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 畜生、何でそんな毒にも薬にもならなさそうな女を狙うんだ!

 横薙ぎの超剣が、メタボ女を襲う。俺は脳内で魔法的思考を編むと、メタボ女のうずくまる座標に手をかざした。

 目を刺す白光。超剣は、構わず女を薙ぎ倒した。

 いや、もはや"轢いた"と表現すべきだ。女の肥満体は紙屑のように簡単に吹き飛び、さっきおしゃかになった遠野さんの納屋の残骸にぶち込まれた。

 俺があの女の周囲に魔法障壁を展開したから挽き肉にならずには済んだようだが……まずい、遠目から見ても首がやばい方向に捻れ曲がっている。

 俺は即座に自分の眼球に魔力を降臨させる。倒れ伏した女の被害状況が透視出来た。

 首が完全にへし折れているが、生きてはいる。

 だが、数分も放置すれば危うい。甲冑野郎の矛先は再び俺に向きつつあったが、今は人命第一。

 脛椎を初めとして、破裂した内臓やら何やら、あの女を完治して余りあるだけの回復魔力をイメージ。翡翠色の副次光を帯びたそれを、あの間抜けに思い切り叩き付けてやった 。

 びくり、と、ほとんど死体になっていたメタボ体が痙攣したように見えた。これであいつは延命出来るだろう。頼むから、これに懲りたら、もう邪魔するな。

 甲冑野郎が地響き立てて走って来やがるので、俺もバールを構えて奴を睨み付ける。

 あんなデカブツに斬り掛かられると言う事は、クレーン車に襲われるようなものだ。およそ、平常心で向かい合えるものでは無い。

 だが、魔法によって恐怖を無理矢理封印した今の俺にはわかる。

 クレーンに襲われた所で当たらなければ無傷で済むし、あの甲冑野郎の太刀筋は、思ったより単調だ。

 超剣が、正面から袈裟状に襲って来た。俺はむしろ自ら前に踏み込んで、これを潜り抜けた。

 要は、剣の描く線と俺が接触しなければ良いだけだ。そうでも思わないと、とてもやってられない。

 剣が空振り、たたらを踏んだ甲冑野郎。その、道路を踏み締めた膝に飛び乗り、あらん限りに強化したバネで、俺は跳躍した。重力を突き破り、俺は落ちるように上へ。

 奴の、フルフェイスヘルムに覆われたでかい頭が、俺の視界一杯に立ちはだかった。

 生き物を撲殺する罪悪感だとか、そんな余計な情動を封印した今の俺に躊躇はない。バールを思い切り振りかぶって、奴の側頭部にぶっこんでやった。

 途方もなく分厚い反動がバールから伝わる。頸骨の砕けた手応えあり。奴の肩を足場にし、俺は跳び退いた。

 奴が前のめりに倒壊するのと俺が道路に着地したのはほぼ同瞬だった。

 さっきの肥満女が丁度そばに居たので、ついでに引っ掴んで更に退避。

 甲冑野郎の首は一八〇度ねじまがって天を仰いでいる。真っ当な生物なら助からない被害だが……。

 ぐるん、と砕けた首が冗談のように回ると、奴は何事も無かったかのように立ち上がろうとしていた。

「ぃ、ひィ……!?」

 俺に掴まれたまま呆然としていた肥満女が、臨終間際のうめきを漏らしている。ついでに失禁したらしく、小便までだだ漏らしだ。当然、密着している俺の脚に、その支流が流れて染みた。

 この際それはどうでも良いが……こんな時にこの女は何を考えてやがる。スマホを取り出すと何事かを検索し出した。

 この気が狂いそうな状況での、あんまりにも逸脱した行為。この女に対して怒れば良いのか何なのか、自分でも分からなくなってしまった。

 覗く気もなかったが、検索しようとしている語句が見えてしまった。

[巨大 鎧 襲われた 対処]

 もう、この女に関しては何も言及出来ない。そんな余裕は俺には無い。

「神経伝達物質・制御」

 俺は補助魔法でこの女の脳を鎮静させてやると、遠野さんの家の植込み目掛けて突き飛ばし、放逐した。

 当たり前のように首を自己再生した甲冑野郎が、なまくら超剣を構えて、俺との間合いを詰めて来ていた。

 どうすれば良い? 首をへし折ってもピンピンしているような奴を、どう撃退すれば?

 今の所、俺の魔法は回復や身体強化バフなどの能力しか見当たらない。あの甲冑野郎を怯ませるなり、ぶっ殺すなりするには殺傷力に欠ける。

 どうすれば逃げられる?

 考えろ、考えろ、考えろ。

 だが、一方で俺には分かっている。

 こうして窮地に立たされて、全力で考えた所で、逆転出来た試しは無い。

 俺の人生、いつもそうだったのだから。

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