第168話 その距離は?

〈勇者レオ視点〉



 レオが命じると、兵士達は鋼鉄の騎士の動きを封じ込めにかかる。



 しかし、奴の身のこなしは非常に巧みだった。

 その巨体からは考えられないような身軽さで、次々と襲いかかる切っ先を難無くかわして行く。



 勿論、避けるだけではない。

 直後にその豪腕から繰り出されるパンチで兵士達は撲殺される。



 それはまるで自分に集る羽虫を叩き潰しているかのようだった。



 瞬く間に倒れた兵士が山になってゆく。

 だが、彼らは無敵にも近い力を手に入れていた。



 すかさずヒルダが回復を行うと、墓場から蘇ったゾンビのように立ち上がる。

 そして、奴を止めるには剣が無駄だと感じたのか、隊長が声を荒げた。



「剣に頼るな! 我々に死の恐怖は最早無い! 己の体で奴を止めに行け!」



 隊長はそう言うが、兵士達の反応は鈍い。



 それもそうだろう。

 いくら何度でも蘇ることが出来るとはいえ、死に至るほどに痛みを受け続けるのは誰でも嫌なもの。

 出来ることならば避けたいと思うのが普通だ。



 だが、だからといって、ここで手をこまねいているわけにもいかない。

 状況が変わらなければ、結局は死の恐怖が迫ってくるだけなのだから。



 静かに剣を収めると、一斉に鋼鉄の騎士に掴み掛かる。



 相手は一人、こちらは三千にも及ぶ兵士。

 それはもう数の暴力だった。



 鋼鉄の騎士は瞬く間に兵士達に羽交い締めにされ、完全に動きを封じられていた。



 この状況にレオは満足気な笑みを浮かべる。



「上出来だ。そのまま押さえていろ。あとが俺が始末をつける!」



 レオは大盾を体の前に構えると、絶対防御スヴェルの力を盾の中央に集約させる。



 彼の体を光のオーラのようなものが覆う。

 絶対防御スヴェルの力が一点に集まり、具現化したのだ。



 彼はそのまま鋼鉄の騎士に向かって突進する。



「砕け散れぇっ!」



 大盾が鋼鉄の騎士の胴体に激突した途端、辺りに爆発にも似た破砕音が響いた。

 その鎧諸共、中身まで粉々に弾け飛んだのだ。



 騎士を押さえつけていた兵士達は直前で手を離すも勢いで吹っ飛ばされ、地面に転がる。

 ついでに鎧の中身と思しき石の欠片が夕立のように降り注いだ。



 見事、鋼鉄の騎士を跡形も無く粉砕したのだ。



 弾き飛ばされた兵士達も起き上がって現実を目の当たりにすると、ようやく実感が沸いてきたようで、安堵したように息を吐いた。



 そんな中、レオは足下に転がっている小石を拾って確かめる。



 ――これは先に倒した熊の中身と同じものだ。



「またゴーレムか……」



 ――四天王を名乗る二人目までもがゴーレム。これは一体、どういうことだ?



 不審が募る彼のもとにヒルダが駆け寄ってくる。



「やったわね。ん? どうしたの?」



 彼女はレオが持っている小石に気がついたようだ。

 彼はその小石を彼女に投げ渡す。



「っと……これって……。あの騎士もまたゴーレムだったの?」

「のようだな。まったく……ふざけてやがる」



「でもまあ、ラッキーじゃない。これから先もこの調子なら楽勝で魔王城へ辿り付けそうよ」

「それなら、ありがたいが」



 ――他の勇者もこんな玩具にやられたというのか? それなら、この俺には通用しないぞ。



 そんな事を思っていると、騎士隊の隊長がレオの側に駆け寄ってくる。



「ご報告致します。復帰不能者無し、いつでも出立出来ます」

「分かった。すぐに進軍を再開する。陣形を整えろ」

「はっ」



 敬礼する彼の顔には覇気が窺えた。

 それにはこの勝利が寄与していると言っていいだろう。



 そんな隊長が踵を返した時だ。



 ふと、周囲の空気が入れ替わったような感覚がした。

 それは、どこか張り詰めたような緊迫した空気。



「……なんだ?」



 違和感を覚える。

 と、その時――レオとヒルダは殺気を感じた。



「……!?」



 ヒュンッ



 空気を切り裂く音が鼓膜を震わせる。

 直後――、



 後列にいた兵士の首が宙を舞っていた。



「なっ……」



 ドチャッ



 という生々しい音がして、生首が地面に転がる。



 後方から飛んできた刃……いや、漆黒の矢が、彼の首を掻き斬ったのだ。



「どこから!?」



 レオはすぐさま周囲の気配を探る。

 だが、矢が飛んできた方向からはそれを感じない。



 ――気配を消せるのか? それとも……それを感じないほどの遠距離から? いや……そんなことは有り得ん!



 思考する間も無く、事態は切迫する。



「ぎゃっ!?」

「ぐはっ!!」

「あがっ!?」



 刃のような切れ味も持った矢が、兵士達の首を次々にはね始めたのだ。



「うわあぁぁぁっ!?」



 それは隊列の中心を狙っての斉射。

 兵士達は混乱し、逃げ惑う。

 その様子はまるで蟻の大群が蠢いているようでもあった。



 そんな中でも漆黒の矢は、正確に兵士の首を次から次へと射貫いて行く。



 尋常じゃ無い正確性を持った狙撃。



 ――向こうには俺達の姿が完全に見えているというのか!?



 レオの額に汗が滲む。



 ――だが、こうしてはいられない。敵は首をはねると回復出来ないことを知っている。こちらも絶対防御スヴェルの効果範囲内に全員を入れられるわけではない。このままではこちらの兵力が削がれて行くだけだ。この状況から脱するには……。



 彼は森の道の左右に広がる死霊の森を視界に入れた。

 すると、すぐに大声で叫ぶ。



「森へ逃れるんだ! それで敵は我々を捉え難くなる!」



 それを聞いた兵士達は、一斉に森へ向かって走り出す。

 必死であるが故に、兵は意図せず左右二手に分かれた。



 そしてこの時、レオとヒルダも別々の森へと逃げ込んでいた。

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