第65話 瞬足の代償


〈勇者側視点〉




 まずい。



 本当にまずい。



 アレクは神経を尖らせていた。



 魔法騎士隊が全滅し、クルツを失い、その上、ティアナまで……。



 魔王の領地内で、たった一人になってしまった。

 これでは前に単独でやってきた時と同じ状況だ。



 ――何の為に協力者を用意してもらったのか……。



 ティアナに対しても、ああ言ってみたものの、この状況を打破するイメージが思い浮かばない。



 しかも、あの厄介なゴーレム達が、またもや目の前に現れた。



 ――本当にしつこいな……。



 このゴーレムの数は異常だ。

 これほどまでのゴーレムを用意して、魔王は一体、何を考えている?



 四天王もおかしい。

 あのクマの姿を模した異形の存在。

 クルツはゴーレムでさえ倒せなかったというのに、四天王は光魔法であっさりと爆散した。



 ――ゴーレムより四天王が弱いはずがない。



 理解出来ないことばかりだ。



 ――しかし、やらなければならない。俺には選択肢など無いのだから。



 このまま国に戻れば、敗退勇者として蔑まれる底辺の生活が待っている。

 他国に亡命するという手もあるが、それでは勇者という肩書きはもう使えない。

 誰にも知られぬよう、ひっそりと暮らすだけだ。



 どう転んでも、碌な生活は送れない。



 ――なら、実際どうする?



 突如現れた五体のゴーレム。

 それらは道に立ち塞がるように立っているが、幸いそれ以上、何かしてくる様子は無い。



 ――何故、何もしてこないんだ?



 わざわざ現れておいて、どういう了見なのか?

 それが分からない。



 これまでだってそうだ。



 森の西側で対峙したゴーレム達。

 それは防御こそするが、攻撃はしてこなかった。



 クマの四天王もそうだ。

 結果的に破裂した破片に当たってしまったが、向こうからは一度も攻撃はしてこなかった。



 ――ということは、もしかして……。



 何かに思い当たって、アレクはニヤリと笑う。



 ――分かったぞ! 端から奴らはそのつもりなんだ。



 最初から奴らは攻撃するつもりはなく、どちらかというと自分達が想定している場所へ誘い込もうとしている。そんな意図を感じる。



 だがそれはアレクにとってチャンスだった。



 ――明らかに罠だが、乗っかってやろうじゃないか。



 例えそれが罠であっても攻撃を仕掛けてこないというのであれば、アレクにとって魔王に近付くチャンスでもある。



 どのみち分が悪いのだから、乗らない手は無い。

 それに、何かあっても回避能力には自信がある。



 そう、瞬足スキルだ。



「試してみるか」



 アレクが小さく呟くと、体が光を纏い始める。



 刹那、その姿が消えた。



 瞬足スキルが発動したのだ。



 ゴーレム達の隙間を光の筋が駆け抜けて行く。



 そんなアレクをゴーレム達は捕まえることが出来ない。



 ――ははっ、思った通りだ。



 駆けながら彼は笑う。



 ――捕まえる素振りは見せるが、やはり戦う意志を感じない。まあ、実際そのつもりだったとしても、俺の速さには付いてこれないと思うがな。



 余裕の態度で四体のゴーレムをかわす。



 そして最後の五体目。



 ――このまま魔王城まで一気に行ってやる。



 五体目の真横を駆け抜け、全てのゴーレムを抜き去った直後だった。



 バサバサッ



 突如、アレクの眼前に得体の知れない魔物が舞い降りたのだ。



「なにっ!?」



 それは大きな目玉にコウモリのような羽が生えた生き物。



 しかし、それが何であるかは、今のアレクにとってそれほど重要なことではなかった。



 それよりも瞬足スキルによって加速していた為、回避行動の方へ気が取られる。



 素早く身を捻り、体の向きを変える。



 それで謎の魔物は回避出来た。



 ――ふぅ……驚かせやがって……。



 そう安堵したのも束の間だった。



 彼が回避した先の地面に何かが落ちていた。



 それは黄色くて、青い水玉模様で、果物の食べカスのようなもの。



 ――バナーネの皮!? なんでこんな所に??



 そう思うも、もう向きを変えた体の動きは止まらなかった。



 まるで時間を遅らせたストップモーションのような瞬間が訪れ、アレクの踏み出した足先が、バナーネの皮の上へと伸びて行く。



 そして彼は皮を――踏んだ。


 刹那、



 ツルンッ



「うえっ!?」



 アレクの体が宙に浮く。



 ――体が勝手に!? 何かの魔力か!? ただのバナーネの皮だぞ!?



 不思議な強制力で、そのまま前へ放り出される。



 が――、



 そこにもまたバナーネの皮が落ちていた。



「なんでまたっ!? あふっ!?」



 再び飛ばされる。



 だが、バナーネの皮はただの二つでは無かった。



 飛び上がった瞬間に地面を見ると、バナーネの皮は無数に連なって落ちているのが窺えた。



 途端、アレクの中で嫌な予感が湧き上がる。

 直後、予感はそのまま実行された。



 彼の体はまるでレールにでも乗ったように強制的に走り始めたのだ。

 しかも瞬足スキルを使っていたものだから、その勢いに乗って加速してゆく。



「ああああああああああああああぁぁぁあぁっぁぁっ!!」



 アレクの体は元来た道を戻り始め、時折森の中を抜けたりして、高速ですっ飛んで行く。



 そんな状況の中、アレクは思った。



 ――ゴーレムを余裕で避けることで、いい気にさせ、目玉の魔物を飛び出させる……。全て、こいつを踏ませる為だったのか……。



 後悔しても時既に遅し。

 アレクの体は死霊の森の外へと放り出された。



 ただ放り出されただけなら、まだいい。

 彼が飛ばされた先に見えたものは、地面に開いた大きな穴。



 そう、それは彼らが森へ入る際、最初に見つけた落とし穴(トゲ罠付き)だった。



「っ!?」



 アレクの顔が引き攣る。



 だが気付いた所で、宙を舞う体はどうにも出来ない。



 そのまま彼の体は落とし穴の中に真っ逆さまに落ちて行き――



「ぎゃああああああぁぁっ」



 深い穴の奥底から断末魔の叫びが木霊した。


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