第162話 瞬足くんの帰還


〈勇者レオ視点〉



 ――ラデスの兵士が何故こんな所に……?



 突然、疾風のように現れ、兵士達数十人の首をはねた謎の兵士に、レオは戸惑っていた。



 ――ラデスは既に滅びたはずだ。なのに何故、その紋章を付けている? ただの敗残兵か? しかし、そうだとして、そのラデス兵がどうして魔族の味方をする?



 そこでレオは頭を振った。



 ――落ち着け。今の俺は、目の前で起きた出来事に気が動転して冷静な思考が出来なくなっているだけだ。

 そもそも、あの速さと太刀筋を持つ者がただの一般兵な訳がない。



 ラデスの兵服と兜に惑わされているだけだ。

 中身はラデスとは関係の無い者である可能性が高い。



 そこまで考えたところで、ふと記憶の端に引っ掛かりを覚えた。



「まさか……」

「どうしたの? レオ……?」



 ヒルダがやや焦った顔をしながら聞いてくる。



「いや……ラデスを滅亡させたという魔王代理の話を思い出してな……」

「そ、それって……」

「国を出た元兵士から聞いた話では……その男は鉄仮面を被り、黒曜石のような黒光りする剣を携えていたらしい……」



 二人の視線は目の前に佇む謎の兵士の手元に向けられる。



 そこには柄から刀身まで、全てが真っ黒な剣が握られていた。



「……」

「う、うそでしょ……」



 じんわりと掌が汗を掻くのが分かった。

 二人は身構えながら、そろりと騎竜を下がらせ間合いを取る。



「十中八九……あいつは魔王代理だ」

「……」



 たった一人で国を滅ぼすほどの力を持つ者。

 警戒しない訳にはいかない。



 ――ただ、こいつを倒せなければ、これ以上の存在である魔王を倒すことなど不可能。だが、俺達ならば……。



「大丈夫だ……。予定外だったが、問題無い。そうだろ?」

「……」



 ヒルダは一瞬、躊躇したが、すぐに自分を取り戻す。



「ええ、そうね」



 ――例えどんな存在であろうとも、俺の絶対防御スヴェルを貫ける者などいない。そこにヒルダの能力が合わされば何者も俺達を傷つけることは出来ない。



 しかし、今ので兵士の何人かを失ってしまった。

 全体数からすれば微々たるものだが、このままの状態が続けば次第にこちらの状況が悪くなるだろう。



 今の攻撃で、兵士が即死してしまえば回復出来ないことを知られてしまったのだから。



 ――何が起きてもこちらが適切に対処出来れば何の問題もない。ただ、最大の懸念はアイツの素早さだ。あれに惑わされないようにしなければ……。



「やるぞ……」

「ええ」



 レオ達が臨戦態勢を整えると、周囲の兵士達も同様に身を奮い立たせる。



 緊迫した空気が辺りに充満した時だった。



「ふぅ……」



「?」



 まるで溜息のようなものが聞こえてきた。

 恐らくそれは眼前にいる魔王代理からのもの。



 兜でその表情は分からないが、そのだらんとした仕草から緊張感の無さが窺える。



「これは一旦、退いた方がいいかな?」



 兜の中から、場に似合わぬ気の抜けた声が漏れる。



 ――少年の声……? 思ったより若いのか?



 しかし、相手は魔族。見た目や声などで判断するのは禁物。



 ――それに……ここで退くだと??



「アイル、戻るよ。行ける?」

「え……あ、はい!」



 魔族の二人は短く会話を交わし、



「じゃあ、また」



 そう言い残すと、魔王代理は少女の体を抱え、目にも止まらぬ速さでその場から消え去っていた。



「なっ……」

「……」



 場に残されたレオとヒルダ、そして兵士達は予想だにしなかった結果に呆然とするのだった。



          ◇



〈リゼル王視点〉



 勇者達と対峙する魔族の様子を離れた場所で監視していたリゼル王は、驚愕の余り、馬車から降り立っていた。



「陛下、外に出られては危険で御座います」



 侍従兵が思わず止める。



「構うな」

「は……はっ!」



 リゼル王の強張った形相に、ただ事では無いと感じた侍従兵は、すぐに引き下がった。



 ――まさか……あやつは……。



 兵士の首をはねる鉄仮面の男の姿を視界に入れたリゼル王は、愕然としていた。



 ――あの身のこなし、そして素早さ……あのような立ち回りが出来る人間はこの世に二人といない……。

 この目で間近で見ていたからこそ分かる。

 間違いない、あれは勇者アレクだ。



 それに鉄仮面の男の手にある剣。

 色こそ違えど、あれはまさにアレクの聖具、聖剣シュネイルに瓜二つ。



「なぜだ……奴は死んだはずでは……?」



 アレクは魔王との戦いで死んだと聞かされていた。

 共に行かせた隊も全滅。

 到底、生きているとは思えない。



 ――万が一、生きていたとして……何故、魔族に加担する……?



 解せない部分が多い。

 だが……。



 経緯はどうあれ、アレクは何らかの要因で魔族に変貌したと考えるのが妥当だろう。



 リゼル王は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。


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