第161話 アイルVS勇者軍


〈勇者レオ視点〉




 ――どうだ? 驚いたか?



 勇者レオは動揺を隠せないでいる魔族の少女を見ながら、内心でほくそ笑んだ。



 完全に仕留めたと思った兵士が、無傷で復活を遂げたのだ。

 驚きもするだろう。



 なにせ腹を貫通するほどの大穴を空けたのだから、絶命するのが普通だ。

 だが、ヒルダの超全回復ユナイトヒーリングは優秀だった。



 僅かでも息があれば、そこから平常の状態に一瞬にして回復出来るのだ。



 腹を貫かれたからといって、すぐに生命活動が停止する訳ではない。

 数秒は息があったり、体内に生き血は残っている。



 それらが失われる僅少の間にスキルを使えばいいのだ。



「奴を取り囲め! 全員で仕留めるぞ!」



 レオが兵士に向かって叫ぶ。



 だが騎竜隊はすぐには動かなかった。

 隊長が受けた攻撃がまだ脳裏に残っていて、体が竦んだのだ。



 するとヒルダが矛を頭上にかざす。



「どんな重傷でも私が一瞬で治してあげるわ。滅多なことじゃ死なないんだから恐れることなんて何もない!」



 すると、僅かの間があって、そこかしこで剣を構える音が聞こえてきた。



 先程、倒れた隊長も立ち上がり、剣を構える。



「勇者様の言う通りだ。我らリゼル騎竜隊の力を魔物どもに見せつけてやれ!」



 彼がそう言うと、兵士達の間で一斉に雄叫びが上がった。



 三千の兵が河原になだれ込み、一瞬にして魔族の少女を取り囲む。



 ――魔族よ。さあ、どうする?



 レオはこの状況で自分の胸が高鳴るのを感じた。



 ――例え手練れの魔物であったとしても、一対三千では分が悪いだろう。しかも、その三千は倒しても蘇る不死にも等しい兵士だ。



 実際、少女の顔には焦りが見えた。

 しかし、このまま対峙しているだけでは状況は好転しないと悟ったのか、少女は攻撃に出た。



 尻尾を伸ばし、横に薙ぐように振り回す。

 周囲を囲む兵士を回転攻撃で一度に屠ろうというのだ。



 ――数を相手するには好手かもしれない。だが……!



 レオは背中に据えられている銀の大盾を手にすると、そのまま兵士達の前に飛び出した。



 ガギンッ



 すると、見えない壁のようなものが辺りに張り巡らされ、少女の尻尾が弾かれる。



「っ!?」



 少女は慌てたように尻尾を引っ込めた。



 これにレオはニヤリとする。



 ――俺の絶対防御スヴェルが貴様の攻撃を全て無効化するぞ?



 しかも、その防御範囲は大盾を中心にしてかなりの広範囲を守ることが出来る。

 彼女の背後にいた兵士は何人かやられたが、それもすぐにヒルダが回復させていた。



 ――さあ、どう考えても貴様に勝ち目は無いぞ?



 レオが静かに嘲笑を浮かべると、少女は唇を噛み締め、苦悩の表情を浮かべていた。



 ――このまま奴が疲弊するのを待ち、そこで止めを刺すのが最良か?



 それを行えるだけの条件はこちらに揃っている。



 ――……勝ったな。



 勝利を確信した直後だった。



「うがっ!?」



 隊列の後方で兵士に悲鳴が上がった。



「なっ、なんだ??」



 レオが何が起きたのかを確認しようとした矢先、それが目に入ってくる。



「ごぎゃっ!?」



 声にならない短い叫びを上げて、兵士の頭が吹き飛んだのだ。



「!?」



 しかも、その現象は次々と辺りへ連鎖する。



「あびっ!?」

「おふっ!!」

「ぼべっ!?」



 まるで雪崩を起こしたように兵士達の首が飛んで行く。



「うわあああああっ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」



 兵士達の間に動揺が走り、皆逃げ惑い始める。



 首が飛べば即死。

 ヒルダの超全回復ユグナイトヒーリングも通用しない。



 実際、彼女も何も出来ず、呆然としていた。



「何が起きてるんだ……?」



 レオは見えない敵の正体を見極めようと目を凝らす。

 その直後、彼の鼻先を疾風が駆け抜けた。



「……!」



 風が過ぎ去った方向へゆっくりと顔を向けると――、



 魔族の少女の側に、フルフェイスの鉄兜を被った謎の騎士が佇んでいた。



「い……いつの間に……」



 視覚で捉えることの出来ないその速さに度肝を抜かれる。

 しかも、レオはその騎士の制服に見覚えがあった。



「貴様……その姿は、もしかして……」



 制服の肩に施された、剣を象った紋章。

 それは――



 先頃滅んだはずの、ラデス帝国の紋章だった。


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