第64話 裏切りの果てに
まさか……砕けただけのゴーレムに、これだけの力があるなんて思いも寄らなかった。
一瞬で勇者一行を全滅寸前まで追い込んでしまったぞ……。
でもこの状況、予定とは違うけど上手い方向に転ぶかもしれない。
現に生き残りの一人であるティアナの行動に変化が訪れ始めている。
彼女は焦った顔で周囲の惨状を確認すると、勇者に向かって吐き捨てる。
「こんなの……命がいくつあっても足りない。私は、この件から降りさせてもらうわ」
「なっ……」
言葉を詰まらせる勇者。
ここにきて最後の味方である彼女にまで離脱されては非常に困る。
それが表情に現れていた。
だが、そうなることは、これまでの彼女の言動から察すれば予測出来ること。
何よりも金が大事だが、危険を冒してまで手に入れるほどではない。
命あっての物種。
それがティアナの性格だからだ。
俺と同様に勇者もそれは理解していたようだった。
だからこそ、彼はそんな行動に出たのかもしれない。
勇者の口元が弛む。
聖剣の切っ先をティアナに向けたのだ。
「なんのつもり?」
勇者に剣を向けられた彼女は、静かに彼を睨み返す。
強い眼光で返されても勇者は変わらぬ態度で答える。
「俺は魔王を倒さなければならない。それにはまだお前の力が必要だということだ」
「あなたに必要でも、今の私にあなたは必要ないわ。必要なのはお金だけ。それも死んでしまったら意味がなくなるじゃない」
「まるで死ぬことが決まっているかのような言い方だな」
「当たり前じゃない。アレの破片に当たっただけでこの有様よ?」
言いながら彼女は周囲の惨状を今一度見返す。
「しかも、さっきのは四天王の一人らしいじゃない。魔王以外にあんなのがあと三人もいるのよ? それに比べてこっちは二人だけ。これで勝ち目があると思っているあなたが驚きだわ」
「……こいつらがやられたのは油断していたからだ。現に俺とお前は生き残っている。防げなかった攻撃ではないはずだ」
「だからといって、ここから先、二人でどうにかなるとは到底思えない。どうしてもというのなら、その根拠を示しなさいよ」
すると勇者は鼻で笑う。
「根拠……ね。そんなものは無い」
「は?」
ティアナは眉根に皺を寄せる。
「勝ち目が無いというのなら、勝てる方法を考えるまで。その為にも手駒は多い方がいい」
「あんまりな扱いね……」
「俺はお前と違って、ここから引き返すという選択肢が無いからな」
ティアナは呆れたような吐息を漏らす。
「やっぱり意見が合わないようね。これで失礼させてもらうわ」
彼女が踵を返そうとした時だ。
スチャッ
聖剣の切っ先がティアナを捉える。
「このまま立ち去ると言うのなら、敵前逃亡と見なし、俺が直接、お前を処刑する」
「……」
ティアナは金縛りにあったように動けないでいた。
彼が本気であると理解していたからだ。
同じ人間であれど相手は勇者、力の差は歴然なのだろう。
まともに正面からやり合ったら勝てないと彼女は分かっているらしい。
「あれれ? 魔王様、なんか仲間割れが始まっちゃったみたいだよ?」
スクリーンを見ていたシャルが不思議そうに言った。
「うーん、あの勇者、思っていたよりも結構クズだね」
「実に愚かでありますな」
俺の言葉にキャスパーが同意した。
するとそこへ、アイルが息を荒くしながら言ってくる。
「仲間割れ……最高じゃないですか! 刺すか刺されるか、互いの欲が渦巻く血みどろの戦い……ゾクゾクしちゃいますね!」
「あー……そうね」
俺は適当に返事をした。
まあ、アレクにも己の欲望以前に事情というか、譲れないものがあるのだと思う。
例えば勇者って国の代表的な存在らしいから、負けて帰ったとなると、敗戦勇者のレッテルを貼られ、社会的に抹殺されるとか、そんな感じなんじゃないかな?
でも、だからといって仲間を巻き込むのはどうかと思う。
ま、彼にとっては仲間という意識は無いのかもしれないけど。
という訳で、俺は戦う意志の無い者に剣を向けるようなことはしたくない。
それが無理矢理やらされていると言うのなら尚更だ。
なので、彼女にちょっとだけ助け船を出してあげようと思う。
ついでにアレも試せたら最高だ。
魔物リストを広げ、森の中に潜んでいるノーマルゴーレムに指示を出す。
「五体くらいでいいかな。勇者達の前に立ち塞がっちゃって」
言うとすぐに、地響きがし始める。
「な、なんの音だ……?」
木々がメリメリと倒される音に反応してアレクが、そちらを向く。
すると、両脇の森の中から五体のゴーレムが現れた。
「ちっ……またゴーレムか」
アレクは嫌気が差したように舌打ちする。
と、その時、
「じゃあね、勇者さん!」
「むっ……!」
ゴーレムに気を引かれた一瞬の隙を突いて、ティアナが大きく飛び退いたのだ。
ついでに魔法を地面に放ち、舞い上がった土煙によって視界が塞がれる。
「せいぜい死なないように頑張ってねー」
姿は見えないが、彼女の声が遠退いて行くことだけは分かる。
「くそっ……」
アレクは歯噛みすると、もう彼女のことは諦めたのか、ゴーレムの方へと向き直った。
聖剣を構え、五体のゴーレムに対し、睨みを利かす。
「さて、彼一人になっちゃったけど、これからどうすんのかな?」
俺は映像を見ながら呟いた。
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