第163話 爽やか度


 ここは魔王城のエントランス。



 俺がこの世界に来て、初めて落とし穴を設置した場所でもある。

 そんな場所にアイルと瞬足くん、そして俺の三人が揃っていた。



「アイル、無事だったかい?」



 顔を合わせるや否や、そう言うと、



「魔王様っ! も、申し訳御座いませんっ!」



 彼女は慌てたように目の前で平伏した。



「おいおい、何を謝ることがあるんだ?」

「それは……私が勝手な行動をしたせいで……魔王様のお手を煩わせてしまったので……」



 俺は「ふぅ……」と息を吐く。



「ちなみに何をしてたの?」

「えっ……と、それは……魔王様がサクミ大根とオバケ魚を欲していらしたので……心当たりの場所を……と思いまして」



「ほら、やっぱり謝る必要無いじゃん」

「え……」



 アイルはきょとんとした。



「皆の為に働いてくれていた訳だから問題無いさ。それに配下を守るのが魔王としての役割だからね」

「魔王様……」



 彼女は手を合わせ、瞳をうるうるとさせていた。



「ただ、どこに行くかは事前に言っておいて欲しいかな」

「は、はい……」



 アイルは、少ししょんぼりした面持ちで答えた。



「でも、どうして私の居場所が分かったんです?」



「丁度、瞬足くんが戻ってくる所を近くのゴーレムが捕捉してね。それで彼のメダマンに切り替えてみたら、なんか勇者の大所帯を発見したってわけ」

「なるほど……」



 まあ、本気で探そうと思えばいくらでも方法はあるんだけど。



「その事はそれでいいとして、勇者の対応を考えないといけないな」

「はい」



 彼女の顔に緊張が宿る。



「なんか厄介なスキルを持ってるみたいだし、取り敢えず食堂に皆を集めて対策を練ろう」

「承知致しました」



 アイルが頭を垂れたところで、俺は突っ立ったままでいる瞬足くんに目を向ける。



「そういえば、ラデスの一件では大活躍だったな」

「グゲ……」



 兜の奥で返事のような声が漏れる。



 ゾンビとはいえ、瞬足くんにも何かご褒美をあげたい所。

 何かないかな?



 そう考えてすぐに思い当たったのが、例の温泉饅頭。

 あれを彼にあげたらどうなるだろう?

 パワーアップしたりするのかな?



「よーし、これをお前にやろう」



 俺は合成した饅頭を瞬足くんに手渡す。

 それを彼は無言で受け取ると、兜のバイザーを上げて、隙間から口の中へと放り込む。



 ゾンビでも、ちゃんと消化出来るんだろうか?

 一応、兜の中から咀嚼音が聞こえてきているので、食べることは出来てるようだけど。



 一分後、瞬足くんは饅頭を食べ終えたようだった。



 さあ、どんな変化が起こるんだ?



 期待を持って見守っていると、やがて彼の体が小刻みに震え始める。



「グゲゲッ……」



 おおっ! きたきた。

 パワーアップした、お前の姿を見せてくれ。



 不意に震えが収まった。

 その直後――、



 パッカーンッ



「うおっ!?」



 彼の被っていた兜が縦に真っ二つに割れ、吹っ飛んだのだ。



 中からさらりとした白髪が流れ落ちる。

 そこにある瞬足くんの顔を目にした途端、俺とアイルは目を見張った。



 兜の中から現れたのは爽やかな顔立ちのゾンビだったのだ。



 そこには以前のような虚ろな目や口元から涎を垂らしているゾンビらしいゾンビの姿は無い。



 普通の魔族っぽくなってる!?



 いや……というよりは、元のアレクの顔立ちに戻ったって感じだな。

 ただ無表情だし、顔色は青いままだけど。



「どこか変わった感じある?」



 生まれ変わったような瞬足くんに尋ねてみる。

 すると彼は、



「む……」



 とだけ答えた。



 グゲゲ……よりは進化したけど、喋れないのは変わらないのか。

 これじゃあ、能力の変化が分からないぞ。



 まさか顔立ちだけ?



 でも、これまでの例からすると後から判明することも多いから、少し見守っておこう。



「じゃあ取り敢えず、ダンジョンへ移動しようか」

「はい」

「む……」



 三人で城内へと足を進めた。



 と、その時。



「うびゃっ!?」



 背後で短い悲鳴が上がった。

 振り返ると、後ろから付いてきていたアイルがいない。



 これは、もしかして……。



 少し戻って床に大口を空けた落とし穴を覗くと、中で壁に手足を突っ張り、耐えているアイルの姿があった。



「す、すびましぇん……」

「……」



 彼女は涙目でそう訴えるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る