1-4

 頭半分を抉ったとは言え、甲冑の中身がどんな生体なのかは分からない。トドメは確実に刺しておこう。

 難しい事を考えるのは、驚異が完全に消えてからだ。

 俺は細心の注意を払い、奴の枕元に、


 濁った叫喚を上げながら、甲冑野郎が立ち上がった! 俺の胴を鷲掴みにすべく、手が伸びてきた! まずい、元気だった時より速い! 死ぬ間際の馬鹿力か!? 避けられない!


 目の前が激しく光った。

 胴体をプレス機で圧搾あっさくされたような衝撃が走る。痛みこそ封じているが、吸っていた息が絞り出されて苦しい。

 だが。

 俺の胴体は、掴まれていない。寸前で弾かれて、奴は手を引っ込めたのだ。

 さっきの激しい光は、魔法障壁の副次光か。

 だが、俺はそんな魔法は発していない。そんな隙は無かった。

嵯峨野さがのくん、大丈夫か!?」

 聞き覚えのある男声。これは、羽部はぶリーダーか?

 だがそれも後回しだ。俺は跳び退き、甲冑野郎から距離を離す。

 奴は覚束ない足取りで立ち上がる。

 だが。

 ここら一帯を焦熱地獄に変えて。

 熱光の奔流が、再び甲冑野郎の胸から上を飲み込んだ。

 視界が晴れる。

 甲冑野郎だった巨物は、今度こそ上半身が消し飛んで動かなくなった。その四肢が、道路のど真ん中に、大胆にぶっ倒れた。

 もう、俺はフラフラだ。

 足を縺れさせながら、化け物の残骸から一歩でも離れようと下がる。

 そこへ、背後からがしっと肩を掴まれた。

「嵯峨野くん!」

 俺を受け止めたのは、やはり羽部さんだった。

 俺を左腕で庇うようにし、右腕は、甲冑野郎の残骸へ油断なく向けながら。

 彼もまた、いつでも魔法を放てるように、構えているのだろう。

 俺は、理屈を凌駕した、曰くしがたい感覚でそれを悟っていた。


 遠くで、サイレンの音がけたたましく鳴っている。

 俺と羽部さん、そして例の恰幅の良い女は、混乱に乗じて現場から逃げ出していた。

 何もやましい事が無いとは言え、魔法に覚醒した事が知れれば只では済まないからだ。

 人目に付かない橋の下、俺達は向かい合っていた。

 好い加減、太った女呼ばわりするのにも罪悪感を覚え始めた頃だったが、この女の名前と素性が、羽部さんの口によって語られた。

 彼女の名は七里ななさと心乃羽このは。同じ冒険サークルのメンバーであるらしい。学年は俺より一つ下。

 確かに……"心乃羽って名前、力士の四股名みてぇだな! ヒャハハハハ!"とか言っていじられてた新入生が居たっけな。俺が引き篭もるか篭らないかの境目だったから、忘れていたが。

 で、何で俺のアパート付近に七里が居たかと言うと、最近サークルに顔を見せない俺の事を案じた加賀が羽部さんに進言して様子見に派遣してくれたかららしい。何とも、有難い事だ。

 そして、よくよく考えたら内気な七里一人には荷が重い任務かも知れない、と思った羽部さんも俺のアパートに向かった所、この巨大甲冑野郎の騒動に巻き込まれたとの事だ。

 そして、彼もまた魔法に覚醒した。

「! 七里さん、腕を擦りむいてるぜ! ちょい、見せてみな」

 羽部さんが、七里の擦過傷を見るや、目を剥いて言った。

 俺もそれは知って居たが、別段命に関わる傷じゃないので、放っておいたんだが。

「ぇ……そ、その……」

 目を回す七里を無視して、羽部さんは擦り傷に優しく手を置いて、

「いたいのいたいの、とんでいけ」

 そんな事をのたまって、掌を翡翠色をした副次光で輝かせて、彼女の傷を癒してやった。

 ……なるほど、彼の魔法もまた、俺と同じと言う事か。

 俺は、特別になったわけでは無い。それを、まざまざと見せつけられた気がするのは、大人げないのだろうか。

「大丈夫かい?」

 羽部さんが優しく囁いてやると、七里は心底困惑した様子で、

「あ、ありがとう、ございます……」

 彼に目を合わせる事も出来ず、そう言うのが精一杯のようだった。

 七里の治癒に安堵した羽部さんが、溜息を一つ挟んで、意を決した様子で、

「俺らは、超能力的なものに目覚めた。この三人の認識は、それで合ってるよな?」

 そんな風に念を押して来た。果たしてそれは、いつも通りリーダー風を吹かせているだけなのか。それとも?

 ……俺は正直、こいつらに自分の現状を開示したくない。

「は、はい、いきなり、頭の中に、私の知らない事が……」

 七里の方は、あっさり口を割りやがった。

 羽部さんは神妙に頷く。

 そして、俺の本心を知ってか知らずか、俺にその質問を振る事はしなかった。

 まあ、恐らく、羽部さんが来たタイミングを考えると、俺が七里と連携を取って、甲冑野郎の脳天に一撃を喰らわした所は見られていただろうが。

 

 ――この時は、これで解散と相成った。魔法の件は慎重に扱おう、という羽部さんの言葉と共に。

 だが。

 後日、俺は目の当たりにする。

 魔法の覚醒は、俺が思っていた以上の規模で発現していた事を。

 そして。

 柵吏さくり大学・冒険サークルのメンバーほぼ全てが、この力に覚醒していると言う事を。

 憧れだった岸峰さんも、その次に俺が狙っていた青山も、いけすかない同期の浦霧も、羽部さんの右腕を気取っている加賀も、誰も彼もが。

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