陰キャの覚醒(めざ)め

聖竜の介

0-1

 自己紹介をしようと思う。

 俺の名は嵯峨野さがのたすく。典型的なFラン大学・柵吏さくり大の二年生。

 一応"冒険サークル"と言うやつに所属している。……幽霊部員だがな。

 また、童貞でもある。


 小学生の頃までは文武両道のスーパースターで通っていたが、中学の頃に凋落ちょうらく。野郎も女も色気づく、あの発情期とも言うべき時期にだ。

 つまる所、※ただしイケメンに限る、と言う残酷な淘汰の波に襲われた時、俺はただのガリ勉でしか無かった事が露呈したのだ。

 スポーツの方がもう少し振るえば、容姿はさておき、雰囲気でイケメン枠に入れたのかも知れないが……結果は結果として受け入れるしか無い。

 俺がイケイケタイプで居られたのは、サッカーとか野球とかでそこそこのアドバンテージが取れていたからだ。

 人が俺に合わせる事しか考えていなかったので、俺が人に合わせる技術が全く養われていなかった。

 コミュ力と言うやつが、ゼロに等しかった。

 次第にいじめられるようにもなったので、何も言わず、静かに、クラスの片隅でやり過ごすスタンスで生きる事を決めた。


 高校に進学しても、この無難なスタンスでいた。

 それでも他人と言うのは愚かで浅ましいものだ。ぼっちで居たら居たで、クスクス笑いを向け、時には陰険な攻撃まがいの事まで仕掛けて来る。

 その大概がスクールカースト下位の根暗な半端者どもだったので、なおの事腹立たしかった。

 運動部のスターや、学年トップの成績を持つなど、何か一つのパラメータでも俺を上回る奴ならまだ仕方が無いかもしれない。

 だが、俺よりも全方位的に格下のクズに限って、徒党を組んで俺をターゲットにしようと言う傲慢さが、見るに堪えなかった。

 尤も、高校生にもなって腕力を振るう程、俺も野蛮では無いので無視を決め込んだが。

 何も非の無い俺が我慢を強いられ、奴らは俺を構って暗い愉悦を満たす。全く、世の中は不公平であり、無知な馬鹿ばかりが得をすると思ったものだ。

 とにかく、先天的にコミュ力の身についていない奴がどれだけ努力したって、滑って悪目立ちするだけだ。

 最初からぼっちの宿命を受け入れ、何事にも情熱を傾けない。俺のような人種として、俺の判断は賢いのだと自信を持っていた。

 このあまりに民度の低すぎる地元にも辟易としていたし、そもそも偏差値の低い大学しか無かった。だから進路決めを期に、ここ祇清ぎせい市に移住して来た次第である。

 

 けれど、まあ、地元では俺の態度が迂闊だった事も認めよう。

 環境が変われば、ゼロからの再スタートだ。ここからなら、小中高とは違った方向に転換出来る。

 俺以外の人間も、好い加減大人になってきている頃合いだ。過去の色眼鏡さえ無ければ、あとは俺次第で良い関係も築ける筈。

 若さと知性に満ちたキャンパスライフ。絆の深まるサークル活動。そして……黒髪ロングで色白の清楚な女子と出会うのだ。

 

 入学して三日目。

 出オチとはこう言う事か。

「貴方、もうサークル決めた?」

「ぃ、ぃぇ……」

 咄嗟の事で、声も満足に出なかった。

 夜の清流を思わせる艶やかな黒髪ロング。

 生まれてこの方、陽の光など知らないとでも言うような白磁の肌。

 ベージュのジャージージャケットから、純白のインナーが顔を覗かせている。グレーのスカートが、すらりとした足に沿って伸びている。まさしく、清楚と理知を究めたコーディネートだ。

 人気アイドルグループ・SLMN72に当て嵌めるとすると……上晴うえはる亜実あみタイプだろうか。いや、俺的には上晴を超えている。

 そして。上晴を超越した彼女は、美しく怜悧な双眸で俺の顔を覗き込んで。

「もし決まってないなら、うちに入ってみない?」

 そうして差し出されたのは、冒険サークルと銘打たれた手作りのパンフレットだった。

「ぁ、は、はい」

 誤って彼女の指先に触れてしまわぬよう細心の注意を払って、俺はそれを受け取った。

「入ります、入ります!」

 とりあえず、行動無くては結果は出ない。これ程までに思考がポジティブなのも何年ぶりか。らしくない軽々さでサークル入りを決めてしまった。

 

 柵吏大の冒険サークルとは、言い換えれば"総合レジャー活動サークル"であるらしい。

 海に行けばバーベキュー。山に行けばトレッキングやらキャンプ。

 早い話が、メンバーがちょくちょく集まって屋外で遊ぼう、という趣旨であるようだ。アウトドアに限らず、ボーリングもやればダーツもやる。

 俺には些か場違いに思えたが、そもそも、そんなキャラクターから生まれ変わる為に他県の大学に来たのだ。試練として割り切ろうと思った。

 俺は、リア充にならなければならないのだから。

 頭が悪いわけでもないし、運動もそれなりには出来る。大学は服装の自由度も高い。ファッションを頑張れば、容姿のハンデも覆せる。

 ここでリア充にさえなれば、昔のように全てがうまく行く筈なのだ、と。

 そう、思っていた。

 だが。

「よう岸峰さん」

 その、長身の男が呼びかけた相手は、俺をサークルに勧誘したあの女性……彼女、岸峰さんと言うのか。

 俺はこの時、彼女の名を初めて知ったのだ。

「あー、何だ。もし……嫌じゃなければだが、駅裏に新しくできたカフェ行かね?」

 男は、自信が無さそうな態度だ。

 長身でいながら、筋肉もよく引き締まっている。顔は……フツメンと言った所だが、素朴な陽性の雰囲気が、リア充のオーラを放っている。

 ファッションはうるさ過ぎず、むしろ、どこか高校時代の垢ぬけなさを残しているが……。

 この男は羽部はぶ太一たいちと言う。二年生だが、この冒険サークルを立ち上げた、言わばリーダーと言った所だった。

 対する岸峰さん。そうそう簡単に乗りはすま……、

「はい、喜んでっ!」

 俺を勧誘した時には見せなかった、女児のような笑顔で応じた。

 ……。

 …………。

 それから一週間とせず、サークルリーダーと上晴超え美女にまつわる、様々な情報が入ってきた。

 一つ一つを吟味はしたくないが、統合すると、二人は男女の付き合いを始めたらしいと言う事だった。

 結局、こうなる。

 珍しくも膨らんだポジティブ思考があっさり摘み取られる反動と言うものは、凄まじかった。

 少なくとも三ヶ月……いや、一ヶ月目でもう、肉体関係には及んでいる事だろう。俺としても、非処女は願い下げだ。岸峰さんとはこれで終わった。

 サークルは元より、学友を作るのも出遅れた。もう、一年の中では其処此処そこここでグループが出来上がっており、俺の入る余地は無くなっていた。

 一度波に乗り損ねれば、挽回のチャンスは無い。この日本の悪しき風習だと思う。

 登校すれば、今日も、同期の浦霧うらぎりがメンバー勧誘に勤しんでいた。それが当然なのかもしれないが、新入生が入れば雑用はそちらにやらせる。いい気なものだと思った。

 知らぬ仲では無いのだが、彼は俺を一瞥しただけで、まるで意に介さない。勧誘は捗らず、閑古鳥が鳴いているこの状況で、挨拶くらいは交わしてもよさそうなものだが。

 逆立てた髪を目に痛い金に染めて、そのくせ、表情は人懐っこそうな笑みを浮かべている。喋り方も典型的な舌っ足らずな"にーちゃん"もしくは"ウェーイ系"と言った風で、俺としても馬が合わなさそうな人種だった。

 きっと、向こうもそう思っているからこそ、端から近付かないようにしているのだろう。そこは賢明な判断かも知れない。為にならない相手にも対応していたら、何年時間があっても足りない事だろう。

 また、殊勝な事に、この手の雑用のほとんどを彼が率先してやってくれているお陰で、あまり俺の方にお鉢が回って来なくて助かってはいるのだが。

 とにかく、このままではリア充どころかパートナーも出来はしない。

 夏のバーベキュー。俺は、一瞬の間隙を突いてその空間に滑り込む事に成功した。

 同期の青山かりん。その、隣へと。

 緩くウェーブをかけたダークブラウンの髪は、肩まで伸びている。黒髪ロングでこそ無いが、少し冷たい感じのする顔立ちは俺の好みに的中した。

 物腰も落ち着き払っており、付き合うとしても疲れが無さそうだ。

 さて。

 彼女は、と言うと、羽部リーダーを含むサークル中核グループと話に花を咲かせている。

 ここからどう切り込んだものか、なかなか難しい。何度か飲み物を勧めたりはしていたのだが、

「ありがと」

 の一言で終わり。ともすれば、こっちに目線をくれる事すら無い。かなりの難敵だ。

 バーベキューの時間も、刻一刻と消耗されて行く。何か、アピールをしなければならないが。

「嵯峨野くんってさ、何かスポーツやってたん?」

 羽部リーダーが、肉をくちゃくちゃ咀嚼しながらも、俺に話を振って来た。

 彼は、割と俺に対しても気さくに話しかけて来る。と言うよりは、サークル内の陰キャ陽キャ分け隔てが無い。

 岸峰さんを取られた遺恨が無い事も無いが、こうして素朴な笑顔を向けられると、ジメジメした気持ちが引っ込んでしまう。

 気を遣ってくれているのかも知れない。

 それに今、この状況においては神のフォローとすら思えた。

「ぁ、ぁぁ、サッカーとか野球とか、バドミントンもやってみたり」

 どれも小学生の頃の話だがな。嘘は吐いてない。

「うへー、すげぇ。スポーツ万能なんだな! うちみたいな方向性曖昧なサークルなんかが貰っちゃってよかったのかな!?」

 そうして、ひゃひゃひゃひゃひゃ、と、三枚目な笑いを上げて来るリーダー。こういう所が、親しみやすいのだろうな、皆。

 サークルで揉め事があったり、トレッキングで怪我人が出た時など、やるべき時には二枚目になる辺りも相まって。

「ちょっと、そう言われるとあたしらの立つ瀬が無いんですけどー?」

 件の青山かりんが、先程までのクールな顔から一転して口を尖らせた。

「ひゃひゃひゃひゃ、言葉のあやだ、許してくれよぉ」

「ほらほら、かりんちゃん拗ねちゃうよー、羽部さーん」

 羽部の隣に立っていた、童顔の男――加賀と言ったか――が、肘で彼を小突いてみせた。

「かりんちゃんの事を、第一に大事にしないとぉ」

 ちょっと待て、何だその言い方は。

 羽部リーダーには岸峰さんが居る。余計な事を言って、青山の目を俺から遠ざけるような真似は止めて欲しい。

 まあ、俺の事情など知る筈は無いのだろうが、少しは空気を読めよと思うが、

「誕生日プレゼント、予算二倍で許してあげる」

 青山は青山で、何やら不可解な事を言う。

 ……。

 …………。

 ちょっと待て。

 そう言えば、この頃、羽部リーダーが岸峰さんと一緒に居る所をあまり見なくなっていたが。

 そう思って目線を這わせると、岸峰さんはいた。一人、無関心そうにスマホを弄っている。

 これは、どういう事だ? まさか?

「全く。かりんには弱いなぁ、オレ」

 羽部リーダーが、はにかみながら言った。

 これは、そう言う事なのか。

 そこから数日後、情報は嫌という程に入ってきた。

 どうやら羽部リーダーと岸峰さんは、性格の不一致とかそういう事があって破局。

 そう言えば、あの羽部リーダーが珍しく凹んでいた時期があったが……その頃に青山が元気づけたと言うドラマがあって、交際に発展したようだ。

 何というか、ここで俺の心は折れたのだ。

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