第184話 疲弊


〈勇者レオ視点〉



「なんだと言うのだ……」



 レオはぼやいていた。



 バナーネの皮によって延々と走らされていた彼。

 それがここにきて急に止まったのだ。



 まるで放り出されるように地面に着地する。



 これにはさすがに意図的なもの感じた。



 急に進路が変わった箇所を見ると、地面が抉られたようになっているのが分かる。

 恐らく、今までそこにあったバナーネの皮がなんらかの形で取り除かれたのだ。



 これは明らかに魔王側の意志が働いている。



 ――しかし、今更こんなことをして何になる……?

 そのまま走らせておけば皆、疲弊して勝手に脱落して行くのは分かっているはず。

 それをわざわざ解放する理由はなんだ?



 周囲を見渡せば、魔王城の尖塔が木々合間から窺える。



 ――わざわざ膝元に近い場所で解放するとは……まるで誘っているとしか考えられない。

 それだけ舐められているということか……。



「へっ……」



 レオは思わず乾いた笑みを見せる。



 残された兵士は二十人程度。

 バナーネの皮で、かなりの戦力を削られてしまっていた。



 その兵士達も無限の円環から解放された安堵と疲労で誰一人として立てず、草地の上に仰向けに転がったまま辛そうに呼吸をしていた。



「み……水……誰か……水を持ってないか……?」



 兵士の一人が嗄れた声で求める。



 森の中を延々と走らされたのだ、ここにいる全員、喉の渇きは限界に来ている。



「お、俺も水……」

「俺も……」



 次々に求めるが、それに答える者は誰もいない。



 それもそのはず。

 これまで走らされた中で、彼らが携帯している皮袋製の水筒の中身は、とうに空になっていたのだから。



「ちきしょー……誰も持ってないのかよ……」



 誰かが愚痴を溢す。



 レオはその様子を静観していたが、彼も同様に喉の渇きに苛まれていた。



 しかし、こんな場所に井戸などが都合良くあるとは思えない。

 草葉の汁を吸うにしても、瘴気が漂う森に生えている得体の知れない植物を口にするには危険が伴う。



 ここに来る際、森の西側に川が流れていたのは知っているが、罠を越えてあそこまで戻るのはリスクが高すぎる。



 それに魔王城はもう目と鼻の先だ。

 今更、引き返すなどという選択肢は無い。



 レオは覆い繁る木々の先に垣間見える魔王城の影を見据えた。



「魔物とて、水くらいは飲むだろう。あそこまで行けば手に入る可能性がある」



 彼がそう口にすると、兵士達の顔に希望の火が灯る。



「そうだ、魔王の棲まう地は資源の宝庫と言われている。水くらい余裕でありそうだ」

「ああ、あるな」

「ついでに魔王を倒してしまおうじゃないか」

「そいつはいい。それで俺達は一生裕福に暮らせる」



 士気を上げるには、それで充分だった。



「行こう」

「ああ、もうひと踏ん張りだ」



 兵士達は疲れ切っていた体を持ち上げ、次々に立ち上がる。



 ――取り敢えずはなんとかなりそうだ。



 レオは内心で安堵すると、先頭に立った。



「行けるな?」



 彼がそう言うと、兵士達は頷いた。




          ◇




〈魔王視点〉



「おっ、動き出したみたいだね」



 俺はカメラ映像を見ながら呟いた。



 それを隣で見ていたリリアは心配そうな表情を浮かべていた。



「城に向かってるみたいですけど、いいんですか?」

「そのつもりでやってるので大丈夫だよ」



 すると彼女はさも楽しそうな笑みを見せる。



「むふふ……また魔王様に何か考えがあるんですね! さすがです」

「むふふ……って……」



 それに魔王である俺が魔王城から離れた北の山の山頂のいるなんて、誰も思わないだろうし。

 奴らはもぬけの殻を狙っているようなもんだ。



「さて、あとは例の役を誰に担当してもらうかだけど……」

「例の役??」



 リリアは首を傾げた。



アレ・・の声を誰かに担当してもらわないといけないからね」

「ああ、なるほど」



 それで彼女は理解したようだった。



 やっぱ声質的にはアイルが近いかなあ……。

 雰囲気も似てる気がするし。



 うん、そうしよう。



「決めた」



 そこで俺はメダマンを使って彼女に連絡を取る。



「もしもし、アイル?」

「はっ、はい! 魔王様、何か御用ですか?」



 画面の向こうの彼女は不意を突かれたように慌てて取り繕った。



 すぐに用件を伝えると――。



「は、はあ……私がですか? 魔王様のご命令でしたら喜んで。ですが、私で大丈夫でしょうか?」

「細かいことは俺が指示するから安心して」



 すると彼女は笑みを浮かべる。



「承知しました。ありがとうございます」



 そこで通信が切れると、俺はニヤリとする。



「さて、高見の見物といこうか」



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