あの女、左手にスマホを持ち、右手はこちらに――あの甲冑野郎の方に――向けていた。目は、眼前の惨状とスマホ画面を忙しく交互に見ている。

「まだ、まだ、壊れてない、もう一回ページを確認……」

 またスマホをタップすると、女は改めて、そのツチノコじみた太腕を甲冑野郎に掲げた。

 雷光。雷音。

 今度ははっきりと見えた。落雷の筋が奴の脳天に叩き付けられた様が。

 だが、それでも致命傷には程遠い。全身の筋肉を弛緩させながらも、なお立ち上がろうとしている。

「そんな、落雷の電圧は最大十億ボルトで電流は五十万アンペアになることもあってそんなのに二回も撃たれて全然壊れないなんて」

 女が早口でブツブツ捲し立てている。落雷は、あいつの仕業か!?

 まさか、あいつも俺と同じように、この力に目覚めたと言うのか。

「鎧着てるやつは、雷が弱点って書いてあったのにィ……!」

 多分それ、ゲームの話だろ。

 さっき、あの女が打ち込んでいた検索語句で、ゲームの攻略Wikiか何かがヒットしたのは想像に難くない。

 だが問題はそこじゃない。あの女には、やりたいと思った事を形而下けいじかに実体化させる能力があるらしいと言う事だ。

 恐らく、RPGで喩える所の魔法使いメイジの能力。さっきの落雷と同等のエネルギー量がコンスタントに実現出来るとすれば、戦略規模の威力が期待出来る。

 掌を返すようだが、即断。ここは、この女と共闘しよう。

「おいアンタ、落雷以外に起こせる事は無いか?」

 俺はメタボ女を背後に庇う位置取りについて訊いた。

「ぇ、その、調べれば、大抵の事は、多分!」

 それは、検索さえすれば、どんな攻撃魔法でも扱えると言う意味として受け取って良いのだろうか。

 オドオドとした態度で、とんでもない事を、簡単に言ってくれる。本当に大丈夫だろうか? だが、信じるしか、俺達の生き延びる目は無いだろう。

「なら、アレの頭部に相当する部分を燃や――いや、消し灰にする勢いで焼き尽くしてくれ!」

 俺は土壇場で、指示の内容を変えた。燃やす、と言う表現から、消し炭にしろ、と。

 ここまで魔法を使った体感による仮説だが……魔法の源とは、言わば"思考"だ。本来、脳内でのみ完結し、物質的な形態を持たない筈の思考が、何らかの原理によって現実に実体化した。それが、魔法の正体だと俺は何となく感じていた。

 となれば、威力や範囲もまた、想念の強さや鮮明さに影響される。

 強めの言葉選びで、あの女のイメージがより高まれば良いが……。

「と、とりあえず、検索します! えっと、鉄の沸点とか」

 マジかよあの女、再びスマホで検索を始めやがった。

 確かに、魔法とはどうも、発動する手法の"起点"が最重要ではあるようだ。古めかしい言い方をすれば、魔女が杖を振るうようなものだろう。

 俺もさっき、あの女を回復するにあたって、魔力を投げつけてやるような感覚でやっていた。発動時のイメージ構築が重要なのは、とてもよくわかる。

 だが、魔法を使う度にいちいち検索しているのでは、悠長に過ぎる。

 威力がバカ高いのはさっき見せられた通りだが、詠唱キャストもバカ長いとなると、どうすれば良いのか。

 そうこうしているうちに、甲冑野郎が感電から立ち直ったようだ。俺の砕いた右膝も、当たり前のように自己再生している。

 と言う事は……俺があいつの"スマホ詠唱"の時間を稼ぐしか無いと言う事か。

「痛覚遮断」

 四肢が突然消えたように感じられた。歯医者とかで部分麻酔を受けた時の感じに似ている。

 これで、何をされようが痛くない。

 甲冑野郎の動きは、最初の暴走振りから打って変わり、少しずつ慎重になっていた。そして狡猾にもなっている。俺と数合やり合って、少しずつ学習しているのかも知れない。

 これが、最後のチャンスだ。バールに全身全霊を込めて、俺は走る。痛覚を封じ、身体への負荷を無視する事により、俺の筋力は更なる境地に達していた。

 奴はやはり、小振りな突きで迎え撃とうとして来た。俺はこれを、破れかぶれにぶん殴って弾いた。だが、超剣は少し揺らいだだけで、再び俺を襲う。

 俺は咄嗟に魔法障壁を展開。大気を攪拌しながら襲い来る水平斬りを、真っ向から受ける。予想通り、超強化された俺の身体がいとも簡単に押される。バールと剣が擦れて、金切り声と共に激しい火花を散らした。

 不意に、奴のあの長大な脚が真っすぐに襲ってきた。そいつが胸に突き込まれると、俺は音を突き破り、コンビニのガラスを粉砕して、店舗内にぶっ込まれた。

 身体の損傷は、もはや、ここに挙げるのも面倒臭い。休む間も無く俺自身を回復すると、俺はカップ麺やスナック菓子をまき散らしながら飛び起きる。文字通り、這う這うの体でコンビニから飛び出すと、最前まで俺の居た位置にクレーンじみた刀身がぶっ刺さった。

「おいまだか! このままじゃ死んじまう!」

 俺が怒号混じりに呼び掛けた、まさに今。

「えっと、鉄の沸点は2862度で、真空状態ならなおよし!」

 クソ悠長でイラつく詠唱の後。

 まさに太陽が、すぐそこに生まれた。

 気温が一瞬で上がり、肌が炙られる。息を吸えば、肺が焼けるような熱さだ。痛覚を封じていなければ、もっと酷い目に遭っていたかも知れない。

 そして、あのメタボ女。

 魔法書よろしくスマホを左手に、右手は甲冑野郎を高らかに指し示して。

 右手の先端から生成された、赤みがかったプラズマの奔流が、真っすぐに甲冑野郎の頭部を撃ち抜いた。

 熱光は、一呼吸のあと、天に吸われて消えた。

 あの甲冑野郎は……。

 頭は、一応ついていた。加害者である女の詠唱通り、フルフェイスの兜は一瞬で気化。焼け爛れて炭化した頭部が露出していた。肉のひび割れが赤熱して、模様のようになっている。

 だが、それでも奴は生きていた。表面の焦げが剥がれ落ち、露出した断面から肉の芽のような物が伸びては組織を再生しつつある。

 眼球が弾けて、一時的な失明状態に陥っているらしいが、剣はそこそこ正確に俺の側を通過する。だが、流石に万全の状態と比べれば雲泥の差だ。

 先程と同じく、剣を振って伸び切った腕を踏み台にして、奴の頭上の高さに跳躍。

 バールの釘を抜く方を下にし、出来る限りの膂力と魔力を込めて、奴の脆弱化した脳天にぶち込んでやった。

 くちばし状のバールが頭蓋を潜り、脳を抉り、そのまま奴の顔面を縦に割った。

 着地。

 寸分遅れ、甲冑野郎が仰向けに転倒。受け身も取らず、無防備に。

 無駄に長大な身体をピクピクと痙攣させて……一呼吸、二呼吸、三呼吸……。

 ……。

 ……、……。

 …………今の所、動く気配は無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る