第228話 鹿威し
「はぁはぁはぁはぁ……まさに……天にも昇る思いでした……」
「あ、そう……」
電気柵から離れたアイルは赤ら顔で地面に膝を突き、肩で息をしていた。
「魔王様も是非、お試しになっては? かなり気持ちが良いですよ?」
「えっと……俺は遠慮しておくよ」
勧められたが、そんな気にはなれない。
だって、電気柵の説明には『黒焦げになるから注意!』的な事が書かれていたから。
あの説明が過去に於いて外れていたことは大いにあるけど、どれもこれも酷い方向に外れているので安心出来ない。
もしかしたらアイルだけ電気に強い特殊な体質なのかもしれないし、安易に自分が触れるのは危険だ。
改めて試しに手に持っていた木の枝をネットに放り投げてみた。
「……」
何も起きなかった。
やっぱり、アイルの言ってた通り、電気マッサージ程度の電流しか流れてないのか??
良く見るとネットは鉄線で編まれていて、通常のテニス用ネットとは違うようだ。
見た目だけ似せているといった感じ。
やはり怪しいな……。
これは触らないでおこう。
でも百個もあるから、この辺り一帯に全部設置しておくか。
単純に歩き難くなるし、ある程度の足止めにはなるだろう。
そんな訳でネットとネットを繋いで、森の中を蛇行させるような形で設置した。
「それじゃあ次行ってみようか」
次は鹿威しだな。
レシピはこれだ。
・竹×1 + 石×1 + 金色鹿の角×1 = 鹿威し×10
ラウラに貰った金色鹿の角が役に立つ時が来たぞ。
しかも一度に十個出来るので、これもお得だ。
俺は早速、レシピ通りに合成すると、目の前に一個だけ設置してみる。
現れたのは、日本庭園などで見かける鹿威し、そのものだった。
ただ、少し違うのは鹿威しの下に苔の生えた岩が台座のようにくっついていたことだ。
それはまるで、鹿威しのジオラマのようでもある。
これなら設置も移動も簡単そうだな。
それともう一つ、普通と違ったのは、鹿威しに使われている竹筒が金色だったことだ。
その辺に金色鹿の角を利用した感じが出てるのかもしれないが……これだと風流というよりも、かなり派手な感じがする。
金閣寺の庭にでもあったら違和感無いかもしれないけど……。
「なんですか? これ」
アイルが不思議な物を見るような目で鹿威しを観察していた。
そういえば彼女にとっては初めてみる仕掛けだろうしな。
「これは鹿威しといって、本来は農地を荒らす動物を音で脅す為に考えられたものなんだけど、そのうちに音が風流だってことになって、次第に雰囲気を楽しむインテリア的なものになって行ったんだ」
「インテリア……ですか」
なんだかピンと来ていないようだ。
「でもこれは普通の鹿威しと違って、罠らしいから気を付けた方がいいよ。その音で耳をやられるらしいから」
「耳を……」
アイルはぶるっと体を震わせ、慌てて両耳を手で塞いだ。
それにしてもこの鹿威し、動力である水を必要としないと説明に書いてあったけど、実際にはどうやって動かすんだろ?
支柱に支えられた竹筒があるだけで、水が流れ出てくるような口は無い。
謎だ。
何か変わったものはないかと全体を隈無く見回す。
すると、
「ん? なんだこれは……?」
台座の側面に黒くて四角いものを見つけた。
しかもそこだけプラスチックのような素材で、物凄く不自然。
良く見ると、やや透けているようにも見えるが……。
そうやって中を覗き込もうとした時だった。
ギギギギギ……。
「っ!?」
竹筒が擦れる音を立てて、独りでにゆっくりと傾き始めたのだ。
なんで急に!?
もしかして……今の……。
俺は半透明の黒いプラスチック部分を見てピンと来た。
ああいうのテレビのリモコンとかで見たことあるぞ……。
「赤外線センサーか!」
俺が覗き込んだことによってセンサーが反応。
鹿威しのスイッチが入ったっぽい。
って、悠長にしている場合じゃなかった!
「アイル! 逃げるぞ!」
「……」
すぐさまそう叫んだが、彼女はぼんやりしていた。
さっきから耳を塞いでいたので聞こえていないらしい。
「ああ、もうっ」
説明している暇はない。
俺は彼女の体を抱きかかえる。
「ひゃっ!? まっ、魔王様!?」
「いいから、そのまま耳を塞いでおくんだ!」
「は、はい!」
突然の事で動揺するアイルをお姫様抱っこしながら走った。
というよりも、飛んだ。
その刹那、背後で鹿威しが岩を打ち鳴らす。
俺はアイルと共に地面に倒れ込むと、すぐさま耳を塞いだ。
直後、音が衝撃波となって森を駆け抜ける。
「ひぃぃぃぃっ!?」
うつ伏せのままアイルが悲鳴を上げた。
駆け抜けた衝撃波が辺りの木々を薙ぎ倒し、次々と倒れていったのだ。
まるで大型台風の中に晒されたような感覚だ。
しかし、それも一瞬で収まった。
センサーに反応すると鹿威しは一回しか倒れないらしい。
それでも音だけでこれだけの衝撃波が出るなんて、とんでもない鹿威しだな……。
罠としてはそれなりに使えそうだ。
センサーの向きと、反応距離を覚えておく必要がありそうだけど。
「あ、あの……魔王様……」
「ん?」
もそもそしたアイルの声が傍で聞こえたので目を向けると、彼女はオドオドした様子で頬を紅潮させていた。
まるで寝転ぶ彼女に俺が覆い被さっているかのような体勢だったからだ。
彼女を庇うように飛び退いたから、そうなるのも当然なんだけど。
「ああ、すまない。今退くよ」
「!? い、いえ! 寧ろ、そのままでお願いします!」
「え?」
「あっ!? そっ、その…………まま……で……」
彼女は狼狽を濃くするのだった。
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