第88話 手がかり


「ふぃー……」



 俺は幸せな吐息を漏らした。



 ここはダンジョン第一階層にある大浴場。



 新しい罠のテストと設置を終えた俺は、湯船に浸かり今日一日の疲れを癒していた。



 湯浴みの中でそういえば……と思出す。



 思いがけず魔黄石が手に入ったのはラッキーだったな。

 問題は残り二つの魔法石をどうやって探すかだが……。



 魔王が誕生する地には資源が豊富に存在すると前に聞いたことがある。

 恐らく、残り二つの魔法石も、ここよりそう遠くない場所にある可能性が高い。



 魔黄石は大地のエネルギー……いわゆる土の魔力を凝縮したもの。

 一番最初に手に入れた魔紅石は火の魔力が結晶化したものだった。



 残り二つの魔法石は魔蒼石と魔碧石。



 その字面から判断するに……多分、魔蒼石は水の魔力が結晶化したものだろうな。

 となると、魔碧石は風の魔力か……。



 その辺りを手掛かりに考えて行くと見つかるかもしれない。



 魔蒼石だったら、長い間、豊富な水を湛え、魔力を蓄積し続けているようなエネルギースポット。



 例えば、波の立たない静かな湖とか?



 そんなことを考えながら風呂の湯を撫でる。



 すると、



 ブクブクブク……。



 俺の目の前で水中から何かが浮き上がってくる。



 それは一抱えほどある、丸くて、透明なもの。



 それだけで、すぐに分かってしまった。



 ザッパァッ



「ふぅー」



 水中から浮き上がり、息を吐いたそれは、プゥルゥだった。



「やあ、マオウさま」



 思いの外、爽やかに言ってくる。



「やあ……って、何してんの……」

「マオウさまが、おフロにはいってるってきいたからね。やってきたんだよ」



「その理由だと、俺が風呂に入る度に毎回やってくるみたいな感じに聞こえるんだけど?」

「そうだよ」



 即答だった。



「というか……ここ男湯なんだけど、そこの所、理解してる?」

「うん、わかってるよ。こんかいはダイジョウブ。ちゃんとミズギをきてきたからね」



「水着!?」



 どこからどう見ても……いつものつるんとした見た目のプゥルゥでしかない。



「どう? なかなかにあってるでしょ?」

「え……あ……うん」



 膜と一緒で、違いが分からない。

 ってか、見えない。

 まるで裸の王様の気分。



「というか、プゥルゥはそれでいいのかもしれないけど、俺は水着とか着てないんだけど?」

「きにしないからヘーキだよ」



 そういう問題か!



 まあ、でも彼女の前では然程、羞恥心を感じないのは確か。

 スライムだったら性差を超えた友情が生まれる予感。



「マオウさまとおフロに入るのが、さいきんのボクのしあわせポイントなんだ」



 プゥルゥは湯面にプカプカ浮きながら和んでいた。



 本人の言う通り幸せそうである。



 そんな彼女に、ついでだから聞いてみることにした。



「和んでるところ、なんだけど……一つ聞いていいかな?」

「ん、なあに?」



 彼女は浮きながらクルリと一回転して、こちらを向く。



「この辺りに湖ってあったりする?」



 すると彼女はちょっと考えるような素振りを見せる。



「みずうみ……みたいなのは、あるかな」

「みたいなの……?」



「うん、みたいなの」

「……」



 なんだそれは……。

 湖ほどではないが、池とか沼とかってことだろうか?



 でもそれなら、そう言うだろうしなあ。

 ともかく一度、確認してみる必要はありそうだ。



「その湖……みたいなのに今度、案内してもらってもいい?」

「うん、いいよ」



 あっさりと快諾してくれた。



 そんなに簡単に魔蒼石が見つかるとは思えないが、動かないことには何も始まらないからな。

 とにかく、やれる事からやって行こう。



 明日からの予定が決まったところで、俺は湯に身を委ねる。



 身も心も穏やかな気分に満たされてゆく。



 そんな最中に事は起こった。




 CAUTION!警戒




 コンソールがけたたましく警報を鳴らす。



「っ!?」



 なんだ、また侵入者か?

 いつも風呂入ってる時に来るのは狙ってるとしか思えない。



 俺はガバッとお湯から身を起こし、画面を確認する。



 警報の発信元は魔物リスト上のメダマン。

 ステータスは、



[侵入者発見]



 となっている。



 カメラが何者かを捉えたようだ。



 だが、問題はそのメダマンの設置場所。



〝城門前〟の表記がある。



 城門前……って、いつの間にそんな所まで侵入を許したんだ!?

 ゴーレム達や、偽四天王、罠だって絶賛稼働中だぞ?

 そこをどうやって……。



 俺が困惑していると、



「マオウさま、どうしたの?」



 プゥルゥが心配そうに聞いてくる。



「何者かが城の前まで来ている」

「ええっ!? あぶぉば……ばば……」



 彼女は驚きすぎて風呂で溺れそうになる。



 俺は彼女を拾い上げながら、コンソールを操作する。



「とにかく、カメラ映像を確認してみよう」

「う、うんっ」



 警報の上がっているメダマンの映像を開いてみる。



 風呂の上にスクリーンが広がり、夕方の城前の風景が映し出される。



 門塔の上部に取り付けられたカメラの為、俯瞰で分かりにくいが、確かに人らしき者が城門前に立っているのが分かる。



「これじゃ良く分かんないな……もっと正面のカメラは……っと、これが分かり易いか」



 門正面からの映像に切り替え、ズームアップする。



 すると、そこに映っていたのは――



 きょとんとした顔で佇む、あどけない少女だった。

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