第139話 食いしん坊! 万々歳


 超遠距離からの狙撃が可能になったリリア。



 これで侵入者が魔王城に近付く前に撃ち倒すことが出来る。

大幅な防衛力の強化になった。



 やっぱ、饅頭パワーは凄いなー。

 この調子で他の皆もどんどん強化して行こう。



 そんなわけで俺はダンジョンの第七階層に降りた。

 イリスに会う為だ。



 魔法の扉Ⅱを潜って、第七層の大広間へと出るや否やだった。



「ふふふ……人間よ。よくぞここまで辿り着いた……」

「?」



 そんな声がどこからともなく聞こえてくる。



 それは声色からして明らかにイリスなのだが、姿が見えない。



「だが貴様の命もここまでだ……」

「……」



 普段の彼女らしからぬ口調。

 実際、ちょっと頑張ってる感はある。



 多分これは、俺を侵入者だと勘違いしているっぽい。



 魔法の扉から出てくるのは仲間しかいないんだから間違いようが無いんだけど、どこかに隠れていて、こちらの姿は見えてないんじゃないかな?



 恐らく気配だけで反応していると思われる。



 てか、どこにいるんだ?



 広間を見渡してみても、がらんとしているだけで何も無い。



 隠れる場所っていったら大広間隣に設置してある個室くらいしかないんだけどな。



 なんて思っていたら部屋の隅に怪しげな木箱を発見した。

 あまりに不自然。

 それに大きさ的にも人一人が丁度入れそうなくらいのものだ。



 こういうのゲームであったな。



 スネークな人に知らせる為、俺は木箱に近付いて話しかける。



「イリス。俺だ、俺」

「え……?」



 木箱が返事をした。

 するとすぐに木箱が持ち上がり、隙間から外を窺うぼんやりとした表情のイリスが現れた。



「あ……魔王様……」



 俺の顔を見つけるなり、彼女は顔を赤くした。

 モジモジしながら、そろりと出てくる。



 勘違いで演技してたのが恥ずかしかったらしい。



「何してんの? そんな所で……」

「え……いや……あの……姿が見えなくて、声だけの方が……侵入者の恐怖心を煽れるかなと思って……」



 彼女の顔は更に朱色を濃くする。



「それで……魔王様は、ここに何をしに?」

「ああ、今この温泉饅頭を皆に配って歩いてる最中でね」



「……!」



 手にしている温泉饅頭を見せると、彼女は刮目した。



「これを……私に?」

「うん」

「!」



 イリスの瞳が輝きを増す。



 そういえば彼女、食べ物に目が無いもんなあ。

 今も喉を鳴らして、待ち遠しそうにしている。



 なら、説明は後にしよう。



「はい、これはイリスの分」

「あ、ありがとうございます……!」



 饅頭を受け取った途端、彼女の顔は太陽のようにパァァッと明るくなった。



「いただきます」

「ああ」



 イリスは、はむはむと幸せそうに食べ始める。



 一口噛み締める度に感動している姿を見ると、こちらもあげた甲斐があるというもの。



 彼女は、あっという間にペロリと食べ終えてしまった。



「美味しかった……」



 虚空を見詰め、余韻に浸っている。



 じゃあ、そんなふうに落ち着いたところで、この温泉饅頭の効果について話しておこう。



 そう思って説明しようとした時だ。



 イリスから期待に満ちた視線が向けられていることに気付いた。

 それは多分……もっとくれるんじゃないか? というような視線だ。



「期待している所ですまないが、これは一個しかあげられないんだ」

「え……」



 途端、彼女はこの世の終わりを告げられたような絶望の表情を浮かべる。



 いやいや、そこまで落ち込むことないだろうよ!



「そんなに喜んでくれるなら、たくさんあげたいのは山々なんだけど、この饅頭を複数個食べた時の影響ってのが不確かだから、今の時点では控えておいた方が……」



「ううぅ……」



 イリスは瞳をうるうるとさせていた。



「ちなみにその饅頭は魔力を大幅に増大させる効果があるんだ。実際にプゥルゥ達やリリアはパワーアップに成功してる。結構強めの薬みたいなもんだから……さ?」



「それなら仕方が無いですね……うぅ……」



 納得の言葉を吐きながらも、とても残念そうにしている。



 そんな姿を見ていると、どうにも気持ちが甘い方へ揺らぐ。

 しかし、配下を危険な目に遭わせるわけにもいかない。



 毅然とした態度で対応しようと思っていた矢先だった。



「ふぇ……」

「?」



 イリスが唐突に息を吸い込むような声を漏らした。



 なんだ?



 そう思った直後、



「ふぇ……ふぇ……ふぇぷちっ!」



 くしゃみが出た。



 だが、それはただのくしゃみではなかった。



 彼女がくしゃみと共に吐き出した息は、キラキラと空気中の水分を瞬時に氷らせる。

 いわゆるダイヤモンドダストというやつだ。



 見れば彼女の足元の床がスケートリンクのように凍り付いていた。



 俺は鏡面のようになった床を見ながら思う。



 これって……氷竜フロストドラゴンが使う……アイスブレスじゃね?


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