第141話 墓場でおやつ
饅頭効果で氷属性の力も使えるようになったイリス。
良きかな良きかな。
というわけで更なる配下のパワーアップを目指して、俺はダンジョンを降りる。
やって来たのは第八階層。
シャルが守護する場所だ。
その階層の大広間に足を踏み入れた直後、視界に入ってきたのは、
膨大な数の墓石だった。
「うわっ、ダンジョン内がいつの間にか墓地になってる!?」
まるでどこかの霊園ですか? ってなぐらいに広い空間に沢山の墓石が並んでいる。
霊園と違うのは、墓石が欠けていたり、蔦が絡みついていたり、斜めに立っていたりと、あまり整っていない所だ。
それがまた、おどろおどろしい雰囲気を醸し出してるわけなんだけど。
俺が呆然と墓場を見渡していると、墓石の陰でゴソゴソと動いていた人物がこちらに気付いて顔を上げる。
「あ、魔王様。どうしたの? こんな所に」
言わずもがな、それはいつものメイド服に身を包んだシャルだった。
彼女は俺の姿を見つけるや否や、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ちょっと用事があって巡回中なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
あまり疑問に思わず柔やかな笑顔を続けている。
その顔色は相変わらず儚げな青白さを放っていた。
まるで幽霊みたいに。
まあ似たようなもんだけど。
薄暗くて、場所が場所だけに余計にそう感じる。
「シャルは何やってんだ?」
「私? それは見ての通り、勇者を迎え撃つ為の雰囲気作りだよ」
「雰囲気……」
「そう、雰囲気。やっぱりボス部屋に入ってきて、『あ……なんか出そう』っていう雰囲気は大切だと思うの」
まあ、多少の演出は相手の動揺を誘う効果があると思うけど。
「あと、パーティの前には必ず部屋の飾り付けをするでしょ?」
パーティ感覚だった!?
「なるほど……しかし、この墓石、全部シャルが運んだの? 結構重かったんじゃない?」
「全部なんて無理だよ。そこはゾンビさん達に手伝ってもらったり、あとはキャスパーにも手伝ってもらったりしたの」
「え、キャスパー?」
意外な人物の名前が出て、俺は周囲を見回した。
すると墓石の袂で雑草を田植えのように植えている彼を発見した。
「おお、これはこれは魔王様」
立ち上がったキャスパーは慌てたようにこちらにやってきて、深く頭を垂れる。
「いけませんね。こういうのはどうにも入れ込んでしまう質のようで、魔王様のお出ましに、すぐ参じることが出来ませんでした。申し訳ございません」
「それは別にいいんだけどさ……その格好は?」
彼はいつもの黒のフロックコート姿ではなく、麦わら帽子にオーバーオールという出で立ちだった。
まさにTHE農夫な格好である。
「このような作業には、こちらの方が動きやすいと思いまして」
「いや、そういう事を言ってるんじゃなくて、そんな格好までして何をしてるのかな……と」
「ああ、これでございますか?」
彼は言いながら手にある雑草や苔を見せてきた。
「これは、このように墓石の周りなどに植えますと、実に良い感じの鄙びた墓場が出来上がるのです。ダンジョン内で雑草が育ちにくいですからねえ。このように植えてあげませんと雰囲気が出ないのです」
ジオラマかっ!
「あとは、このように長い蔦なども墓石にくるくると回しながら絡めてあげれば、ほらこの通り、長い間参り手が無く、手入れがされていない感じが出ます」
まるでクリスマスツリーに電球を飾るのに似てるな……。
とにかく、二人でボス部屋の雰囲気作りをしているのは分かった……。
それは別に問題無いので、このまま任せるとしよう。
「そういえば、魔王様は我々に何か御用事があったのではないですか?」
ふとキャスパーが尋ねてきた。
「ああ、二人にこれをあげようと思ってね」
言いながら例の温泉饅頭を取り出し、これまでにこれを食べた者の身に起きた効果を伝えた。
「そんな有り難い物を私達にも下さるのですか?」
「ああ、もちろん。不安であれば無理には勧めないけど」
「いえ、そんな事は。有り難く頂きます」
「わーい私も食べるー。魔王様、ありがとう」
キャスパーとシャルは心底、嬉しそうにそれを受け取った。
「では早速、いっただきまーす」
シャルは、はむはむと小さな口で少しずつ食べ始める。
その姿は齧歯類のようで可愛らしい。
結構長く味わいながら食べ終わると、彼女は満足げな笑顔を浮かべていた。
「あー美味しかった」
「それは良かった。で、何か変化あった?」
「変化? あんまり変わった感じはしないけど……」
彼女は自分の体を確かめるように見回す。
すると、
「そういえば……」
「そういえば?」
シャルは自身の腕を見ながら言う。
「なんだか飛ばせそうな気がします」
「は?」
「見てて下さい」
「……?」
そう言うと彼女は右腕を前に真っ直ぐ突き出した。
直後、
バシュゥゥッ
腕が飛んだ。
反動で彼女の体が後ろに仰け反る。
飛んでった腕はそのまま近くの墓石を粉砕、辺りに砂煙を撒き散らす。
しかも、飛んでった腕はちゃんと彼女の下に戻って来て、またくっついた。
これって……まんまロケットパンチじゃん!
「わー、すごく強くなった気がします」
「いや……まあ……そうかもしれないね」
あ、そういえばキャスパーはどうなっただろう。
彼は元々格闘戦が得意だからな。筋肉ムキムキになって物理攻撃力がパワーアップ! とかそんな感じかな?
期待を抱きながら、彼の方を確認すると……。
「うにゃあ……ゴロゴロ……にゅふふ……」
キャスパーは甘えた猫のような声を出しながら、床をゴロゴロ転がっていた。
その表情は酔っ払ったような感じで、普段の紳士的な彼からは想像し難い姿。
「……」
その様子は、まさにマタタビを与えた猫だった。
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