第140話 貪欲のグルメ


 イリスは凍った床を見ながら目を丸くしていた。



「え……これ……私がやった?」



 くしゃみをしただけで床が凍り付くほどのアイスブレスを吐いただなんて、信じられないといった様子だ。



 それもそうだろう。

 俺がこれまで見てきた限りでは、彼女は炎の特性を持った炎竜の類いだと思うから。



 マグマの高熱に耐えられる皮膚を持ち、配下であるイフドラも邪炎竜と名乗っていたわけだから、間違い無いだろう。



 そんな炎竜が氷竜のようなアイスブレスを吐くだなんて属性が違いすぎる。

 だから戸惑うのも無理は無い。



「恐らく……というか、確実に饅頭の影響だろうね」

「あの……お饅頭が……?」



「イリスの場合は炎と氷の両属性持ちのドラゴンとしてパワーアップしたって感じじゃないかなあ?」

「そんなことが……」



 イリスは未だ呆然としていた。



 彼女の中に僅かながらも氷属性の魔力が最初からあったのかもしれないな。

 温泉饅頭を食べたことによって、どういう訳かそっちの属性だけ魔力が増大しちゃったとか、そんな感じだろうか?



 あくまで想像でしかないけど。



「でも、良かったんじゃないか?」

「え?」



「イリスって熱いの苦手だったじゃん。今度は自分で冷やすことが出来るんじゃないか?」

「あ……」



 彼女は得心したような表情を見せた。



 魔紅石を取りに火口に入った時も熱さで涙目になってたし、これで苦手なものを克服出来たんじゃないだろうか。



「それに、その力があれば冷蔵庫とか作れそうだよね」

「れい……ぞうこ?」



「低温を保ち、食べ物を長く保存しておく入れ物のことだよ」

「え、それって……食べ物が腐りにくくなるってこと?」



「そういうこと」

「!」



 彼女は目を見張った。



「ということは……いつでも食べ物が食べ放題……」

「まあ、そういうことになるかな……」



「!!」



 彼女は更に刮目した。



 こと食べ物のことになると、敏感に反応するよなー。

 そうだ、食べ物ついでに言うと……。



「あとはあれかな。冷たい食べ物とか作れそう。たとえばアイスクリームとか?」

「あいす……くりーむ??」



「ミルクを使った、冷たくて、甘くて、濃厚な氷菓子のことだよ」

「おお……」



 丁度、草牛ムートリが良い感じに育成出来てるから、そろそろミルクが採れると思うんだよね。

 生クリームの調理レシピは既に持ってるし、砂糖も作れるようになってるから、アイスクリームのレシピを持ってなくても手作りで案外簡単に行けると思うんだけど。



「それ、食べてみたい……」



 イリスは恋する乙女のように瞳を輝かせていた。



「じゃあ後で草牛ムートリからミルクを採取してくるよ」

「あ、後で……」



 彼女はお預けを食らったペットみたいに、あからさまに悄気た。



 それぐらい待ってちょうだいよ。

 と、言いたいところだが、彼女の胃袋は既に食べ物を待ち構える体勢になってしまっているようだった。



 口元から光るものが窺えたから。



「うーん、持ってるレシピで他に行けそうなもの……か」



 プリンのレシピを持ってるから、フローズンプリンとかにしたら美味しそうなんだけど、これもやっぱりミルクが必要だ。



 カレーやミートパイは冷たいと美味しくないだろうし、俺のアイテムボックスの中から今すぐに出せるものといったら、ジルジルの実で作ったジルジルジュースくらいしかない。



 あれって美味しいんだけど、絞っただけって感じで、常温だったんだよなあ。

 そこをイリスに冷やしてもらったら、氷を入れたみたいにキーンと冷えて美味しさが増すかもしれない。



 そう思った俺は、すぐさまジルジルジュースを合成して取り出した。



「すまないが、今はこれくらいしか無いんだ。でも、イリスの力でこいつを冷やして飲んだらまたひと味違うかもしれない」

「うん! それ、飲む」



 彼女は嬉しそうに頷いた。

 もう食べられるだけで幸せらしい。



「じゃあこれに、さっきのアイスブレスを吹きかけてみて」



 俺はそう言って、グラスに入ったジルジルジュースを床に置いた。



「あーそうそう、思い切り吹きかけると大変なことが起きる予感しかしないから、そーっとね?」

「うん、分かった」



 イリスはやや緊張しながらも息を吸い込む。

 そして唇を窄め、ゆっくりと息を吐いた。



「ふぅー……」



 途端、周囲の気温が何度か下がった。

 チラチラ、雪さえ舞っているような気がする。



 見ればグラスの表面があっという間に霜に包まれていた。



 これって……冷やすどころか、完全に凍っちゃったんじゃね?



 グラスを手に取って中を覗いてみる。



 すると案外、肌理が細かい感じになっていて、スプーンがさくっと入りそうな感じだった。



「これ……シャーベットじゃないか?」

「しゃーべっと……って何?」



 イリスは首を傾げていた。



「アイスクリームと並ぶ美味しい氷菓子のことだよ」

「食べる!」

「お、おう……」



 生き生きとした顔で手を伸ばしてきたので、思わず手渡した。



「スプーンとか無いけど……平気?」

「それなら持ってる」



 彼女は得意気に、ポケットから自前の木製スプーンを取り出した。



 普段から携帯してんの!?



 イリスは、そのスプーンでジルジルシャーベットを掬うと、「はむっ」と齧り付く。



「んんっ!?」

「どう?」



「ちゅめたくて、おいひぃ……」

「……」



 彼女は美味しさに感動したのか、思わず赤ちゃん言葉になっていた。



 そのままペロッと食べ尽くし、「はぁ~……」と余韻に浸る。



「冷たい食べ物って美味しい……初めて知った……」



 この世界には冷凍技術が無い訳だから、そうもなるわな。



「はぁー……アイスクリームも食べてみたい……。私、自分で乳搾りしてくる」

「そこまで!?」



 彼女の食いしん坊さ加減には頭が下がる。

 まあ、自分でやるって言うのなら止めないけど。



 牧場に向かう為にスタスタと歩き出した彼女。

 だが、俺の目の前で彼女はバランスを崩した。



「っえ……!?」



 自分で凍らせた床で足を滑らせたのだ。



 俺は彼女の体をすかさず抱き留める。



「おっと、大丈夫?」

「うえっ!? あ……だ、だだいじょぶ……多分……」



 俺の腕の中で見上げてくる彼女の顔は、熟れた桃のようにピンク色に染まっていた。


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