第125話 黒い影


 俺は瞬足くんに命じ、麻痺毒でラデス皇帝の動きを封じていた。



 これからどうしようかと思案していた時、それは起こった。



 月明かりが差し込んだ部屋で、唐突に一本の太い影が伸び始めたのだ。



 だが、この部屋には皇帝と瞬足くん以外は存在していない。



 誰のものでもないが、瞬足くんの足元でゆらゆらと蠢く。



 なんだ、これ?



 そう思った直後だった。



 影の中から、まるで死神が持っていそうな大鎌がニュッと伸びたのだ。



 次の瞬間には、大鎌の刃が瞬足くんの首元にかかっていた。



「瞬足くん!」



 言うと、彼は反射的に屈んだ。



 ブンッ



 大鎌が空を切る。



 避けた体勢のまま魔剣を抜くと、すかさず目の前の影を突き刺した。



 仕留めた!? と思ったのだが、全く手応え無し。



 どうやら影にはダメージを与えられないらしい。



 大鎌はシュッと影の中に姿を消し、室内にある調度品の影から影へと移動を始める。



 窓辺に差し込む月明かり以外、室内はほぼ闇。

 この場は相手が優位のフィールドと言ってもいい。



 だが、闇の中を何かが蠢く気配だけは感じ取れる。



 恐らく瞬足くんの素早さがあれば、攻撃を受けてからでも間に合うはず。

 ならば、今度はアレを狙う。



 瞬足くんをその場に立たせ、周囲の気配と音に集中させる。



 気配が床の隅を走り、天井を伝って、背後の壁に回り込む。



 そこで再び、大鎌が姿を現した。



 弧を描いた刃が瞬足くんの胴体を掻き切る。



 が、彼の姿は残像のようにフッと消えた。



「!?」



 大鎌が動揺したように震える。



 刹那――、



 カランッカランッ



 金属の響きと共に、大鎌の刃先が床の上に転がっていた。



 瞬足くんが持ち前の素早さで回り込み、大鎌の柄から先を断ち切ったのだ。



 聖具をも両断してしまう切れ味……。

 アイテムボックスで熟成した魔剣すげー。



 そんな中、壁からは金属の柄だけが虚しく突き出ていた。



「さて、これで武器が無くなったけど、どうする?」



 俺は壁に向かってそう尋ねる。



 大鎌以外にも攻撃方法があるならば、何か仕掛けてくるはずだが……。



 そのまま暫く待っていると、壁を埋め尽くす闇の中からそろりと人影が現れる。



 それは思いの外、小柄な少女だった。



 年齢にしたら十二、三。

 腰まである長い黒髪に、黒の衣服、そして目の下にはパンダのように黒い隈があった。

 しかし、顔立ちは非常に整っていて、どこか品もある。



 そんな全身黒ずくめの中で目立つのは白銀の小さな胸当て。

 この装備は何度か目にしたことがあるから分かる。



 勇者か。



 そうやって少女の姿を観察していると、彼女はゆっくりと口を開く。



「クククク……見事だったのじゃ……」



 少女は肩で笑っていた。少し不気味な雰囲気さえある。



 って、まさかの〝のじゃロリ〟っ子か。



 彼女は尚も続ける。



「妾の攻撃がこうも簡単に無力化されてしまうとは…………感激なのじゃ!」



 か……感激??



「その威厳ある声も聞き惚れてしまう……」



 こ……声??



 思いも寄らない単語が出てきて戸惑う。

 それに色白の頬が、何故だかピンク色に染まっている気がする。



 するとそこで、床の上で動けなくなっていたラデス皇帝が、痺れた体でなんとか口を開く。



「おお……ラウラよ……いてくれたのか」



 どうやら少女の名前はラウラというらしい。

 それに対し彼女は、冷めた目で見下ろす。



「惨めな姿じゃのう、父上よ」



「ち……父上っ!?」



 あまりの驚きに思わず復唱してしまった。

 すると彼女は、こちらに向き直り、改めて名乗る。



「妾の名はラウラ。ラデス帝国の姫じゃ」


「……」



 まさか、この黒ずくめの少女が帝国の姫とは思わなかった……。

 しかも、この国の姫は勇者でもあるのか……。



 そんな中、皇帝がラウラに向かって投げ掛ける。



「ラウラよ……奴から……私を全力で守れ」



 その言い方は娘に対するものとしては、かなり尊大なものだ。

 これに当の姫はこう答えた。



「断るのじゃ」

「なっ……何を言っているのだ……? 私の言うことが聞けぬというのか!」



 皇帝は困惑していた。



 実の娘の反応とは思えないものだからな……。



 彼女は父親に向かって蔑むような視線を送る。

 そして、瞬足くんに対してこう頼んできた。



「そなたと込み入った話がしたい。暫し、父上を静かにさせてもらえないじゃろうか?」



 静かにさせろ!? ……って、随分とドライな娘だな……。

 そういう事を平然と頼んでくる彼女の話というのも気になる。



「別に構わないけど」



 そう言うと、黒板消しを皇帝の顔に押し当てた。



「!? っぐ……」



 それで皇帝は、すぐに白目を剥いて気絶した。



 室内が静かになると、ラウラが切望するような眼差しをこちらに向けてくる。



 そして――、



「待っておった……待っておったぞ……そなたのような強き者を」



「は?」



 想像していたものとは違う言葉が投げ掛けられ、俺は目を丸くした。


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