第177話 くくり罠の恐怖


〈勇者ヒルダ視点〉



 ヒルダは追い詰められていた。



 奥の手である技が魔王代理に全く通じなかったからだ。



 ――どういうこと……? あれを食らって生きていられる者なんて、この世には存在しないはずなのに……。



 魔王代理にはスキルそのものを無効化出来るような力でもあるのか?

 それとも相性の悪い、正反対の力でも持っているのか?



 もしくは……端から死んでいるゾンビのようなものでもなければ、この結果は理解出来ない。



 ――でも、それはないわ……。意志を持たないゾンビが、こんなにも流暢に言葉を話すなんて有り得ないもの……。



 考えれば考えるほど、分からなくなってくる。



 しかし、目の前の魔王代理が途轍もない強さであることだけは理解出来る。



 ――この強さ……やはり、彼が魔王本人なの……?



 もしそうならば、この状況は魔王を仕留める最大のチャンスだ。

 一対一の状態で対峙する機会など、またとない。



 だが、惜しむべきは今のヒルダに攻撃の手段が残されていなかった。



 奥の手であった回復スキルの一点集中攻撃が通用しない今、通常攻撃で魔王代理を倒せる可能性は低い。



 ――どうすれば……。



 幸い、魔王代理はこちらの情報を知りたがっているように見える。

 それ故に、有用な情報が引き出せるまでは、本格的な攻撃は仕掛けてこないだろう。



 ――重要なのは、私から何も情報が得られないと相手が諦めた時……。その時、奴はトドメを刺しにくる……。



 こちらに勝機があるとすれば、その瞬間だ。

 分かっていれば隙は見極め易い。



 だが、そこからどう形勢を好転させる?



 魔王代理を観察して得られたものと言えば、頑なに正体を隠そうとしているように思えること。

 鉄仮面まで被っているのだから、それだけ見られたら困ることがそこにあるのかもしれない。



 ――あの鉄仮面を剥ぐことが出来たら……状況に活路を見出せる可能性があるわね……。そこに賭けてみるしかないか……。



 彼女が、そう覚悟を決めた時だった。

 魔王代理の方から仕掛けてきたのだ。



 黒剣を振りかざし、斬撃を繰り出してくる。

 だが、そこには先程までの機敏さは無い。



 ヒルダにも辛うじて動きを捉えることが出来るレベルだったので、なんとか攻撃は避けれた。



 明らかに手を抜いている。

 しかも、攻撃しながら質問を投げかけてくる。



「お前達の目的はなんだ?」

「くどい、貴様と会話するつもりはない」



 ヒルダは剣をかわしながら言葉を突き返した。



 ――やはり、こちらの情報をなんとかして得たいようね。でもお生憎様、私にそんなつもりは毛頭無いわ。



 このまま口を噤んでいれば、いずれ痺れを切らしてトドメを刺しにくるはず。

 それまで、ひたすら耐えるしかない。



「お前の他に勇者はあと何人いる?」

「……」



「なぜリゼルの兵士を連れている?」

「……」



 そんなふうに頑なに口を閉ざしながら攻撃を避け続けていると、ある時、魔王代理の動きが止まった。



 ――ようやく諦めたのかしら? 恐らく、次でトドメを刺しにくる……。



 その時に備えて、ヒルダは身構えた。



 すると魔王代理は……どういうわけか彼女の予想に反して剣を下ろす。

 そして、こう呟いた。



「はい、かかった」



「……え?」



 急に軽い口調で言われて、何の事だかさっぱり分からなかった。

 しかし、言葉の意味を理解して自分の足下に目をやった時にはもう遅かった。



 いつの間にか自分の足がロープで作られた輪の中にあったのだ。



「っ!?」



 次の瞬間、ヒルダの体がロープで縛り上げられ、木の上に吊される。



「なっ……こ、こんな単純な罠に……!?」



 攻撃を仕掛ける振りをして、まんまと罠の場所に追い込まれていたのだと、吊されてから理解した。



「な、なんのつもり……?」



 トドメを刺さずに、吊し下げられる理由。

 その意味を考えると、すぐに分かった。



 ――拷問……。



 見上げてくる鉄仮面の下に含み笑いが見えるようだ。



「くっ……」



 ヒルダは全身の血の気が引いて行くの感じるのだった。



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