第69話 リサイクル


「大丈夫?」



 俺は地面の上で呆然としているアイルに向かってそう尋ねた。



 彼女の首筋を見ると、聖剣によって傷付けられた箇所から、僅かだが血が滲んでいる。



「何か手当てに使えそうな素材があればいいんだけど……」



 そう思ってアイテムボックスを探ろうとした時だ。



 ようやく我に返った彼女が、ハッとなって言ってくる。



「あ、大丈夫です。この程度の傷、一瞬で治りますから」



 そう言った側から、滲んでいた血がみるみる引いて行く。

 それに加え、肌に傷跡すら残っていなかった。



 その回復力の凄さに驚いていると、彼女は唐突にその場でひれ伏した。



「申し訳御座いません。私が油断していたばかりに……あのような失態を……。なんとお詫びを申してよいのやら……」



「そんなこと、気にしてないよ」


「……?」



 アイルはきょとんとした。



「アイルの身が無事であれば、それでいいんだから」

「魔王様……」



 彼女は、ぼんやりと俺のことを見詰めながら頬を染めた。



「しかし、勇者がまだ生きてたとは思わなかったよ。そういう点では俺の方が油断してた。そのせいでアイルを危険な目に遭わせてしまった訳だし」



「な、何を仰いますか。魔王様に非など一切ありません」

「そう言ってくれると救われるよ」



「魔王様……」



 アイルは、はにかんだ。



 彼女はああ言ってくれてるけど、俺の配慮が欠けていた。

 まだまだだな……。

 失敗をこれからに生かして行かないと……。



 慎重に慎重を重ね、

 念には念を入れ、

 注意深く、それでいて疑い深く、そして、

 もっと用心深くならないといけないな、うん。



「あの……魔王様……」



 そこでアイルは、どういう訳だか急にモジモジとし始める。



「ん? 何?」


「先程……魔王様が言ってらしたことなのですが……」

「?」



 先程っていつのことだろう?



「あの……勇者に対してのお言葉です。『俺の大切なものを傷付けた――』という感じの……あの……その……」



 彼女にしては珍しくモニョモニョとはっきりとしない言葉。



「ああ、あれね」

「そう、それです。その〝大切なもの〟って……」



「それは勿論、アイルのことだよ」


「……!?」



 彼女はそこで、逆上せたような火照った顔で体をふらつかせる。



「大切なもの……大切なもの……うふふ」



 そして不気味に笑った。



 確かに彼女は大切な仲間だけど、絶対これ勘違いしてるよな……。



「大丈夫……?」

「あっ……はい! なんともっ」



 彼女は慌てて取り繕うと、誤魔化すように別の話を振ってくる。



「そ、それはそうと、アレはどうなさるおつもりで?」



 彼女は側に転がっている勇者の死体に視線をやる。



「えっ? あ、そうだな……」



 俺は思う。

 あんな奴に墓を作ってやるほどの慈悲は無い。



 だからといって、このままにしておく訳にもいかない現実もある。



 と、そこで彼女が何か思い付いたようだ。



「私は木に吊して蛆の餌にするのが良いと思います。あのムカつく勇者に相応しい扱いかと。ぐふふ……」



 嫌な奴だけど、さすがにそれはなあ……。



 死霊の森に放置しておいたら、蛆だけじゃなく、ゾンビとかが寄ってきて、むしゃぶりつきそうだもんな……。



 そんな惨たらしい場面、見たくないし。



 ん? ……ゾンビ?



 そこで俺は閃いてしまった。



「いいこと思い付いた」


「え?」



 ぽやんとしているアイルはさておき、



「ちょっと、シャルを呼んできてくれないかい?」



 近くの木に設置してあるメダマンに向かって、そう頼む。



 すると、言われたメダマンは木から剥がれ落ち、魔王城に向かって地面を凄い速さで走って行った。




 ――数分後。




 メダマンがシャルを連れて戻ってきた。



「どうしたの? 魔王様」



 彼女は軽くスキップを踏みながら、ニコニコした様子でやってきた。



「聞きたいことがあってね。こいつのことなんだけど……」



 そう言って俺が視線で勇者の死体を示すと――。



「わっ!? 勇者!?」



 シャルはびっくりして腰を抜かしそうになっていた。



「な、なんでこんな所に? 落とし穴に落ちたんじゃないの?」

「まあ、色々あってね」



 説明を端折って本題に入る。



「この勇者の死体なんだけどさ……シャルの力でゾンビに出来ないかなあと思ってね」



「「ふぁっ!?」」



 アイルとシャルは二人揃って頓狂な声を上げた。



 そんなことは前代未聞なのだろう。

 かなりの動揺が窺える。



「ゆ……ゆゆ、勇者を……ゾンビに!?」

「可能かな?」



「で、できなくはないけど……どうして?」



 シャルは落ち着かない様子で聞いてくる。



「ほら、ゾンビにして忠実な下僕しもべにすれば、なにかと便利かなあ……なんて。元勇者だから、それなりの能力も持ってるだろうし、瞬足を生かした伝令役にも使えそう」



「は、はあ……」



「それにゾンビなら元の意識は全く無いんでしょ?」

「うん……ただの屍だしね」



「なら、大丈夫だと思うんだけど」

「……」



 シャルは言葉に詰まっていたが、アイルが思い付いたように声を上げる。



「さすがは魔王様、素晴らしいアイデアです! ボロボロになるまでこき使ってやろうという訳ですね。この勇者に相応しい仕事です」


「まあね」



 彼女は大賛成のようだ。

 問題は、勇者を自分の配下に加えなきゃいけなくなるシャルだが……。



「どうだろう?」

「魔王様がそう言うのなら……。それに、ちょっと面白そうな気がしてきたかも」



 シャルの顔にワクワクが現れ始めていた。



「そっか、ありがとう。じゃあお願いするよ」

「うん!」



「死体はあとで、シャルの指定する場所までゴーレムに運ばせるよ」

「はーい」



 彼女は元気良く返事をした。



「じゃあ、これで現場を見て回るのは終了。撤収する」



 そう告げて魔王城へと戻ろうとした時だ。



 ふと、足元に転がっている聖剣に目が行く。



 これ、拾っとくか……。

 何かに使えるかもしれないし。



 そう思った俺は、強欲の牙グリーディファングで聖剣を回収した。



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