第122話 ピコピコハンマー
「な、なんだ……? その得体の知れないハンマーのようなものは……」
赤肩の兵士は、瞬足くんが取り出したピコピコハンマーの見た目に困惑していた。
「そっちが抜いたから、こっちも抜いたまでだ」
「な……」
兜で表情は分からないが、彼は「それで戦う気なのか?」みたいな様子でこちらを窺っている。
それもそうだろう。
腰には結構立派な元聖剣(今は魔剣)がぶら下がってるのにも拘わらず、見るからに殺傷能力があるとは思えない物を持ち出してきたのだから。
「貴様っ……」
赤肩は剣の握りに力が籠もる。
今更だか完全に敵と判断されたらしい。
彼はバイザーを跳ね上げ、その隙間に指を差し入れる。
どうやら指笛で増援を呼ぶつもりだ。
大勢になると、少々厄介なことになる。
そうなる前に、止めさせないとな。
「瞬足くん」
「グゲェェ」
特に詳しくは説明していないが、それだけで彼に俺の意志は伝わったようだ。
ゾンビでも成長するのか?
ともあれ、瞬足くんは高速で赤肩の背後に回り込んだ。
「っ!?」
相手にとっては一瞬で消えたように見えたに違いない。
赤肩が再び瞬足くんの姿を捉えるよりも先に、彼の脳天にピコピコハンマーが叩き付けられる。
ピコ
ハンマーに取り付けられている空気笛が情けない音を奏でた。
「うわっあっ!? って、え? え??」
急に背後から頭を叩かれたもんだから、赤肩は驚いて飛び退いた。
「い、いつの間に後ろに!?」
ピコピコハンマーを持って立つ瞬足くんにビビりながらも、彼は再び指笛を鳴らそうとする。
だが――、
「って……あれ? くっ……何でだ? 手が思うように動かない……!」
彼は必死に口元へ指を持って行こうとするが、逆に手が顔から離れて行くばかりで一向に指笛が吹けないでいた。
それは見えない力に必死に抗っているようにも見える。
「くっ……くそっ……! 貴様っ、俺に何をしたっ!」
どうやら彼は、自身の動作が思うように行かない原因が、さっきピコピコハンマーで叩かれたことにあると気付いたようだった。
だが、理由を教える訳にはいかない。
その時点で充分な効果が得られなくなってしまうからだ。
前に歩こうと思ったら、後ろに歩いてしまうということだ。
今、目の前ので起きていることは、
指笛を吹きたい → 指笛を吹きたくない
ってことになる。
だから、彼が吹こうと思えば思うほど、余計に吹けないという訳だ。
「ふむ……初めて使ってみたけど、これは案外使えるかもな」
いつもいつも
だったら、あれも行けるかもしれない。
試してみよう。
「おい」
「なんだ?」
「指笛が吹けないからって、大声を出して増援を呼ぶなよ? ぜぇーったいに呼ぶなよ?」
「んん? はははっ、なんだ、今になって命乞いか? 馬鹿め、そんな言葉に素直に応じるわけがなかろう。後で拷問にかけて洗いざらい吐いてもらうから覚悟しておけ」
赤肩は俺の言葉を真に受けたようで、急に気持ちが大きくなったようだった。
お気楽な奴め。
「残念だったな。今、兵を呼んでやる。お――――――」
彼は大きく息を吸い込んだまま固まってしまった。
「?? おっ――――? お――!?」
何度も試みるが声が出ないようだ。
「っぷはぁっ! な、何故だ!? 何故、大きな声が出せない??」
彼の様子を見て俺は確信する。
これは決まりだな。
正反対の行動が有効になる範囲……結構広いかもしれない。
なら、ここで例の問題を解決してしまおう。
「おい」
「な……なんだ! いちいち呼ぶな!」
俺が声を掛けると、彼がビクッと体を震わせる。
さっきよりちょっと警戒してるのが面白い。
「捕らわれているエルフ達を解放しろ」
「はあ? そんな事、聞き入れるわけがないだろ! ふざけ――っうぇ!?」
赤肩は言葉とは裏腹にどこかに向かって歩き始めていた。
「ちょっ、なんだこれ!? 待て! 俺はそっちに行きたくないのに、足が勝手に!?」
「ついでに、そのエルフ達を安全な郊外まで誘導しといてくれ」
「っは!? ふざけんな! 俺は絶対にそんなこと……しないからなっ!」
そんな悪態を吐きながら、城の方に向かって歩みを進める。
まるでツンデレだな……。
「あーそれと、帝国の人間に気付かれないよう内密に行ってね」
「だから、やらねえって言ってんだろ!」
やらないという思いが強いほど、実行力が増す。
結構、難易度高めの無茶苦茶な要望を出してみたけど、どこまで実現可能なのやら……。
とりあえず、ピコピコハンマーの力に期待しよう。
そんな中、
「……っざけんな! こらぁっ!」
赤肩の声が次第に遠ざかって行くのだった。
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