第90話 対峙


「こんにちはー、勇者でーす! 滅びを届けに参りましたーっ」



 なんで宅配便みたくなってんだよ!



 俺は、城門前で朗らかに声を上げるエルフ勇者の映像を見ながら――、

 心の中で突っ込んだ。



 この勇者、緊張感が無さ過ぎる。



 というか、この行動の意味が分からない。



 魔王城を攻めるなら、そのまま黙って侵入する方法を探ればいいだけのこと。

 ここに来るまでだって、気付かれないようにやって来たわけだから、これからもそうすればいいのだ。



 なのにもかかわらず、わざわざ門前で自分が勇者だと名乗りを上げて、やって来たぞーと知らせている。



 彼女の目的が普通の勇者と同じ、魔王を倒すことだというのなら、この行動は一体なんのメリットがあるのだというのだろう?



「魔王様……いかが致しましょう? こちらから打って出ますか?」



 アイルが側で言ってくる。



「いや、それはいい。まずは彼女の能力や目的を探る方が先だ。無闇に出て行くことに得は無いよ」



「承知しました」



 とは言ってみたものの、何かを差し向けなければ相手の情報も探れない。



 どうしよう……。



 ここに来るまで無数のゴーレムが守りを固めていたはずだが、彼女はそれをすべてスルーしてきた。



 魔物リストを見ると実際、どのゴーレムも無傷で、今も稼働中だ。



 それならどうやってゴーレムの監視網を抜けてきたのか、この目で確認しておく必要がある。



 となると、おあつらえ向きの存在がいるな。



「アイル」

「はい、なんでしょう?」



「城門を開けてくれるか」

「はい、承知し……ええぇっ!?」



 アイルは瞠目した。

 四天王達も同様に。



「魔王様、勇者を中へ入れちゃうの?」



 シャルが心配そうに言ってくる。



「多分、開けなかったとしても入られてしまうと思う」

「え……」



「擬態してるメダマンに気付くような勇者だよ? それにすんなりここまで侵入できている所をみると、罠だって見破られている可能性が高い。そんな勇者が鉄格子一つくぐれないとは思えないけどな」



「……」



 四天王達は唖然とする。



「それに変に嗅ぎ回られるよりは、そっちの方がいいかなと思って。偽魔王と対峙してもらって様子を探ることもできるし」



「あ……以前、仰っていた偽魔王を倒して帰ってもらう作戦ですね?」

「まあね」



 それもあるけど、この勇者……なんだか気になる。

 普通ではない何かを感じる。



「では、門を開けます」



 アイルが指先で魔力を操作すると、鉄の城門が金属の擦れる嫌な音を立てて開いてゆく。



 勇者はというと、門が開いたことにやや戸惑いを見せていた。

 しかしすぐに引き締まった顔立ちになり、城の中へと足を踏み入れる。



 俺達は彼女の足取りを複数のカメラを切り替え、追っていた。



 偽魔王がいる旧玉座の間は、一階の最奥にある。



 これが最終ボスですよーみたいなのを演出するかのように、豪奢な絨毯が真っ直ぐに敷かれているので迷うことは無いだろう。



 その上を歩いて進めば、否が応でも玉座の間に辿り着く。



 早速、エントランスに入ってきた勇者は何故だかそこで立ち止まった。



「もしかして……」



 勇者の彼女が床の上をひょいっと飛び始めたのだ。



 さすがはエルフ、軽い身のこなし……って、感心してる場合じゃないな。

 やっぱ、思ってた通りだ。落とし穴の位置バレてる!



 どういう理屈でバレてるのかは分からないが、ここまで罠に嵌まらずやって来た理由がそこにあった。



 彼女はそのままスイスイ進み、とうとう旧玉座の間までやってきた。



 そして、広間に入った途端、彼女の意識を引き付けたのは偽魔王……ではなく、玉座の間の真ん中にドカッと置いてあるバスタブだった。



 そういえば……初めて作った時に、そこにずっと置いたままだった……。



 玉座の間にバスタブ。

 なんともミスマッチな絵面。



「ん? これって……何?」



 勇者は首を傾げた。



「ごほんっ」



 そんな彼女に向けて咳払いが飛ぶ。



 それでようやく彼女の意識が偽魔王へと移る。



 玉座に座る、魔王っぽい衣装をきたゴーレム。

 それが俺の分身。

 偽魔王だ。



「勇者よ、よくぞここまで来た。だが、貴様の命もここで終わりだ」



 と、よくありがちな魔王の台詞を吐く。



 演技指導した甲斐あって、なかなかの風格だ。



 さあ、彼女はどんな反応を示してくるだろうか?



 つぶさに見守っていると、勇者はゆっくりと口を開く。



「いいですよ、殺して下さい」



 は?



 俺は目が点になっていた。


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