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 そんなわけで、大学二年も、はや後半。

 ここ二ヶ月程は、サークルはおろか、学校からも足が遠退いていた。

 ほとんど自室に引き籠り、外に出る時と言えば食糧調達へ行く時くらいだ。

 近頃のコンビニ弁当は、特に高くつく。誰か作ってくれる人が居たなら……。…………ちらついた愚考を、即時、振り払う。

 そう言えば、今は夕飯どきだ。もう少し時間をずらして、スーパーの半額惣菜を狙うのがベストだろう。

 かくして要領よく食糧を得た俺は、そそくさと黄昏時の道を歩き、

「お前、タスクじゃないか?」

 男の、陰鬱な声にびくりとさせられた。

 馴染みの無い声だが、そいつは確かに俺の名前を呼んだ。

 偶然……と思いたかったが、その可能性は極めて低いだろう。

「タスク、嵯峨野さがの佑だろ、お前」

 くそっ、フルネームで呼んできやがった。これで逃げ道は無い。俺は意を決して、その男に向き直った。

「誰だ――」

 宵闇に紛れそうな男の顔が、目に入った時。俺は、絶句した。

 まさか。どうしてこの人が、ここに?

「ユーマ、君」

 つい、口だけが当時に戻って、彼を呼んでしまった。

 ほっそりとして、整った顔立の男。

 それは昔、スポーツ少年団でよく可愛がってくれた先輩。ユーマ君だった。

 ちなみに、先輩に君付けなのも、彼の方から持ち掛けてきた事だった。

 某男性アイドル事務所のノリだろう。

 中学の没落からしばらく以来、会って無かったが、こんな所で再会するとは。

「やっぱりタスクか。久しぶりだな」

「ぇ、ぇぇ、まぁ」

 不精ひげを生やし、元々肉の薄い頬がこけた姿は、やつれて見えた。彼なりの苦労があったのだろう。

「お前、この辺に住んでんの?」

 しかし俺は、彼の変わった様よりも、もっと他の懸念に気を揉んでいた。

 何で地元の知り合いと、こんな所で会うんだ。しかも、よりにもよって、この男に。

 この男と関り合いになっていると知れれば、今のなけなしの平和すらも危うくなる。

「…………ええ、まあ。この近くのアパートに。大学、こっちなんで」

 俺の返事を、何も言わず根気強く待ちやがるので、素直に喋ってしまった。

 頼む、これ以上、誰も俺に構わないでくれ。

 静かに暮らさせてくれ。他には何も望まないから。

 俺の気も知らず、ユーマ君とやらは、懐かしそうな微笑を浮かべた。

「そっか。部活とかサークル、何かやってんの?」

 ああ、彼が何を期待してそんな事を訊いて来たのか、手に取るように分かる。

「サークル、一応やってますよ」

 嘘は、吐いて無い。

 やめてくれ。俺はもう、アンタの知るタスクじゃないんだ。そんな目で見詰めないでくれ。

 アンタみたいに、競技の才能にもルックスにも……生きる巧さにも恵まれた人種とは違うんだ。

 アンタみたいなタイプの養分にしかなれない奴なんだよ、今の俺は。

「……そのサークル、真剣にやってんだよな?」

 ああ、ほら、あの頃と変わらない台詞を吐く。

 タスク、やると決めた事はとことん真剣にやるんだ!

 お熱い事だ。努力すれば報われる側の奴の押し付けだ。もうやめてくれ。

 そして。

 そんな俺の願いがようやく通じたのだろうか。

「ま、何だかお前に会えて良かった気がするよ。また、縁があれば、駄弁ろうぜ」

 どこか寂しそうな笑みを滲ませて、ユーマ君は踵を返した。

 それで心底ほっとした俺は、社会通念上最低なのだろうか。




 今の俺は、某やり込み系ダークファンタジーARPGに人生の大半を捧げていた。

 生半可な覚悟では最初のボスさえ倒せない、プレイヤースキル至上主義のこのゲームは、俺の生に辛うじての潤いを与えてくれていた。

 愛用キャラのクラスは僧侶。回復魔法で継戦能力を高め、自己強化バフで戦士以上のポテンシャルを引き出す。

 僧侶と言えば、その豊富な補助魔法で仲間をたすけるのが本分。そう思われる事だろう。

 だが、俺は違う。

 ネットで協力プレーなど、する気は無い。俺は一人で、この世界を戦い抜いて見せるからだ。

 回復魔法も補助魔法も、戦士に匹敵するタフネスも、全ては俺だけの為の財産なのだ。

 この朽ち果てた古城もあらかた踏破した。取り残したアイテムももう無い。

 後は、ボスを倒すだけだ。

 俺は武骨な鉄鎚を掲げたmyキャラを、ボス出現ポイントへ躍り出させた。

 永年の妄執に突き動かされた、甲冑騎士の成れ果てが満を持して立ち上がり、その巨大に過ぎる剣を振り上げ――、


 轟音。

 震動。

 俺の居る部屋が、粉々に砕けて崩落。

 地震、だろうか?

 そんな事を間抜けに考えるしか出来ない。

 建材に体のあちこちが潰されているが、感覚はとうに無かった。


 これが後に言う"魔物"の襲来であり、"祇清ぎせい市・魔都化事件"の前触れでもあった。 

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