第70話 魔王様
〈アイル視点〉
ここはダンジョン最下層。
第十層目に作られた新しい玉座の間。
その隣に程良い広さの部屋が設けられている。
そこがアイルに与えられた自室だった。
部屋にはテーブルとイス、そしてチェストとベッドがあるだけ。
やや殺風景だが、それらは皆、魔王様が作ってくれたものだ。
城にある元自分の部屋から持って来たものもいくつかあるが、この部屋はこれから新しく構築していこうと思っている。
そんな彼女は今、ベッドの上で寝そべり、ぼんやりとしていた。
白くて、さらりとしたシーツを手で撫で、にんまりと笑う。
――うふふ……魔王様が私の為に作って下さったもの。……柔らかい。
シーツに顔を埋めて息を吸い込む。
「すぅ……はぁ……」
そうしていると、なんだか心がとても落ち着く。
実際はそんなことはないのだけれど、魔王様の匂いがする気がするのだ。
そんな魔王様はというと……なんと、すぐ隣の部屋にいた。
玉座の間を作った際、魔王様は自身の部屋を設け、参謀であるアイルの部屋をその隣に作ってくれていたのだ。
近すぎて、ちょっとドキドキである。
アイルは隣の部屋にいる魔王様の気配を感じながら、少し前に起きた出来事を思い返していた。
自分の油断で勇者に掴まり、魔王様に助けてもらった時のことだ。
――あの時の魔王様……とても格好良かったなあ。
アイルはうっとりした表情を浮かべる。
すると、急にベッドの上で立ち上がり、良く分からないファイティングポーズを決める。
「俺の大切な人を傷付けた奴は許せねえ!」
あの時の魔王様のつもりで真似てみたが、ちょっと違う気もする。
でも、格好良いのは確か。
「うふふ……」
それをやったあと、嬉しくなってベッドの上で悶え転がる。
すると――、
急に頭の上がムズムズし始めた。
「何?」
まるで胸の中にある熱いものが体の中を通り抜けて、頭上から放出されるような感覚。
それが飛び出した時には、思わず、
「わふっ!?」
と叫んで、ベッドから転がり落ちてしまっていた。
頭を床にぶつけて星が飛んだような気さえした。
「いつつ……」
頭を擦りながら起き上がり、辺りを見回す。
でも、実際には何かが飛び出した様子はない。
「今のは……なんだったのでしょう?」
――もしかして、魔王様のことを思いすぎて頭が変になってしまったとか!?
そんなふうに魔王様を絶賛するアイルだが、初めて彼に出会った時は本当に驚いた。
魔王城を放棄するとか言い出したり、外への侵攻はしないとか言い出したり、想像していたことと違うことばかり。
でも、やっぱり魔王様は魔王様。
出会えるその日まで、ずっと持ち続けてきた感情は今も変わらない。
――魔王様と共にある。
それは、これからも同じ。
――生きる時も、死ぬ時も……。
首筋に手を当て、少し前まで傷があった場所を撫でる。
すると不意に部屋の扉がノックされた。
扉の向こう側にいる人。
それが誰かは、もう分かっている。
アイルはすぐに答えた。
「はーい、只今」
〈初級ダンジョン編 了〉
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