第137話 深淵に誘う魔の四角形


 俺が向かったのは第五階層の大広間。



 リリアを配置した場所だ。



 魔法の扉Ⅱを抜けた先に待っていたのは――、

 なんとも生活感溢れる光景だった。



 ベッドにチェストにテーブル、そしてドレッサーが、だだっ広い空間の真ん中にちょこんと設置されている。



 全部、レシピで作って各人に配布した家具類だが……。



 こういうのは自室に置いて欲しいんだけど!



 階層の端っこに自室用の小部屋を作っておいたと思うんだけどなあ。

 無駄なスペース多すぎだろ。



 これでは到底、侵入者を待ち構える中ボスの部屋には見えない。



 で、この場所を守る本人はどこに居るのかといえば……家具達の真ん中に置かれたコタツの中で頭だけ出して寝ていた。



「……」



 めちゃめちゃ寛いでるやん!



 小麦色の肌をしたダークエルフの口元には薄ら光るものも窺える。



 なんだろう、この緊張感の無さは……。

 つい最近まで勇者だったとは思えないな……。



 ちなみにこのコタツもレシピで作ったものだ。



 このダンジョン、温泉が出るくらいだから比較的、地熱で温かいのだが……。

 そこは地下、場所によってはかなり温度が低い所もあって、電源いらずで温かくなるこのコタツは皆、重宝しているようだ。



 と、それは置いといて、リリアだ。



 滅多に敵は来ないとはいえ、こんな状態はどうかと思うので。



 俺はコタツに近付き、彼女の肩を揺する。



「おい、リリア」

「むにゃむにゃ……姉様……むにゃむにゃ……」



「姉様……?」



 なるほど、そうか。

 エルフの村の皆が解放されて、やっと心から安心出来たというか、気を張らなくて済むようになったんだろうな。



 なら、もう少し寝かせおいてやるか……。



 そう思って立ち上がった時だった。



「んん……あれ? 魔王様? どうしてここに……?」



 どうやら起きてしまったようだ。

 彼女は目を擦りながら、半身を起こす。



「ちょっと見回りにね」

「へえ……そうなんですか。大変ですね……。では私は……むにゃむにゃ」



「おいぃ!? 二度寝すんな!」



 ちょっと気を遣ったことが、どうでもよくなるくらいのだらけっぷりだったので、叩き起こすことにした。



 コタツ机に突っ伏し、再び寝息を立て始めた彼女の襟首を掴んで身を起こす。



「ふぇ……? 何です? まだ何か?」

「あのさ、この場所、もうちょっとボス部屋っぽくしようよ。これじゃ侵入者が来ても立ち向かえないでしょ?」



「あー……そうですね。魔王様の言葉に従いたい気持ちは充分にあるんですが……なんていうか……やる気が出ないというか……眠いというか……ぐがー」



「言ってる側から寝んなっ!」



 しかも、さっきより爆睡してるぞ?

 なんだこれ……いくら眠いっていってもさすがに変だぞ……。



 これって、もしかして……。



 俺は彼女が入っているコタツに目が行く。



「こいつのせいか!」



 いつもの事だから、ただのコタツじゃない可能性は充分高い。

 例えば、中に入った者に強烈な睡眠作用をもたらし、この場から逃れさせない吸着トラップってこともある。



 ならば、こうだ。



 俺はリリアの脇の下に腕を入れると、そのままコタツから引き抜いた。



「ひっ!?」



 途端、彼女は目を見開き、体を寒さでぶるっと震わせる。

 明らかに目が覚めたといった感じだ。



「あ、あれ? 私は何を……?」



 彼女は何が起こったのか分からず、きょとんとしていた。



「魔王様に貰った家具を自室に入れる前に、広い所に出して配置を考えていたんですよ。そしたらコタツが目に入って。暖かそうだから、ちょっと試しに……って足を入れたら急に眠気が襲ってきて……どう頑張っても起きられなくなっちゃったんですよねえ……」



 やっぱり、コタツのせいだった!



 このアイテム、家具でありながらも罠としても使えるっぽい。

 危険だから、皆に配布したやつは回収しておこう。



「見回りに来といて正解だったな」

「ですね……このまま私は食事も取れず、ここで干からびていたかもしれません。魔王様のお陰で助かりました。ありがとうございます」



「まあ、無事で何より」



「あ、そうでした」

「?」



 リリアは思い出したように気を付けをする。



「魔王様にお礼を言わなければいけないのでした。ラデスでの一件、仲間の皆を救って下さり、ありがとうございました」




 彼女は跪き、深く頭を垂れた。



「そういう約束だったからな」

「はい……」



 顔を上げた彼女は穏やかな笑みを見せた。



「そうそう、見回りついでに皆にこれを配っているところなんだ」



 俺はそう言って温泉饅頭を彼女へ差し出す。



「これは何です?」

「温泉饅頭といって、どうやら食べると魔力が強化されるらしい。ちなみにパールゥは喋れるようになった」



 プゥルゥは……良く分かんないけど……。



「わあ、凄いものなんですね。これを私に?」

「ああ、食べる価値はあると思うよ。強化効果だけじゃなくて、普通に美味しいらしいし。いる?」



「是非、是非」



 リリアは二度頷くと、それを受け取る。



「では、いっただっきまーす」



 小さな口で一囓り。



「うっ……!?」



 途端、彼女は苦しそうに胸を押さえた。



「どうした!?」

「うまいっ!」



「ベタなギャグをすんな!」

「いやあ、これ本当に美味しいですよ。はむはむ……あーもう無くなっちゃった。って、うおぉぉぉぉぁああっ!?」



「今度は何だよっ!?」



 リリアは顔に手をやりながら叫ぶ。



「目……目が……目がぁっ!」

「目がどうした??」



「良く見えます」

「……」



 どうやら饅頭効果で視力がアップしたらしい。


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