第182話 無限の円環


〈勇者レオ視点〉



 その頃、レオ達は森の中をひたすら走り続けていた。



 ただ、それは自分の意志ではない。



 走らされていたのだ。



 先程から勝手に足が動いて止まることが出来ない。

 なぜ、こんな事になってしまったのか?



 それは少し前に遡る。



 魔王城へと伸びる道を侵攻していた際、何者かによる狙撃を受けた。

 その攻撃から逃れるように森の中へと逃げ込む兵士達。



 彼らを追うようにレオも移動を開始しようとしたのだが……。



 一歩踏み出したそこに、どういう訳だかバナーネの皮が転がっていた。



 不自然だとは感じたが――動き出した体、今更、踏み下ろした先を変更するには体勢を崩してしまいかねない。

 狙撃を受けている最中なら尚更、無理はすべきではないと思った。



 だからその時は、たかがバナーネと思い、構わず踏みつけたのだ。



 すると、どうだろう。



 見えない力というべきか、不思議な強制力によってレオの体が前に弾き飛ばされたのだ。



 しかも、飛ばされた先にまたバナーネの皮が落ちており、無理矢理振り上げられたもう一方の足がそれを踏む。



 そんな一瞬の合間にレオの視界に周囲の状況が目に入ってきた。

 いつの間にか、辺り一面に無数のバナーネの皮がバラ撒かれていることに気付いたのだ。



 その時に思った。



「これは敵の罠だ」と。



 普通のバナーネではない。

 そう後悔した時には、もう遅かった。



 バナーネの皮は森の中にもずっと敷き詰められていて、レオの体はその上を滑り始める。



 抗おうにも止めることが出来ない。



 右足で跳ねると今度は左足が前に出て、ひたすらに飛び跳ねながら強制的に走らされているようだった。



 それに加え、このバナーネの皮は森の中に円を描くように配置されていることに気付いた。



 木々の合間に魔王城の姿が近付いては遠退いて行く――という光景がずっと繰り返されていたからだ。



 まるでレールの上に乗せられたトロッコのようだった。



 しかし、同じ場所をグルグル回り続けているだけならば、さして危機的な状況ではない。

 問題は弾き飛ばされているだけでも体力を消耗するということだ。



 強制的に足を前後させられるのだから、走っているのとほとんど変わらない。

 そのうちに息が上がってくる。



 現に、同じように走らされていた兵士達は次々に脱落していった。



 脱落といっても足を休めることは出来ない。

 倒れたら、倒れた姿のままバナーネレールの上を転がり続けるだけだ。



 今も実際に、多くの兵士達が白目を剥いて足下を転がって行くのが見える。

 恐らく、心臓麻痺を起こして絶命しているのだろう。



 体力のある者でも油断は出来ない。



 人間の足とは思えないほどの速さで木々の合間を擦り抜けて行くのだ。

 気を抜けば木の幹に頭をぶつけて、一瞬であの世行きになる。



 疲労が溜まってくれば集中力が無くなり、いずれ自分もそうなりかねない。



 ――このままでは……。



 そう思ったレオは、ある事を思い付く。

 絶対防御スヴェルのスキルだ。



 そのスキルの有効範囲を最大まで広げれば、この無限地獄の歯止めになるのではと考えたのだ。



 絶対防壁で摩擦を起こし、バナーネの皮すら押し潰してしまえば……。



 ――やってみる価値は大いにあるだろう。



 彼は走りながら盾を構える。

 そしてすぐに絶対防御スヴェルを展開した。



 レオの周囲に不可視の防壁が出来上がる。

 それによって前方から迫り来る木々の多くが薙ぎ倒された。



 ――この摩擦を利用して減速……。



 飛び上がったレオの体が次のバナーネ目掛けて落下する。

 もちろん、次にそれを踏むのは彼の足ではない。



 スキルで作られた防壁だ。



 ――このままあのバナーネを磨り潰せば……この無限の円環は止まる!



 終結の予感を覚えて、思わず笑みが溢れる。



 次の瞬間だった。



 バイィィン



「っ!?」



 レオの絶対防御スヴェルがバナーネの皮に触れた途端、まるでゴム玉のように跳ね返ったのだ。



「なっ……んだと!?」



 ――この皮は絶対防御スヴェルをも弾くのか!?



 驚愕するのも束の間、その策は彼が想像していたものよりも最悪な結果をもたらした。



 ――く……!



 スキルを解こうとしたが間に合わない。



 絶対防御スヴェルを展開したまま跳ね上がった彼の体は、巨大な鉄球にも等しかった。



 それが下を走る兵士達の頭上に落ちる。

 その結果がどうなるかは容易に想像が出来た。



「ぎゃあああっ」

「うわぁぁぁっ」

「おごっ」

「へぶっ」



 周囲の木々を薙ぎ倒し、数人の兵士達を押し潰す。



 最強の防壁の落下に生身の人間は一溜まりも無かった。

 周囲に血飛沫と肉片が飛び散る。



「……!」



 レオの行動は甚大な被害をもたらしただけだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る