第121話 エルフの行方


 瞬足くんが麻袋から取り出したのは二つの黒板消しだった。



 それを一度見たことがあるアイルは、



「あっ、あれは……」



 と声を漏らした。

 言わずもがな、麻痺毒の粉を撒き散らすアイテムだ。



「どうするんです?」

「ちょっと変わった使い方を思い付いたんで、それをやってみようかと」



 俺は瞬足くんに指示を出し、そいつを両手に持たせた。



 黒板消しダブル装着モードである。



 ゾンビがそんな物を持っていると、なんともシュールな絵面だが、見た目より効果を発揮してくれるはずだ。



「よし、瞬足くん。行動開始だ!」

「グゲェ」



 命令を受けて彼は動き出した。



 高速で垂直の壁を一気に駆け上がると、目の前で居眠りをしていた兵士の顔に黒板消しを押し当てる。



 パフッ



 それで白い粉が飛び散り、兵士は眠りから覚めることなくその場に崩れ落ちた。

 かなりの即効性だ。



「ん? 何の音だ?」



 物音に気付いて、すぐに両隣の兵士二人が近付いてくる。



 瞬足くんは持ち前の素早い動きで兵士の背後に回り込み、後ろから――



 パフッ

 パフッ



 二連続で顔面にお見舞いする。



 彼らは瞬足くんの姿に気付くこと無く、白目を剥いて足元に転がった。



 よし。あっという間に三人を無力化出来たぞ。

 罠っぽく落下させるだけじゃなくて、こういう使い方もアリだな。



 ちなみに瞬足くんはゾンビなので、舞った粉を吸い込んでも影響は無い。

 便利だね。



 そのまま彼は麻痺している兵士を物陰に隠すと、その内の一人から装備を剥ぎ取って自身で着込む。



 軽量アーマーにフルフェィスの兜付きだから、これで面が割れることもないだろう。



 見た目が整ったところで石壁の内側に飛び降りる。



 これで帝都内に侵入成功だ。

 拍子抜けするくらい、あっさりと入れたぞ。



 で、辺りの様子はというと……。



 夜も遅いので真っ暗だ。

 町らしく家々が建ち並んでいるのは分かるが、それ以上は把握出来ない。

 ただ、どことなく町全体から閉塞感のようなものを覚える。



 見回りの兵士の灯りが常に通りを行き交っているし、所々に監視兵が立っている。



 普段からこんな感じじゃ、住んでる人間も息苦しいだろうな。



 と、ゆっくりしている場合じゃなかった。

 エルフ達が捕らわれている場所を特定しないと。



 せっかく変装してる訳だから、それを利用しない手はない。

 直接聞いた方が早いだろう。



 そんな訳で辺りで情報が得られそうな人物を探す。



 見回りをしている下っ端兵士では、エルフ達が町に入ったことは見ていたかもしれないが、どこへ連れて行かれたかまでは知らないだろう。



 となると、それなりの地位にある者に聞いた方がいい。



 それを鑑みて探すと、通りの角に兵士の詰め所みたいな建物があって、その中に他の一般兵と少し違う形の鎧を身に付けた兵士を発見した。

 肩のアーマーに赤いラインが入っていて、兜もやや装飾が多いように見える。



 あれは明らかに他の兵士とは違うな。

 隊長クラスって感じか。しかも今は一人みたいだ。



 よし、あいつに聞いてみよう。

 もし何かあっても、元勇者である瞬足くんの方が断然強いだろうから問題は無い。



 ということで、その隊長っぽい兵士を仮に赤肩と呼ぶことにして、奴がいる詰め所に向かわせてみた。



 瞬足くんが近付くと、赤肩はすぐにこちらに気付いた。



「ん? なんだ貴様は。持ち場はどうした?」



 はいはい、来ましたよ。予定通りの反応が。



 今、瞬足くんが着ている装備は石壁上の監視に就いていた兵士のものだ。

 だから、そいつに成り済まして事を進めるのが一番適当かと思われる。



 そんな訳でメダマンの音声出力機能を使って、俺の声で相手に伝えようとした時だった。



「グゲェェ……」



 瞬足くんが、そんな声を漏らしてしまった。



「グゲェェ? なんだそれは? 貴様、ふざけてるのか!」



 兜の中で表情は分からないが、その声色で相手が怒っているのが分かる。



 やばっ……不審に思われちゃったじゃないか。



 俺は慌てて、代わりにしゃべる。



「すみません、決してふざけてなど」

「ん……」



 急に出た明瞭な声に、赤肩は少し驚いた様子を見せる。



「そうか? そう言う割には、さっきから姿勢が悪く、フラフラしている。俺にはふざけているようにしか見えないのだが?」


「……」



 ゾンビである瞬足くんは基本猫背である。

 そして、死体が無理に立っているせいなのか何なのか、理由は良く分からないが、普段から落ち着き無くフラフラとしているのが特徴だ。

 だから規律正しい兵士達の中に混ざると、ちょっと目立ってしまう。



「あー……決してそういう訳では。ただ少し体調が優れないので、そのせいかもしれません」

「帝国兵士とあろう者が体調管理が出来ていないとはけしからん!」

「はあ……」



 この職場、絶対ブラックだろ……。

 絶対、務めたくないわー。



「それに、その背負っている異様にデカい荷物はなんだ?」

「ああ、これですか。侵入者を捕らえたので中に」



「袋の中にか!?」

「ええ、子供でしたので。獣のように暴れるので、このような形の方が都合が良いかと思いまして」



「なるほど、ということは先程のグゲェェとか言うおかしな声は、その袋の中からしたものか」

「多分そうだと思います」



 赤肩はそれで納得したような素振りを見せた。



「で、この侵入者はどちらの牢に拘留しましょう?」

「城の地下にある第二監獄がいいだろう。今はそこにエルフ共が投獄されているが、奥に一つ空きがあったはずだ」



 城の地下か。

 場所を知ってたようでラッキー。



「ありがとうございます。では早速……」



 そう言って踵を返した時だった。



「やはり貴様、怪しいな」



 背後からそう投げ掛けられた。

 瞬足くんを振り向かせる。



「どういう意味です?」

「我が国では侵入者は即、殺処分と決まっている。それを知らない兵士などいない」



 なんだよ、そんな野蛮な決まりがあるのか。



「何者だ? 正体を見せろ」



 赤肩は腰の剣を抜き放つ。



 面倒なことになったな。

 でも、まあいい。

 丁度、試したいことがあったんだ。



 それをこいつで実験してみよう。

 結果次第では、それの方が上手く行く。



「それじゃ、こっちも出しますか」

「?」



 瞬足くんは麻袋を降ろすと、中からプラスチックで出来た棒状の物を取り出す。



 それは真っ赤なピコピコハンマーだった。




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