第89話 訪問者


 何者かが魔王城の城門前に現れた!



 ということで、風呂の途中だったが、俺は急いでアイル及び四天王達を玉座の間へと集合させた。



「何か火急のご用件でございましょうか?」



 俺の様子を察したアイルがそう尋ねてきた。



「うん、侵入者だ」

「!?」



 アイルを含め、他の者達も目を見張る。



「しかも、もう城の前まで来てる」



「「「ええーっ!?」」」



 事情を先に知っていたプゥルゥを除いて、驚きの声を上げる。



 するとキャスパーが、信じられないといった様子で呟く。



「あの恐ろしいほどに過剰な……いや、強固な防衛網を突破してきた者がいるというのですか……」



「まあ、実際に来てるんだから、そうなんだと思う」

「……」



 彼は言葉が出ないようだった。



 そこでアイルが真面目な顔で聞いてくる。



「勇者でしょうか?」



「それが良く分からないんだよね。だから皆の意見も聞きたいと思って。とりあえず、カメラの映像を見てもらえるかな」



 そう言って俺はコンソールを操作し、スクリーンを表示させる。



 するとそこには――少女のドアップが映っていた。



「……!?」



 唐突に現れた予想外の映像に皆、困惑の色を見せる。



 映像に映っている少女は、瞳を近付けてカメラのレンズを覗き込むような仕草を見せていた。



「こ、これ……完全に目玉コウモリの存在に気付いてますね……」



 アイルが呆然としながら言う。



 メダマンには擬態能力がある。

 そうそう見破れるものではないはずなのだが……現にその少女は訝しげにメダマンを探っているように見える。



 すると、少女はカメラから一旦、身を引き、考える素振りを見せる。



 それでようやく容姿の全体像が把握出来るようになった。



 歳の頃にしたら十二、三歳。

 鮮やかな金髪に色白の肌。

 細身ですらっとしているが、背の高さはそれほど高くない。

 背中に大きな弓を背負い、白銀の胸当てをしている。



 その中で目立って特徴的だったのは、両耳がツンと尖っていたことだった。



「もしや……エルフ?」



 この世界にエルフというものが存在しているのなら……って話だけど。



「この風貌、確かにエルフですね」



 キャスパーがそう言う。

 どうやら当たりだったらしい。



 でも、エルフがどうしてこんな場所に?



 目に付くのは白銀の胸当て。

 そして大層な大弓。



 考えられる理由は恐らく――。



「彼女も……勇者とか?」



 するとキャスパーが頷く。



「あの白銀の胸当て、そして聖弓と思しき大弓……その可能性は高いかと」



 やっぱそうなるか……。



 しかし、人間以外の種族でも勇者っているんだな。

 それに勇者といえば聖剣! って感じだけど、それだけではないらしい。



「やはり、勇者を見分けるには白銀の装備が妥当なのかな?」



「魔法が付与されている装備を身に付けると、勇者が持つ元来の力に反応して白銀に輝くと言われております。一応の目安にはなりますが、やはり一番の決め手となるのは聖具でしょう」



「聖具って……聖剣や、その聖弓みたいな武器のこと?」

「ええ、それらは勇者しか持ち得ない武器。勇者は皆、その聖具を持って生まれてくると言われております」



 持ってって……どうやって生まれてくるんだ!?

 赤ちゃんが聖剣持って生まれてきたら、母親が大変なことになりそうだけど?



「聖具は赤子のうちは体内に。個人差はありますが、十を超える歳になると体内から現世界に現出するということらしいです」

「ほう」



 なるほど、そういうことね。



 聖具は他の武器と違って、明らかに違う空気を放ってるというか……キラッキラッしてるので、普通で無いことはすぐに気が付く。



 で、この少女が勇者らしいってことは分かったけど、どうやってあの罠の中を抜けてきたのかが分からない。



 勇者アレクに瞬足スキルがあったように、この少女にも特殊なスキルがあってもおかしくはない。



 それが、ここまで入り込むことが出来た理由になる可能性はあるな。



 とにかく、相手を知らなければ対策の立てようが無いので、その辺の情報を集めなくては。



 その情報の一つとして、目に付いたものがある。

 少女の胸当てに剣を象った紋章が刻印されていたのだ。



 似たようなのは勇者アレクの時にも見たことがある。

 それはリゼル王国の紋章だったが……。



 ということは、少女のそれも何処かの国のものだろうか?



 そういうことは彼に聞くのが一番だろう。



「キャスパー、この紋章って何だか分かる?」



 スクリーン上を指差しながら尋ねた。



「それは恐らく、ここより南西の方角にあるラデス帝国のものですね」

「ラデス……ね。そこってどんな国だか分かる?」



「余り良い噂は聞きません」

「何か、やらかしてるの?」



「皇帝によって、かなり横暴な政治が行われているとか……」

「そう」



 俺はスクリーンに映る少女に目を向ける。



 そんな国の勇者にしては、随分とぼんやりした感じだよなー……。



 さっきからずっと門の前で城を見上げるばかりで、特に何をしてくるという訳でもないし。



 まず緊張感が感じられないし、余裕なのか、何も考えてないのか、物凄くフラットな印象を受ける。



 そんな彼女は再びメダマンのカメラを覗き込んでくる。



 そして、こう言った。



「もっし、もーし、どなたかいらっしゃいませんかー? 勇者ですけどー?」



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