第142話 ドランクキャット


 例によって温泉饅頭を与えたことにより、シャルはロケットパンチを飛ばせるというパワーアップ(?)に成功していた。



 片やキャスパーは、マタタビを与えた猫のように床でゴロゴロとするだけだった。



 俺は酔っ払ったような赤ら顔で気持ち良さそうにしているキャスパーを見ながら考える。



 なんだろうな……この反応は……。

 温泉饅頭の素材の中に、猫獣人だけに反応するマタタビと同じような成分でも入ってたんだろうか?



 温泉饅頭の素材は、小麦、砂糖、温泉水、アズマ豆の四品目。



 小麦はアレルギーがあるけれど、そんなふうな感じには見えないし、砂糖は一般的な調味料だから可能性は低そう。



 温泉水が原因って可能性もあるけど、キャスパーは以前、普通に温泉に入ってたし、その時はこんな感じにはなってなかった。



 となると、アズマ豆か?



 ちなみに配下魔物リストでキャスパーのステータスを見てみると、ちゃんとMPの最大値は上がってた。



 温泉饅頭の効果は確かに発現してるっぽい。



 それはそれでいいとして……この酔っ払い(?)はどうにかならないものか……。



「おーい、キャスパー。俺が分かる?」



 尋ねると、彼は床に寝そべったまま、ニタァという笑みを見せてくる。



「にゃにゃあ……? これはこれは魔王様、ご機嫌うるわしゅう。こんな所に居られるということは、そろそろ晩酌のお時間ですかにゃ? うひっ」



 ダメだこりゃ……。

 完全に泥酔してる人と同じだ。

 取り敢えず、俺は認識出来てるみたいだけど。



 これって酒と同じで放置しておけば酔いが覚めるんだろうか?

 このまま元に戻らないなんてことになったら厄介だぞ。



 ともかく、体に異常がないか調べておいた方がいいだろうな。

 副作用みたいだし。



 俺は仰向けで寝ているキャスパーに投げ掛ける。



「ねえ、どこか体に異変があったりとか、調子が悪い所とかあったりしない?」



 すると彼は「ヒック」としゃっくりをした後――、



「ムクッ!」



 突然、半身を起こした。



「ぬわ!? びっくりしたー……」



 さっきまでダラダラと床に寝そべっていたのに、急に勢い良く起き上がるもんだから心臓に悪い。

 しかも口で「ムクッ!」とか叫ぶから余計に怖い。



 半身を起こした彼は、悲しそうな目で俺のことを見てくる。



「そういえば、ぽんぽんが……」

「ぽ……ぽんぽん?」



 キャスパーは言いながら腹をさすっていた。



 ぽんぽん……って、もしかして腹のことか?

 唐突に幼児言葉で言われたもんだから何の事だか分からなかった。



「ぽんぽんがどうしたって?」

「ぽんぽんが……」



「うん、ぽんぽんが?」

「すいた!」



「……」



 きたー、このパターン。

 リリアも「目がぁー目がぁー」とか言って似たようなことやってたけど、何なんだ……うちの配下は。

 流行ってんの? それ。



「なので魔王様、申し訳ないんでしゅが、もう一つ饅頭とやらを頂けませんかにゃー?」



 立ち上がったキャスパーは懇願するような目で俺を見てくる。

 しかも、目をキラキラさせた上目遣いで。



 ああ、ナイスミドルなキャスパーはどこに行ってしまったのだろう。



 って、そんな事を言ってる場合じゃなくて、



「ダメダメ、二つなんてあげられないよ」

「どうしてですかにゃー? 食べたい、食べたいなあー」



「当然でしょ。一つ食べただけでこの有様なんだから、二つなんて食べたらもっと大変なことになるのは目に見えてる」

「そうですかにゃー? 私はそうは思えないんですけどねぇ」



「それはどういうこと?」

「ふわふわのぽわわわんが倍増して、とても気持ちの良い世界が広がるじゃないですか。想像しただけで最高でごじゃりますよ、にゃー」



「ただのアル中じゃねえか!」

「アル中? 馬鹿なっ! この私がアル中などであるわけが……そうですアル中でぇぇす! うにゃ」

「……」



 駄目だ……キャスパーがどんどん壊れていく。



「もういいから、酔いが覚めるまで休んでおけ」

「ごもっともであります。魔王様のおっしゃることに逆らうつもりはございません」

「?」



 キャスパーが急にまともな喋りに戻ったもんだから、「ん?」となった。



「ですが自分の体だから分かるのです」

「何が?」



「酔えば酔うほど強くなれると」

「……」



 えっと……それって、酔拳的な?

 マジでそんなことが……。



「ああー……強くなった自分を試してみたいにゃー」



 まともな口調は一瞬だけだった!



 しかしながら、彼が言ったことを試してみる価値はあると思う。

 実際にそうだったら、すごいパワーアップになるわけだから。



 でも、饅頭を二個食べるのはヤバイ気がするので、酔い成分だけを含んでいると思われるアズマ豆を食べさせてみよう。

 それでキャスパーが言ってる通りのことが起こるかどうか分かるはず。



 俺はアイテムボックスからアズマ豆を取り出す。

 すると、ご丁寧に升みたいな木の器に入って出て来た。



 レシピ中の〝×1〟ってのが豆一粒ってわけじゃないだろうから、この量が一つ分ってことなんだろうな。



「キャスパー、これなら食べてもいいよ。酔えると思うし」

「にゃ!? 本当ですか! 遠慮無く頂きます!」



 そいつを受け取ったキャスパーは器ごと口に持って行き、ざざーっと中身を流し込む。



 ボリボリボリ……。



 広間に豆を噛み砕く音が響く。



 特に煎ったりとかしてない生豆なんだけど……美味しいのかな?

 そんなことを気にしていると、早速変化が訪れた。



「うぃーっ……これは……かなりきますにゃー……ういっ」



 全てを食べ終えたキャスパーは虚ろな目で体を揺らしていた。

 足元も千鳥足で覚束無い様子。



「でも……なんだか、行ける気がしてきました……よ」



 ふらふらとしながらも、次第にその動きはいつも彼がやっている格闘演舞に近いものになって行く。



 ブンッ



 ふらついた足取りの中で、時折繰り出される鋭い拳や蹴り。

 それが出る度に周囲の空気が震動するのが分かる。



 拳や蹴りには魔力の光が宿っていることから、ちゃんと饅頭も役に立っているっぽい。



「うにゃ……にゃにゃ……にゃ……」



 演舞も終盤に差し掛かり、最後の決めの一撃が繰り出される。



「にゃん!」



 拳を真っ直ぐに突き出した途端、辺りに突風が巻き起こった。



 ドガァァァン



 次の瞬間、大音響と共に、ダンジョンが揺れる。



「!?」

「わわっ!?」



 側にいたシャルが思わず俺の体にしがみつく。



 揺れが収まった時には、広間の壁に大きな横穴が出来上がっていた。



「……」



 うん、確かに強くなったようだ。

 ついでに部屋が広くなって良かったね、シャル。


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