第192話 転がるティーカップ
〈勇者レオ視点〉
レオは、これがチャンスだと悟った。
幸運にも魔王自ら、こちらに近付いて来てくれたのだ。
――この間合いなら……奴も避ける余裕は無いはず。あの巨体が俺よりも早く動けるとは思えない。そこを
魔王といえども所詮はゴーレム。レオのスキルが通らないはずもない。
後はそれを放つ為の隙を窺うだけだ。
――しかし、その隙をどうやって作る……?
必死に思考を巡らせる。
すると、自分の爪先に僅かに当たるものを感じた。
――……?
気付かれぬよう微かに視線だけを足下に向けると、そこに一つのティーカップが転がっている。
恐らく、トイレ騒動の最中、兵士の誰かが落としたのだろう。
よく割れなかったものだ。
――だが、これはついてる。こいつを使わせもらおう……。
「どうした? 出直してくるんじゃなかったのか?」
魔王が皮肉めいた言い方をしてくる。
「ああ、そうさせてもらう。だが、それを素直に見逃すとは、なかなか懐の深い魔王だ」
「今、気分が良いからな」
「ほう」
――侵入してきた勇者を見す見す逃がす……。そんな温い思考の魔王はいるだろうか?
そこでレオは僅かに盾を下ろすと、出口の方へ向けて踵を返すような素振りを見せる。
――さあ、どう出る?
すると、その瞬間を狙うように魔王の足が一歩前へ出ようとしているのを横目で捉えた。
――……ここだ!
レオはすかさず足下にあるティーカップを蹴り飛ばした。
陶器が立てる高い音が広間に響く。
「?」
それで一瞬、魔王の意識が転がるティーカップに囚われた。
――行ける。
刹那、レオは大盾を構え直し、魔王に向かって駆けた。
途端、大音声を立てて、岩の体がバラバラに破砕した。
爆弾のように破片が周囲に飛び散る。
やってみればなんとも呆気ない幕切れだった。
魔王は断末魔の叫びすら上げず、粉々に砕け散ったのだ。
「や……やったか……」
――こうも上手いこと作戦が嵌まるとはな……。
倒した直後こそ実感が湧かなかったが、少し経つとようやく事を成し遂げたのだと心が理解し始める。
と同時に本来の目的を思い出す。
「そうだ……ぼんやりしてる場合じゃない。俺の目的は〝魔王の心臓〟だった。そいつを持ち帰らないと……」
レオは先ほどまで魔王だったものの残骸を見回す。
だが、そこにはただの岩が散らばっているだけで、それらしきものは見当たらない。
「そんなはずは……。なぜ、無い?」
焦りが込み上げてくる。
――ただの岩と区別が付かないなんてことは無いはずだ……。
今一度、隈無く探してみようと足を踏み出す。
そんな時だった。
頭上に何かを感じ、すぐさま見上げた。
すると、天井からレオの頭目掛けて何かが落ちてくるのが見える。
それは、金ダライだった。
「くだらない罠だ」
すぐに大盾を頭上にかざし、そいつを受ける。
ガゴンッ
と、抜けたような金属の音がして金ダライが弾かれた。
手に響いた感覚からして、本当にただの金ダライだったようだ。
――玉座の間に、こんなふざけた罠を仕掛けるような魔王だ。所詮はその程度の魔王だったということか……。
内心で嘲弄する。
と、ほぼ同時に事は起こった。
唐突に足下の床が抜け落ちたのだ。
「なっ……!?」
意識が頭上に向けられていたが故に気付くのが遅れた。
自由落下に従ってレオの体が傾く。
「……んだ……と……」
彼は全身から血の気が引いて行く音を聞いた。
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