第123話 ラデス皇帝


 ピコピコハンマーを使って、小隊長クラスとも思えるそこそこの兵士にエルフ達の救出を任せた瞬足くんは、その足でラデス帝国の中枢である城を目指していた。



 城は街並みから少し離れた北側の高台に建っている。

 まるで町を見下ろすような形だ。



 瞬足くんは持ち前の素早さと、ゾンビであるが故の気配の少なさで、難無く城壁の袂に辿り着いていた。



 さすがに正面から行くと見つかりそうなので、正門からやや離れた場所から城壁を駆け上がる。



 高い位置まで登ると城内の様子が一目瞭然だった。



「建物の配置はリリアに教えて貰った通りだな。となると、皇帝がいるのはあの上か」



 城内で一際目立つ、塔のように大きな中心的建物。

 皇帝の居室はその奥にあるという。



 今の時分、寝室でぐっすりと眠っていることだろう。



 で、どこから入るかだが……。



 無論、建物の入り口には衛兵。

 周囲の尖塔や物見台にも多数の兵士が立っている。

 城外以上に厳重な警備だ。



 改めて建物を見回す。



 ん……あそこから行けるか。



 建物の上階に外に迫り出したテラスが見える。

 真下が広場になっていることから、恐らくそこに集めた兵士達に威光を示したりする為のテラスなのだろう。



 あんな高い場所から直接侵入するような奴はそうそういない。

 警備などもいなそうだ。



「瞬足くん、あのテラスまで登れるかい?」

「グゲェ」



 快い(?)返事が返ってくる。

 頼もしいね。



「じゃあ頼むよ」

「グゲゲェ」



 答えた彼は行動に移る。



 城壁から飛び降りると、まるで忍者のような足取りで建物に近付く。

 警備兵から死角になっている壁に張り付くと、そこから一気に建物を駆け上がる。



 あっという間にテラスの上に降り立っていた。

 安定の仕事っぷりである。



 テラスの上からの景色は中々のものだった。

 城内だけでなく、帝都が眼下に広がっているのが良く見える。

 それどころか町を囲う石壁の外まで充分に見渡せた。



 この眺めは敵が攻めて来たりとかした時に相手の様子が把握し易いなあ。



 なんて感心していると……。

 景色が俺にインスピレーションを与えた。



「ん……この位置……使えるかも」



 ちょっと、いいこと思い付いちゃった。



 早速、瞬足くんに指示を出し、テラスの上で荷物を探らせる。



 取り出したアイテムを床の上に並べてゴソゴソとやっていると、それを見ていたアイルが不思議そうに尋ねてきた。



「何をやらせてるんです?」

「ちょっとした仕掛けをね」



「こんな場所にですか?」

「まあね、内容は、あとのお楽しみってことで」

「は、はあ……」



 モヤモヤした表情の彼女を他所に、事を進める。

 とはいっても、そんなに時間はかからない。



 すぐに準備を終えると、瞬足くんを室内へと踏み入らせる。



 テラスから最初に入った場所は控えの間のような感じで、今は特に誰もいないようだった。



 リリアから聞いた城内の地図は大体、頭の中に入っている。

 皇帝の寝室は更に奥のはず。



 そこへ向かう為、通路へと出る。

 すると、いきなり目の前に衛兵が立っていた。



「おっ」

「っ!? なんだ貴様っ」



 こっちもビビったが。

 相手もびっくりしたようだ。



 いきなり誰もいないはずの部屋から兵士(の格好をした瞬足くん)が出てきたのだから。



「いつ中に入った? 所属を言え!」

「所属ねえ……また会うことがあったら教えてあげるよ」



「何を言って……っ!?」



 しゃべっている途中で衛兵の顔に黒板消しを押し当てる。

 一瞬で彼はどこかへトリップしたように崩れ落ちた。



 最早、麻痺毒は必需品だね。



 その後も黒板消しを駆使して通路を進み、ようやく一つの扉の前へと辿り着く。



 扉の両端に立っていた衛兵二人も、例の如く黒板消しでパフパフ。

 沈黙頂いた。



 目の前の扉には豪奢な装飾が施されている。

 恐らく、ここが皇帝の寝室だ。



 瞬足くんはそっと扉に手を触れると、音を立てないように開けた。



 中に入ると、広い室内の床一面に刺繍の施された絨毯が敷き詰められている光景が視界に入ってくる。

 その部屋の真ん中に天蓋付きのベッドが置かれていた。



 だが、そのベッドの上に人の姿は無い。



 ここにはいないのか?



 そう思った直後だった。



「なんのつもりだ?」



 瞬足くんの背後で男の声がした。

 ついでにスチャという金属の擦れる音から推測するに、背中に向けて剣を突き付けられている。



 そろりと体を反転させ、向き直ると、剣を突き付けてきた人物の姿が視界に映る。



 それは寝巻姿ではあるが、目の奥に強い眼光を蓄えた、中老の男だった。



 多分……というか、確実にこいつが皇帝だ。

 それだけのオーラが画面からでも滲み出ている。



 さすがに皇帝ともなると、一味違うな。

 衛兵が倒れる気配を事前に察知したようだ。



 ラデス皇帝は剣先を瞬足くんの胸に向け、問うてくる。



「謀反でも起こそうというのか?」



 瞬足くんは今、一般兵の格好だ。

 普通に考えたら自国の兵士が皇帝の寝込みを襲いに来たと映るのが当然の流れ。



 それがちょっと面白かったので、思わず少しだけ笑ってしまった。



「ふっ……」

「?」



 そこで皇帝は、そうではないと悟ったらしい。



「貴様……何者だ?」



「何者か……」



 どうしようか?

 聞かれるまで考えてなかった。



 元勇者のゾンビですって素直に言う訳にもいかないし、魔王だ! っていうのもちょっと違うし。そうだな……。



「まあ、敢えて言うなら……〝魔王代理〟ってとこかな?」



「なっ……ま、魔王だと!?」



 その名を耳にした途端、皇帝は驚愕し、目を見開いていた。


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