第138話 鷹の目


 饅頭効果でリリアの目が良くなったらしい。



「良く見えるようになった……ってことは、元々目が悪かったのか?」

「いえ、視力は普通でした。今はとにかく眼球がギュンギュンいってて、何でも見通せそうな気すらします。それはもう魔王様の下着姿すら透視出来るくらいの勢いですよ。ぐっしっしっ……」



 そう言ってリリアは手で双眼鏡の形を作り、俺の方を見ながら笑う。



「セクハラ親父かっ!」



 と、突っ込んではみたものの、この世界の住人である彼女はセクハラという言葉自体知らないので、きょとんとしていた。



「まあいいや……とにかく饅頭の効果はちゃんと現れてるっぽいし」

「ほへー……これが、あのお饅頭の力なんですね……」



 彼女は感心したようにしながらも未だ双眼鏡モードのままだ。

 本当に透視出来てるんじゃないかと疑ってしまう。



「まさか本当に透視出来てるんじゃないだろうな?」

「残念ながら、見えそうで見えません」



 少し安堵。



「ってことは、単に視力が上がったってことでいい?」

「ええ、恐らくは」



「恐らく?」

「ここだと屋内なのでちょっと分かりにくいんですよ。でも、確かに尋常じゃない視力になっていることだけは分かります。だって、今立っている場所からダンジョンの壁肌の質感まで良く見えますから」



 この大広間、少なく見積もっても二百メートル四方はある。

 その中心から壁の表面の状態が見通せるなんて相当な視力だ。



「なら、地上に出て実際に確かめてみようじゃないか」

「そうですね。私も気になりますし」



「じゃあ、すぐに向かおう」

「はい」



 そんなわけで二人揃って地上へと向かった。



          ◇



 やって来たのは魔王城の上階。

 塔の天辺にある屋上だ。



 ここからなら死霊の森全体を見渡すことが出来る。



「どんな感じだい?」

「うはー……これは凄いですね……」



 リリアは俺の隣で景色を眺めながら唖然としていた。



「凄いって……どれくらい見えてるんだ?」

「そうですねえ……」



 そこでリリアは背後にある北の山の頂上に目を向ける。



「例えば、今あの山の頂上でイフドラが監視の仕事をサボって居眠りをしているってことくらいは分かります」



「マジで!?」



 それって視力が良いどころの話じゃないぞ。

 千里眼並みのスキルが身に付いたってことか?



 俺は試しに山の頂上に設置してあるメダマンを使ってイフドラの様子を確かめてみる。



 すると体を丸め、うつらうつらと頭を揺らしているイフドラの姿がコンソール上に映し出される。



 リリアの言う通りだった。



 どうやら本当に見えているらしい。

 とんでもない視力だな。



「おい、イフドラ」

『ん……んん……っんあ!? こ、これは魔王様! どうなすったんで?』



 彼は慌てたようにメダマンの位置を探し、カメラ目線になる。



「お前、今、寝てた?」

『も、ももっ、申し訳ありやせん!」



 彼は頭を地面に擦り付け、平謝りだった。



『これは言い訳になってしまいやすが……生まれたばかりの我が子の御守でまともな睡眠が取れない状況が続いてやして……』

「まあ、それは仕方が無いんじゃないか。落ち着くまではゴーレム達に監視を強化させるよ」



『なんという御慈悲。ありがとうございやす』

「それはそれでいいとして、今ちょっとだけ協力して欲しいことがあるんだけど、大丈夫?」



『それは勿論でございやす。何なりとお申し付けを』



 俺はリリアのことで、あることを思い付いていた。

 それだけの視力があるなら、その能力を生かさない手は無いと。



 彼女の持っている能力の中で、目の良さを最大限に生かせるようなものといったら……あれしかないだろう。



 そう、弓だ。



 魔弓に変化したことで弓矢の軌道も正確になった今、この視力と組み合わせれば、かなりの防衛力を発揮することだろう。



 試してみる価値は大いにある。

 問題は飛距離だ。



「じゃあ何か的になるようなものをイフドラの近くに置いてくれるかい?」

『え? 的で……ございやすか?』



 イフドラは要領を得ていないような返事をする。



「なんでもいいよ」

『はあ……では、こんな感じで……宜しいでございやすか?』



 イフドラは手頃なサイズの丸い岩を見つけてくると、それを自分の側に置いた。

 大きさにしたらフライパンくらいのサイズだ。



「リリア、直接目で見て、その的が見える?」

「あ、はい。しっかりと」



「そいつをリリアの弓で射抜けないかな?」

「この場所から……ですか?」



「もちろん」

「……」



 彼女は言い淀む。



「目標を捉えることは出来ますが……問題はあそこまで矢が届くかどうか」

「それを確かめたいんだ」



 彼女は少しだけ考え込んでいたが……。



「分かりました。やってみます。魔王様がくれた魔弓と魔の力があれば可能な気がしてきました」



 言うと彼女は弓を取り出し、矢を番える。

 狙うは北の山の頂上。



「イフドラ、なんか飛んで行くから結果を教えてくれ」

『え? なんかって……? 飛んで行く?? 何の話ですかい?』



 困惑するイフドラを他所に、リリアはキリキリと音を立てて弦を引き、狙いを絞る。



「行きます」



 次の瞬間、矢は放たれた。

 光の筋が山の頂上に向かってスッと伸びる。



 ――数秒後。



『ぬわっ!? な、なんだ!? 魔王様、こ、これは??』



 画面の中でイフドラの悲鳴と動揺の声が上がった。



「どんな感じだい?」

『え? あ、ええと……的の真ん中に突き刺さっておりやす』



 彼がカメラに向かって見せてくれた的の中心には、リリアが放った矢が確かに突き刺さっていた。



 その結果を見て、俺とリリアは顔を見合わせた。



 超遠距離から侵入者を正確に射貫く、狙撃者スナイパーの誕生である。




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